温かい冬
私、僕がこの世界に生まれて丸二年半が過ぎた。
以前と同じ名前で生まれたこの世界は、前と同じくらいに残酷で、早々に生きることを諦めようと思った。
今は、あの時見つけてもらえてよかったと思っている。
そう思えるくらいに、僕は幸せな毎日を過ごしている。
冬はあまり好きじゃなかった。
人は食事の量が少ないと、たとえ寒さに体を震わせても、体が温かくなることがない。
ほつれた毛布をかぶっても、敷布団にくるまってみても、自分の体が温かくないと、中々熱は籠らない。
堪えきれずにふすまをそっと開け、わずかに漏れ出す暖かい空気を得ようとしたことがあった。隙間風に憤った男にひどい目にあわされてから、私はそれをすることをやめた。
痛みと酷い熱に苦しむくらいなら、寒さに震えている方が幾分かましだった。
ふーっと手のひらに息を吹きかけると、それが白く可視化される。
明日からは週末だ。
酷い寒さだったが、週末には図書館へ行ける。
平日に外へ行くと、補導されて、帰ってきたときにひどい目にあわされるので、私は週末にしか図書館を使うことができない。
早く明日にならないものか。
私の冬は、いつも寒さに震える日々だった。
ナギに寄りかかっていると背中が温かい。
乾いた冷たい風が吹いているけれど、しっかりと止められたボタンと、新しい毛皮の上着が寒さを防いでくれる。ハルカママが出かける前に準備してくれた。
凍えない冬。
体だけではなく、気持ちも暖かくしてくれる。
サラが魔法を使うのを、僕はぼんやりと眺める。
一生懸命に取り組む姿はとても可愛らしく好感が持てる。僕のことをすごく子ども扱いするけれど、姿が小さいから仕方がない。ちょっと好き。
サラのことばっかり心配しているダスティンさんも、料理上手なダリアさんも、おっかなびっくりに声をかけてくる、花が好きなフロスさんも、嫌いじゃない。
レジーナはいつも怒ったみたいな顔をしている。あまり喋らないのに、一人でいるのを見かけると近くに寄ってくる。周りを気にしてるから、守ってくれてるのかもしれない。ナギとちょっと似た雰囲気をしている。好きかも。
カーミラは皆で話すとき、僕のことを抱え込むことが多い。不安そうな顔をしていることが多くて、ちょっとママに似てる。たまに強がるけど、多分こわがりで優しい。好きかも。
ノクトはにこにこと笑いながら、僕たちに沢山の魔法を教えてくれる。本当はとてもすごい人だと僕は知っている。たまに意地悪に笑うけど、ママや僕たちのことをまじめに考えてくれているのがよくわかる。好き。
イースはかっこいい。僕が私の頃だったら、自分のことを迎えに来てくれた王子様だと思ったかもしれない。物知りで、優しくて、頼りになる。一回わかれた時、寂しくなって泣いてしまった。仲間の一番上のお兄ちゃん。好き。
ナギはいつも僕の方を気にしている。何か捕まえると見せに来てくれるし、話しかけるとちゃんとわかってて返事をしてくれてかわいい。好き。
トーチは多分、僕とナギのことを弟分だと思っている。たまにモン君から這い出てきて、僕たちの頭に乗っかって変な鳴き声を上げてかわいい。好き。
アルは友達みたい。一緒に冒険するのを楽しみにしてくれてる。一緒に走って、こっそり剣のつかい方をおしえてくれる。たまに悩みごとの相談をされるけど、上手く答えられなくてもいつの間にか元気になってる。好き。
モン君は考え事してるといつの間にか近くにいる。尻尾も耳もさらさら。子供は苦手らしいけど、僕にはどっちも触らせてくれる。アルと同じで実はこっそり色々教えてくれる。年の近い、お兄ちゃんみたい。好き。
コリンはすぐ僕のことを捕まえて頬ずりする。元気で、見かけると絶対に声をかけてくれる。僕のことを好きだって、わかりやすく教えてくれる。近くにいるだけで明るい気持ちになれる。好き。
ハルカママはいっつも心配ばかりしてる。仲間を見て、僕を見て、知らない人を見て、敵を見て、心配ばっかりしてる。すごく強くてかっこいいのに。抱き上げてくれるし、一緒に眠ってくれるし、振り返ると目が合うことが多い。
ちょっと失敗することもあって、しょんぼりしたりがっかりしているのもかわいい。僕のことを一生懸命考えてくれてる。好き。
でも僕は隠し事をしてる。
僕が僕でなかった時の事をみんなは知らない。きっと誰も気にしないだろうって思うし、モン君やノクトは僕が上手く話せない時から色んなことを考えてたことに、多分気付いてる。獣人ってみんなそうなのかな。
サラがダリアさんに呼ばれて屋敷に戻っていった。多分夕飯の準備を手伝っている。僕が座ったままそれを見送っていると、隣にノクトが腰を下ろした。
「二人とも成長が早いですねぇ。ユーリもよく頑張ってます」
「うん、冒険者になるから」
「みんなと一緒に、ですか。いい子たちですからね、みんな」
ノクトもハルカママたちのことが好きだ。いないところではいつも褒めてるのに、顔を合わせるといじわるをする。お爺ちゃんなのに素直じゃない。
「うんうん、それでユーリの今の悩み事は何ですか?」
「……なんで?」
なんでわかるの、と言わずともノクトには伝わる。
「今日はちょっと魔法の精度が悪かったですねぇ。いつもは最後まで一緒に頑張るのに、先に疲れてしまったのも制御の仕方が悪くて魔素を余分に使ってしまったせいでしょう。悩みがあるなら聞きますよ」
「……ううん。ありがと」
ノクトは「うーん」と唸りながら首をかしげてから、僕のほっぺたを優しく引っ張った。
「子供がそんなに悩むものじゃないですよ」
「うん……」
「例えば……あなたが少しくらい悪いことをしても、出自が特殊でも、私や彼らがあなたのことを嫌いになることはないでしょう。もう少し皆を信じてください」
「信じてる! ……けど、言うの怖い」
「無理強いはしないですけどねぇ。ユーリ、あなたは愛されてますよ。別に、言わなくたって、言ったって、愛されてるんです」
よくわからなかったけど、じっと考えてみると、少しずつ言葉が頭の中にスッと落ちてくる。
ノクトはたぶん僕に、言わなくてもいいんだよ、って言ってくれているんだって。
「言えないけど、僕、ノクトのこと好き」
「聡い子ですねぇ、わかってますよぉ」
「僕、皆のことも好き」
「そうでしょうねぇ。皆もわかってます」
「ナギのことも好きだよ」
聞こえたのか、ナギものそっと顔を上げてぼふっと変な空気を漏らした。多分半分くらい眠ったままなんだ、かわいい。
「ノクトは?」
「はいはい、僕もユーリのことが好きですよ。ようやく子供らしい顔をしましたね」
ノクトが僕の体を抱き寄せて、膝の上に乗せる。
ナギにくっついている方があったかかったけれど、これはこれで温かい。
僕は今、冬がそんなに嫌いじゃない。
みんなと一緒なら、寒い日も辛くない。