舐められてはいけない
路地裏に入ると、ごちゃごちゃと荷物が置かれていたり、雨よけの幌が家と家の間に張られていたりして、視界が突如として悪くなる。
またオランズに限ったことではないのだが、店が捨てるまでに保管しているがらくたや、廃棄された食べ物を求めてきた、家を持たない人々の姿を見かけるようになる。
彼らは自分たちが弱者であることを知っているので、強い者には逆らわない。コミュニティが驚くほどに発展しており、権力者に余計なことをしてそれが崩壊することを極端に恐れている。
よって彼らはハルカたちに手を出すことはない。
かといって、後ろから来るものにもそうであるかというと、またそれは別の話だった。
二つ目の角を曲がってすぐに、コリンとモンタナが屋根に飛び上がる。少し進んでさらに細くなっていく角を曲がり、ハルカたちはそこで足を止めた。
散乱した足元だというのに、やけに静かな足音。
後ろを歩くものたちへ、裏路地の住人が絡みに行かない。
小さな着地音が聞こえてすぐに、アルベルトとレジーナが動き、ハルカもすぐ後に続く。
「な、なんだ?」
挟み込んだ男たちは、驚いた顔を見せる。頭に布をぐるぐると巻いており、腰にサーベルのようなものを携えてはいるものの、背にはパンパンに膨らんだ大きなリュックを背負っていた。
重そうなその荷物のせいで、驚いた拍子にバランスを崩すようなしぐさまで見せられて、ハルカは本当にこれが追跡者なのかと、思わず疑ってしまう。
「あの、へへっ、何か御用でしょうか? 我々、その、故郷へ戻ろうと思っていたところでして、あいにく手持ちの資金はあまりないのですが……」
ふくよかな方の男が、真冬だというのに額を布で拭いながら愛想笑いを浮かべる。ひょろっと背が高い痩せぎすの男は、糸で操られたおもちゃのようにガクンガクンとそれに同意するように首を縦に振った。いちいち背中の荷物の重さに引っ張られて動きが大きくなっている。
「故郷に戻るのに、路地裏に入ってきたの? 地元の人でもあまり入ってこないけどなー?」
コリンが積んである木箱に寄りかかりながら流し目を送ると、男は振り返って両手を見せて言い訳をする。
「いえ、こいつがあなた方が今日竜と一緒にきて街に入ったから、ついていけば門までの近道になるはずだというもんで……おい、お前のせいだぞなんとか言え!」
促されてもがくんがくんと頷くばかりの痩せぎすの男。やや特徴的ではあるが、囲まれている状況だというのに、あまりに当たり前の反応しかしないことに、ハルカは首をかしげていた。
「街に来た時から後ろにいたですよね?」
「へっ? あ、いえ、こいつがですか? お、おい、どういうことだ?」
問われると痩せぎすの男は少し屈んでふくよかな男に耳打ちをする。「ほう」とか「へぇ」とか言ってそれを聞くと、ふくよかな男は深く頭を下げて謝罪した。
「申し訳ない。こいつ方向音痴なもので、冒険者なら冒険者ギルドまで行くだろうとついてきたんだそうで。私との待ち合わせ場所がそこだったんです。疑わしいことばかりして本当に……」
「帝国の人です?」
「は、はぁ。良くお分かりで。私は【グロッサ帝国】で商人を……」
「帝国の、間者です?」
「何をおっしゃっているのだかさっぱり。どなたかと勘違いしていらっしゃるようで……。つけてきたのは確かに悪いことをいたしました。なんでも差し上げますので、い、命だけはお助けいただけないでしょうか」
シンと静まった路地裏。少し離れたところからは大通りの喧騒が聞こえてくる。普段はここを縄張りにしている住人たちは、不穏な気配を察してとうにこの場から立ち去っていた。
「めんどくせぇ。殺せばいいだろ」
「そうだな」
武器に手をかけたレジーナとアルベルトを見て、モンタナがハルカへ視線を送る。
どうやらハルカは元々二人のブレーキ役としてこちらに配置されたらしい。
「もうちょっと待ってください」
「「なんでだよ」」
二人の不満そうな声が重なって、互いに真似するなという視線を交わす。
「殺しても意味がないです。この人たち、殺されてもいいつもりでここにいるです。多分なにをしても口も割らないです。この間イースさんと色々話したですよ。こういう状況になったらどうするべきか」
ここに至ってもピリピリとしているのは、レジーナやアルベルトで、二人の自称商人は、その仮面を外す気はなさそうだった。
「まず、僕たちはこの人たちが帝国の間者だとわかってるです。目的もです。そしてその最終目的を達成する気でいるのなら、それを邪魔するつもりです」
「な、何をおっしゃっているのやらさっぱり……」
全てを誤魔化して伝えるのは、確実な情報を相手に渡さないためか。
話を理解したコリンが、その後を受け継ぐ。
「つまりー、あんまり舐めるなよって、伝えてもらうってことでしょ。レジーナもアルも、そういうの好きじゃん。……私はあまり気が進まないけどさー、いつかどうにかしなきゃいけない問題なら、早く解決したほうが気は休まるよね」
「ふーん、じゃ、そいつら逃がして、帝国に乗り込むってことか?」
「皇帝ぶっ殺せばいいんだろ」
アルベルトの乱暴な意見に、さらに過激なレジーナの言葉が続いた。やはりレジーナは格式のある場には連れていかない方がよさそうだ。
「いや、ちょっとそれはいきすぎだと思います」
積極的な二人を抑えはしたものの、既にハルカたちの下にユーリがいるとばれているのであれば、これからは待っていても仕掛けられる一方だ。やらなければいけないことは二つ。
ユーリが帝位を狙うことなどないと示すこと。
そして、ユーリを生かしておくことよりも、ハルカたちのことを敵に回す方が厄介だとわからせることだ。
ハルカも、コリンの意見には大方同意だった。
いつまでもユーリに肩身の狭い思いをさせたくない。
「ただ、まぁ……。そろそろ黙っているだけではないことを、行動で示さないといけないかもしれませんね」
珍しく僅かに眉間に皺を寄せたハルカは、未だに演技を続ける二人の男を見つめながら、はっきりとそう言い放った。
あと数日……