控えめなお誘い
「なんだ、喧嘩しに来たんじゃねぇのか」
つまらなそうに言ったアルベルトは、ナギの上によじ登り、その背中を叩く。
「よし、帰るぞ」
ナギはすぐに動き出さず、首を伸ばしてハルカの隣に顔を出す。
「はい、先に戻ってていいですよ」
ポンと頭をなでてやると、ナギは数歩後退りしてから、翼を広げずにそっと空へ飛びあがった。竜が翼によって飛んでいるわけではないとはっきりわかる光景だ。器用なことをする。
間近でそれを見たイェットたちは、頭上をぐるりと回って拠点へ戻っていくナギの姿を見送った。
「飯」
「はい?」
「飯だから早く戻れよ」
同じくつまらなさそうなむすっとした表情で、石を蹴りながらレジーナが拠点へ戻っていく。あの二人は何かにつけて力試しが好きなので、今回もそのつもりだったのかもしれない。
全員が離れたのを確認して、ハルカは耳につけたカフスをいじりながら、目の前のパーティに言葉を投げかけた。
「一応確認なんですが……、なんでナギとにらみ合っていたんでしょう?」
「……中型飛竜が低空飛行をしていたので、念のため武器を構えていたところ、間に割り込むように、先ほどの大型飛竜が降りてきました。言い訳のように聞こえるかもしれませんが、そちらの仲間だとは知りませんでした。事情を知らずにあの威容の前にして、武器を構えない冒険者はいないと思います」
ハルカは目を伏せて考える。
確かに大竜峰ではハルカたちも竜を前にして武器を構えないことはなかった。
しかし、冒険者ならばオランズの街で情報を集めてから来ているのが普通だ。その上誰かから紹介されてきたとしたのならば、ハルカたちの事情を知っていてもおかしくないはずである。
竜がいることを知らないなど、ありえるのか。
もしどこかに嘘があるのならば。
モンタナを連れてくればよかったと思いながら、表情を窺っていると、イェットが剣をしまって両手を挙げた。
「あの、本当に敵対の意思はありません。困りました……、その、クダンという知り合いに教えられてきたのです。うちのクランの長が、その人の元チームメイトで……」
「あ、クダンさんの知り合いですか、はい。……オランズの街に立ち寄って聞いていれば、ナギがいることくらいは分かったはずなんですが」
「その通りですね……。諸事情でできるだけ街には立ち寄らないようにしていたものですから」
無条件に信じる理由にはならないが、あの特級冒険者をだしにする人間がいるとも思えない。
警戒心をわずかに下げて、ハルカは一番気になっていることを小さな声で尋ねた。
「諸事情というのは……、そちらの方のことでしょうか?」
ゆったりとした服をまとった女性に手のひらの先を向ける。
イェットが緊張した表情を見せたが、次の一言で完全に体を硬直させた。
「足が……、蛇のようになっているように見えますね」
「……あ、ちょ、っと待ってください、なんですって」
聞いてはまずいことだったらしい。
アルベルトたちが気づいていなかったから、そのまま知らないふりをしていた方が良かったのかもしれないと、今更ながらに思うが後の祭りだ。
しかし、彼らの人柄はさておき、人かどうかはっきりしない、しかもそれを隠そうとしているものを仲間たちが暮らす場所まで通したくはなかった。
互いに無言の時間が過ぎる。
イェットの表情がきゅっと歪んで、何か覚悟を決めたようになった瞬間、当事者の女性が口を挟んだ。
「落ち着け、イェット。お察しの通り、妾はラミアじゃ。妾が破壊者と知って主はどうする? 退治するかの?」
「私は……、あなたが何者であるかではなく、何をするものかで判断をします。しかし、事情が分からない以上この先に通すつもりはありません」
「寛容じゃの。ほぅらイェット、お主は心配し過ぎなのじゃ。クダン殿がそんな危険な相手を紹介するわけなかろう。まぁ……正体が見破られた時は、もうダメじゃって一瞬思うたけど。というかじゃな、ばれないように古代遺物を身に着けておるんじゃが……、なんで効かんのじゃ?」
「なんだか、体質でそういうの効かないみたいです」
「体質と来たか、かかか」
呑気なことを言ってケタケタと笑うそのラミアは、随分と陽気な人柄をしているようだった。
対してイェットは両手で顔を隠して、俯きながら話す。
「本当に言い訳ばかりで申し訳ありません。だますつもりなどは一切なく……、その、はぁ……、ごめんなさい、お恥ずかしいです」
「何が恥ずかしいんだ?」
「どしたの、イェット、元気ないの?」
「ちょっとホントにもう、やめてください。今反省しているんです」
とぼけた仲間たちが、一人落ち込むイェットの周りをうろつくが、イェットは片手を振ってそれをどけようとしていた。
このチームの関係性は、最初にハルカが思った通りのようだ。
「……隅から隅まで申し訳ありません。こんな状態でも聞いていただけるのであれば、聞いていただきたいことがあるのですが」
「ええ、なんだか賑やかで仲がいいんですね。お話くらいなら聞きますよ」
「はい、では。僕たち自由都市同盟は南方大陸南部に、街をいくつか持っています。ここからですと……二月から三月かかる距離にありますが、方針に賛同いただける、力のある方を募っています」
「方針ですか?」
「はい。うわさは広がってしまっていますが、だからといって公に言うわけにはいきません。……オラクル教とはあまり相性が良くない、ということまでお伝えしておきます。そのため僕たちは、自分の身分を明かすことも基本的には避けています」
ラミアの女性を連れていることから、その方針にハルカは大体の想像をつけることができた。
彼らの方針とは、恐らく人族と破壊者の共存だ。
「どうしてほしいとは言いません。ただ、もし近くに来るようなことがあれば、訪ねていただきたいのです」
断る理由を作らないのは上手い話し方だ。
ハルカの性格をなんとなく察したうえで、肯定しやすいように誘導しているのが分かる。
「……考えておきますね」
「ありがとうございます。ご迷惑をかけたのに、そう言っていただけただけで十分です。本当は拠点までお邪魔させていただこうと思ったのですが、お邪魔になりそうですので、こちらで失礼させていただきます」
「ああ、いえいえ。多分あの二人なら訓練に付き合ってくれれば喜ぶと思います。こちらこそうちのアルがいきなりすみませんでした」
「確かにそういう雰囲気がありましたね。……先ほどのは僕の方が悪かったので、アルさんにもそうお伝えください。ハルカ様もいいお仲間をお持ちですね」
「えーっと、様はやめてください。クダンさんは同世代と言っていたんでしょう?」
「はい。僕たちは冒険者になって四年になりますが、ハルカ……さんはその中でも頭抜けて強いと聞きました。一度顔を見ることができてよかったです」
戦闘状態が解除されてしまえば、どこまでも丁寧な少年だった。
周りに集まられて「えー、寄っていこうよー」とか「遊びに行こうぜ!」とか言っている仲間たちの頬を押しやりながら、頭を下げ回れ右する。
「はい、戻りますよ! 僕たちもそろそろ一回街に帰らないといけないんですから!」
ぶーぶーと文句を言いながらも、彼らはイェットの判断に従うようだ。荷物を持ってついていく。
イェットは一度だけ振り返り、一度ぺこりと頭を下げて、まっすぐ来た道を戻っていった。ハルカは後姿が見えなくなるまでその場にとどまった。
見えなくなるのを確認すると、ハルカは少し早足で拠点へ戻っていく。
いつかきっと彼らの都市を訪ねてみようと、そう思いながら。