確認と準備
夜もすっかり更けて、多くの人が床についた頃、カーミラはようやく目が覚めてくる。昼日中よりは、月明かりの下にいる方が調子がいい。
最近では、自分を慕っていた犬たちがなかなか拠点に辿り着かないことを心配していたが、ノクトから普通の人は移動に時間がかかるものだと聞いて、少し安心した。
とは言えそろそろ別れてから半年近く経つ。何かのっぴきならない事態に巻き込まれているのではないかと、夜毎心配するのも無理なかった。
そっと拠点を抜け出して、背中に生やした羽で街へ向かう道の上空を飛ぶ。
ただの散歩だと自分に言い聞かせつつ、もしかしたらどこか近くまで来ているのではないかと思うところもあった。
残念ながら今日も拠点へ近づく人影を見つけることはできず、少し肩を落として戻ってくると、焚き火のそばにハルカが座っているのを見つけた。
喧嘩っ早い冒険者たちの中で、ハルカはかなり穏やかな性格をしている。せっかく起きているのならと、カーミラは近くに腰を下ろした。
「おかえりなさい」
「……ただいま?」
どうもただ火に当たっていたわけではなく、自分のことを待っていたらしいと気づき、カーミラは首を傾げながら返事をする。
「お散歩ですか? 遠くから見えましたよ、空を飛んでいるの」
「ええ、そうなの。……空、飛んだらまずかったかしら?」
カーミラがどういった存在か知らないものもいる。皆が寝静まっている時間とはいえ迂闊だったことに気がつき、恐る恐る尋ねる。
「……ちょっとまずいですね。窮屈で申し訳ないですが、飛ぶにしても見つからないように気をつけてください」
「そうね……、ごめんなさい、気をつけるわ」
素直に謝ると、ハルカはばつが悪そうに指で頬をかいた。いつかバレるくらいならば、魔法で飛んでいるとでも言っておくべきか、それとも本当のことを伝えておくべきか、そんなことで悩んでいた。
「私たちはまた旅に出るのですが……、カーミラはどうします?」
「ここにいるわ」
間髪容れずに返ってきた答えにハルカは苦笑する。窮屈ならばあるいはと思ったけれど、思ったよりもここの生活が気に入っているのかもしれない。
「ここは平和だもの。一部を除けばみんな怖くないし……、それに、犬たちがくるのを待たなければいけないわ」
「あー、あの方々ですか。確かにちょっと遅いですね」
なんとなく思い浮かべながら、サラの教育に悪そうだなとハルカは苦笑する。
「できれば、犬としてではなく、友人として迎え入れてくださいね」
前々から言われていたことだった。カーミラも納得していたが、どうも癖が抜けない。
「それから、せっかく来るのならば、この場所で何か役割を得るように伝えてください。ただ怠惰に生きていくのを養う義理は、流石にありませんからね」
「そうね……、そうよね……。わ、私も、働いた方がいいのかしら?」
緊張してそう言うカーミラに、ハルカは笑う。千年のんびり生きてきたお嬢様に今更働けも無いだろうと思った。
「カーミラは拠点にずっといてくれるんでしょう?」
「ええ、そうね」
「だったら師匠と一緒に、ここを守ってください。夜であれば、あなたに敵う人はそうそういないでしょう?」
「夜でなくたってそうはいないわ」
「そうでしたね、すみません」
膨れっ面をするカーミラは、いちいち表情がコロコロ変わってハルカから見てもとても可愛らしい。
「いざとなればみんなを連れて森のさらに奥へ逃げてください。あちらの森の奥地にいるリザードマンと仲が良いことは伝えましたよね?」
「……お姉様は控えめな言い方をするのね。コリンがお姉様こそがリザードマンの女王だと教えてくれたわ」
「…………まぁ、はい、それはいいんですけれど。それをカーミラのお仕事としましょうか」
「他にも何かあればするわよ」
「うーん……、じゃあ、元犬の方たちが一生懸命働くように監督をお願いします」
「お安い御用よ。他には?」
「とりあえずそんなところで。明日は師匠も連れて出かけますので、くれぐれもよろしくお願いします。わからないことがあればダスティンさんに尋ねてください」
やる気満々のカーミラだったが、やはりほんの少し不安が残る。ハルカは少し考えて、もう一つ手を打っておくことにした。
「オランズの懇意にしている冒険者に、念のためこちらの警戒を頼んでいこうと思います。手紙を渡すようにするので、それを持ってきた人のことは警戒しないでいいですからね」
「……吸血鬼だとばれたらまずいのよね?」
「ええ、そうですね」
「……私一人でも大丈夫よ?」
一人で守ることより、冒険者に自分の種族について隠す方が難しい気がして、カーミラは控えめに提案する。
しかしハルカは首を横に振った。
「カーミラは最近の人族の暮らしに詳しいわけではないでしょう?」
「それは、そうね」
「戦闘面では心配していません。ただ、冒険者だからこそ嗅ぎ分けられる危険もあると思います」
「……私がその嗅ぎ分けられたら危険になるんじゃないかと心配なのだけど」
「……そこは、その、頑張れませんか?」
二人とも困り眉で見つめ合って、先にカーミラが頷いた。
「が、頑張ってみるわ」
「ありがとうございます」
あまり彼女に負担をかけないようにしようと、ハルカは明日警戒を頼む冒険者の顔を思い浮かべる。
当初はヴィーチェにと思っていたが、できればエリあたりに頼めると良さそうだ。一緒にトットがいければトットを。
本当は事情をある程度話してもいいラルフが来られればいいのだけれど、忙しい彼の邪魔をするわけにはいかない。
拠点を持てば持ったで、いろいろと大変なこともある。
ハルカは焚き火に薪をくべながら、明日からのことを考えるのであった。
前のお話、順番入れ替えてるうちに、ユーリ→レジーナの印象消しちゃってたみたいで、修正しました。ごめんねレジーナ。
と言うわけで本日当作の一巻が発売でございます。
お手に取っていただければ幸いでございます。
帯の裏側に、ハルカ以外のパーティの子達の顔も載ってますので、それだけでもぜひに……!