旅の予定
「あなた方は私たちの後をつけてきただけです、少なくとも今のところは。ですから、今回は見逃しましょう」
ハルカはモンタナを信じている。だから、彼らがほんとうに帝国の者であるかどうかも、疑うのをやめた。
その上で忠告をする。
「しかし、仲間に危害を加えようとした場合、その限りではありません。そしてできれば一番上の方にお伝えいただきたい。あなたの心配するようなことは起こり得ないから、これ以上私たちに干渉しないように」
「……な、なんだかわかりませんが、そのようにいたします。お、大通りに戻ってもよろしいでしょうか?」
どこまでも演技を続ける気らしい。彼らにしても今更『よくわかったな』と正体をバラして何ができるわけでもない。こうして間抜けな商人のふりを続けるしかないのだろう。
「どーぞ、おかえりはこちらでーす」
コリンとモンタナが道を空けると、びくつきながら、あるいはその演技をしながら男たちは来た道を戻っていった。
「……〈プレイヌ〉の用事が済んだらそのままお出かけかなー」
コリンがハルカたちの方へ寄ってきて言うと、アルベルトが続ける。
「南方大陸か。ドットハルト公国から歩いていけるんだろ?」
「いける」
短く答えたのはレジーナだった。この中だとただ一人南方大陸に足を踏み入れたことがある。正確にはそこが出身地という話なのだが。
「レジーナは……、南方大陸へ行くのは嫌じゃないんですか?」
嫌な思い出もあるだろうと思いハルカが尋ねると、レジーナは少し間を置いてから首を傾げた。
「……なんでだ?」
「気にならないならいいんです」
演技のできるタイプではないから、本当に気にしていないように見える。本人がそんな調子なら構わないかと思っていると、アルベルトとコリンがしゃべりながら勝手にどんどん路地裏の奥へ進んでいくのが見えた。
ちなみにモンタナは最初の位置から一歩も動かずに、その場で呟く。
「そっち行き止まりです」
「……アル、コリン、こっちから出ますよ?」
「え? 出れないの? アル、教えてよ」
「お前が先に行くからついていったんだろ」
オランズ出身の二人が道がわからず、外から来たモンタナが詳しいのもおかしな話だった。
「何やってんだお前ら、道もわかんねぇのかよ」
レジーナが至極当然のツッコミを入れて、ハルカは目を丸くした。
「うっせ、お前もわかんねぇだろ」
「わかるに決まってんだろ。あっちに行けば大通りに出るのに、なんで奥に行ってんだ、馬鹿か?」
レジーナの指差した方向は正確に大通りだ。余計な罵倒がついてきてはいるものの、言っていることはレジーナが正しい。
そういえばハルカたちは地図を見ている姿や、旅をしている姿を見たことがなかったが、よく考えなくてもレジーナは長いこと一人で生きてきたのだ。
それは冒険者においてハルカたちが分担してやっていることを、全て一人でできるということに他ならない。
武闘祭にも参加できていたし、ここの依頼にちゃんと間に合うように到着していた。街に出れば仏頂面だが普通に買い物だってできている。
「えーっと……二人は、ちょっと方向を読むのが苦手なんです」
「……ふーん」
レジーナはじろっと二人を横目で見て言った。
「よくお前ら冒険者やってられんな」
「わ、私は! 私は地図読めるようになったもん!」
「う、うるせぇ! 俺だって別にあれだ! 別にあれだからな!」
二人の言い訳を受けながら歩き始めたレジーナの唇の端が、わずかに吊り上がっていることにハルカは気づく。こんな表情が見られるのも慣れた証拠か。
実際アルベルトも地図くらい読めるようになった方がいいとハルカは思っている。これを機にちょっと勉強してくれないかなぁと思いながら、ハルカたちはモンタナと合流して路地裏を抜け出した。
「相談していたことが役に立ってよかったよ」
今日のことを報告してのイーストンの第一声だった。
イーストンが仲間に加わったことは、ハルカたちにとって幸運だったと言える。ハルカたちに足りない経験をカバーしてくれる、まさに参謀役だ。
絶対にこうしたらいいとは言わず、意見を述べてみんなの答えをまとめてくれるあたり、人生経験の豊かさを感じる。
ちなみにハルカはいつもそれに若干の恥ずかしさを覚えるのだが、まぁこの世界にいる期間がまだ短いので仕方がない。
「ということはぁ、明日はプレイヌに行くんですかねぇ。……弟子に釘も刺されたことですし、僕もリーサのところに顔を出しておきますかぁ」
「うんうん、絶対そうした方がいいと思う!」
「コリンはそういう話好きですよねぇ……。そのまま帝国へ?」
「ええ、そのつもりです」
「ユーリは?」
「本人と相談して決めますが、連れていくつもりでいます」
「そうですか……。しっかり守るんですよ、拠点は見ておいてあげますから」
「毎回すみません」
「弟子に経験を積ませてやるのも、師匠の務めですからねぇ。機会を逃すのは一流の冒険者と言えません。しっかりけじめをつけてきてください」
ユーリやサラに毎日魔法を教えているノクトとしても、当然他人事ではない。どこかでこの件にけりをつけるよう、ちょっとずつ誘導してきたつもりだ。
ようやく弟子が重い腰を上げたようだと、密かに喜んでいた。
「ただ……、南方へ行く前に一度コーディさんに話をするつもりです。元々ユーリの保護をしてくれたのはコーディさんですから」
「ああ、あの人か。ちょっと話すと疲れるんだよね」
前に訪れた時のことを思い出したのか、イーストンはちょっと面倒そうに息を吐いた。
「では、〈プレイヌ〉から〈ヴィスタ〉。【ドットハルト公国】を抜けて、【グロッサ帝国】ですねぇ。ついたら何をするつもりですかぁ?」
「ユーリ次第ですが、皇帝と直接話をしてもらいたいと思っています」
「それはなぜ?」
「……何をされたのだとしても、血のつながった兄弟です。顔を合わせてあげたいじゃないですか。これは多分私のエゴなので、……ユーリが少しでも嫌そうだったら止めますけれど」
ノクトはすりすりとツノを指の腹で擦りながら考え、そうして大きく頷いた。
「まぁ、あなたはユーリの家族のようなものです。ママが思うようにしたらいいじゃないですか?」
「……師匠までそう呼ぶの止めてください、本当に」
ハルカの考えをどう思ったのかまでは定かでなかったが、ノクトは冗談を言うだけで、否定はしないことにしたらしい。「ふへ、ふへへ」と気の抜けた笑い声を漏らしている。
「それより、あちらについて知っていることを教えてください。急な出発なので、あまり情報を集めていないんです」
「ま、少し古い情報になりますがいいですよ。冒険者は準備を怠ってはなりませんからねぇ」
ノクトは指を振りながら、一昔前の帝国について語り始めるのであった。