師匠ってどんな人?
名も知らぬ冒険者らしき男性を置いて大通りへ戻り、真っ直ぐに冒険者ギルドの本部へ向かう。
途中ハルカは、いつも受付にいる女性のことを思い出して、屋台でいくつか食べ物を買い込んだ。今日いなければ自分で食べればいいだけだし、もしかしたら今日も彼女がお腹を空かせているかもしれないと考えたからだ。
「戻る時に買ったほうがいいんじゃないですか?」
「ええ、そうなんですけれど。以前訪ねた時、受付の子がやけにお腹を減らしていたのを思い出しまして」
「なんだか変わった子が受付をしているんですねぇ」
そんなことを話しながらギルド本部の入り口を潜ると、そこはいつものがらんとした雰囲気と打って変わって、忙しそうに行き交う人で溢れていた。
受付へ目を向けてみると、すました表情の綺麗な女性が座っている。どうやら買い物は必要なかったらしい。あんまりな態度だったからクビにでもなってしまったのだろうかと、少し心配になる。
何にせよ受付に話を通さないことにはテトの下へは辿り着けない。今回はノクトが主導の訪問であるから、その対応もノクト任せだ。
受付の前へ辿り着くと、ノクトはすぐに冒険者のタグを取り出して見せながら話しかける。
「ノクト=メイトランドです。ギルド長を訪ねてきたのですが、奥へ進んでも構いませんか?」
「はい、ノクト様ですね」
女性は手元にある名簿のようなものに指を当て、上から下までじっくりと目を通していく。最後まで行って、それからもう一度素早く視線を動かして顔を上げた。
「失礼ですが、面会のご予定などありましたでしょうか?」
「いいえ」
「……少々お待ちください」
名簿に名前が確認できなかったのだろう。女性はそう言って奥の扉を開けて、その中へ消えていく。
いつもの杜撰な受付とは大違いな、普通の対応だった。
あまり待つことなく戻ってくると、その後ろにはいつも受付をしてくれる人がついてきていた。
ハルカの顔を見て、それからその手元を見て、そこから目を離さずに口を開く。
「特級冒険者のノクト様ですね。ご案内します」
モタモタと脇の狭い通用口から出てくる間も、チラチラとハルカの手元を確認しているのがわかる。どうやら彼女はクビになったわけではなかったし、土産も無駄ではなかったようだ。
だるそうな動きもいつもの彼女らしかった。
「よかったらどうぞ」
「いただきます、ちょっと待っててください」
余計な問答一切なく、素直にペコリと頭を下げて差し出した食べ物を受け取り、彼女は素早く通用口を通り抜けて、受付の棚の下へその食べ物を仕舞い込んだ。
「私のだから」
他の受付嬢に牽制するように言って出てくると、そのまま案内を開始する。最初にノロノロやる気がなさそうにしていたのが嘘のような、素早い動きだった。
ハルカは特に彼女に対して好意があるとか、そういうことはなかったが、なんだか動物に餌をやっているような気分で、可愛らしいとは思っていた。
そういえば名前をちゃんと聞いたことがなかったと思い、ハルカはついていきながら尋ねる。
「いつもお世話になってますが、ニベラさんでしたよね?」
「こちらこそ、前回に引き続き食べ物をありがとうございます。名前に間違いありません」
「いつも受付が忙しくてお食事取れていなかったり?」
「いいえ、食べています。しかし成長期なので」
成長期だと断言されれば確かにそれくらいの年齢にも見える。女性の年齢はよくわからないなぁ、と思いつつも、ハルカは今後もここにくる時には食べ物を買ってこようと決めていた。
ニベラの拳が残像を作るほどに素早く動き、丈夫で大きな扉が音を立てる。
「お客様です、開けます」
宣言をして扉を開けたニベラは、ハルカたちが扉を潜るのを確認すると、すぐにその場を立ち去った。
来るたびに扉を開けるまでの過程が省略され、口上が短くなっている。
「誰だよ、今忙しーんだけど」
珍しく書類を睨んでいたテトは、顔も上げずに尋ねる。
「おや、珍しい。明日は雨ですかねぇ」
「……うわ、でた。久しぶりじゃん」
「確かに久しぶりですね。十……数年ぶりでしたっけ?」
「いや……、ん? 五年前くらいに会わなかったか?」
「前にお会いしたのは八年前です」
二人のガバガバな記憶力にシルキーが訂正を入れた。
「シルキーさんも久しぶりですねぇ、お元気そうです」
「お陰様で。本日はどんなご用事でしょうか?」
「リーサがこちら来るんですよね? みんなにちゃんと顔を合わせるよう小言を言われまして。ついでに暇だったので顔を出しておこうかなと」
「リーサって誰?」
「エリザヴェータ陛下のことです」
いちいち注釈を入れてくれるのはシルキーだ。彼女がいなかったら、この二人の会話が成立するまでには倍くらいの時間がかかりそうである。
「あっそ。……あれ、お前今の女王様とは仲良いんだっけ?」
「いいですよ? 前の国王ともよかったですし」
「ふぅん。昔はめっちゃ仲悪かったのにな」
「いつの話してるんですか?」
「いつってお前、王様捕まえて城占拠するようなやつは……」
「テトさん、リーサは私の教え子なので、お手柔らかにお願いします」
あからさまに話を遮ったノクトは、ニコニコと笑いながらテトに注文をつける。とんでもない話にハルカがノクトの方を見ると、反対にいるレジーナもまた、『何してんだこいつ』とでも言いたげな目でノクトを見ていた。
「……そういうのは俺じゃなくて商人たちの方に言えよなー。ああいう会議では俺は飾りって知ってるだろ」
「知ってるからお願いしにきたんですよ?」
「そういうのお願いって言わねぇんだよ。まじで性格悪いよなー、お前ってさー。な、ハルカ? お前もそう思わない?」
「……いえ、なんというか、師匠なので」
答えを濁したが、それは肯定したのと大して意味は変わらなかった。