腹を探られる
前と変わらず簡単なテーブルと椅子がおいてあり、ティーセットまで用意されていた。スコットと同じ席に着いたのは、ハルカとコリン、それからノクトだ。クランメンバーではないけれど、拠点にいる時間が一番長くなりそうなノクトが同席するのは当然のことだった。
「さて、今回の会談が終わり次第、選んだものたちと一緒に、私も一度そちらの拠点へお邪魔するつもりでした。問題ございませんか?」
「んー、私たちはいませんけど、特に支障はないですよね? 商売の準備を始めるだけで、何か実際に動き出すわけではないですし」
「はい。土地をある程度自由に使って良いのなら、まず土台の準備ですな。中型飛竜を受け入れられる場所と、商売のできる店をつくります。物品の輸送などは行いますが、基本的には個人的なものになるでしょう。いらっしゃらない間の確認事項はどうすれば?」
「ダスティンさんっていう人がいるから、その人かー……、ノクトさん、頼んでもいい?」
「まぁ、物によっては保留しますけどぉ。別に構いませんよぉ」
「ってことなので、ノクトさんにお願いします」
「ノクト様は拠点にお住まいなんですね」
スコットはテーブルの下で、しきりに親指と人差し指をこすり合わせた。ハルカたちとのやり取りでは、もともと悪さをするつもりもアコギな儲け方をするつもりもまるでなかったが、このノクトという人物がいると聞くとそれだけで背筋が伸びるような気持ちになる。
スコット家では当主にのみ代々言い伝えられることがいくつかあるが、中でもこのノクトという人物は要注意人物とされている。
間延びした喋り方に幼い見た目からは想像がつかないけれど、クダン・ユエルと並んで、絶対に嘘をつかずに真摯に接するべき相手として名前が挙げられていた。同時期に活躍したはずの、ギルド長であるテトの名前がないだけに、余計に信ぴょう性のある言い伝えだ。
よく知らないふりをしているが、本当はスコットだって知っているのだ。このノクトがかつて【血塗悪夢】と呼ばれていたことを。
温厚なだけの人物にそんな恐ろしい二つ名がつくはずがない。
口から漏れだしてしまった確認は、スコットの緊張の表れでもあった。
「よろしくお願いしますねぇ」
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」
スコットは極めて平静を装って頭を下げたが、ノクトが穏やかな微笑を湛えながら、自分の心の内を見透かしているのではないかとドキドキしていた。
コリンもスコットがどことなく前回よりも固いのに気がついていて、腹の内でにんまりと笑う。
「あと、一つ伝えておくことがあるんですけどー。あそこって私たちの拠点で、街の中じゃないんですよね。だからちょっと変わったことがあっても、そうなってる理由があったりするのでー、その辺もいちいちノクトさんにちゃんと確認してくださいね? そうでないと色々トラブルになるかもしれませんし」
「ええ、そうさせていただきますとも」
意訳すると、勝手なことをするとトラブルを起こすからな、ということなのだけれど、それを正確に読みとった上でスコットはしっかりと同意した。地図上の拠点の位置や、最上位の冒険者達とのコネが、それ以上に商会のためになると判断していたからだ。
一方でハルカは、なんとなくコリンが圧をかけていることを理解しているくらいだった。拠点が賑やかになったり、物流が豊かになれば暮らしやすくなって、皆も喜ぶだろうくらいのことを考えている。
例えばサラの一家なんかは戦闘力が低いので、自由に買い物へ出かけることができない。スコットが環境を整えてくれれば、ハルカたちがいなくてもある程度自由に物資の確保ができるはずだ。必要なものは十分に備蓄してあるはずだが、急に入用なものが出てこないとも限らない。
ただ、秘密にしたいことも山ほどあるので、拠点に出入りする人物にはある程度気を使う必要もあった。
折角なのでとハルカも一つ言葉を付け足しておく。
「できたばかりの拠点ですから、色々と不便もあるかと思います。しかし飛竜便を営んでいるスコットさんなら、きっとうまく活用して、私たちの生活も便利にしてくださると信じています」
スコットは返答に一瞬詰まる。
今まで黙り込んでいた特級冒険者のハルカが、突然口を開いたかと思うと、随分と優しい言葉を述べてきたからだ。この言葉に裏があるのかないのか。
スコットは当然ハルカの異名も知っている。【耽溺の魔女】の言葉をそのまま受け取っていいのかどうか。穏やかな表情で、害がないように見えるけれど、それはハルカの師匠であるノクトも同様だ。
スコットは悩んだ結果、他の二人を相手するとき同様、やはり誠実に対応をすることにした。
「ええ、もちろんですとも。期待してくださってありがとうございます」
「あ、あと今拠点に中型飛竜が七頭います」
「……はい?」
「拠点の人の言うことはよく聞くんですよ。スコットさんのところの子とも仲良くなれるといいんですが」
「それは、ええっと……、ここのように牧場が?」
「……いえ? 放し飼いで、森にご飯を探しに行ったりして自由に暮らしています。あ、一応オランズの街にはお知らせしていますので。しかしスコットさんが街とのやり取りをするようでしたら考えなければいけませんね。暗闇の森にも動物が戻ってきているようなので、そちらで狩りをさせたほうがいいかもしれません」
「狩りをするんですか……? 餌を与えるのではなく?」
「はい、竜ってそういうものではないんでしょうか……?」
「……はい、いえ、はい。本来そういう生き物ではありますが、つまりその、卵から育てたと?」
「いえ、半年ほど前に成体のものを捕まえてきたのですが」
「なるほど……なるほど? ……改めまして皆さま、どうぞ末永くよろしくお願いいたします」
常識的なことが何も通じないと理解したスコットは、一度理解を放棄して、深く深く頭を下げた。確かにこの取引は利を生み出すことは間違いないのだが、現状自分の認識の及ばない部分が多すぎると判断しての、降参の証であった。