トラブルの種
ハルカたちが拠点に戻ってきてから一月が経った。
だというのにイーストンは十級冒険者のままだった。サラやユーリと同じである。昼間に活動するのが嫌なのか、街へ出て仕事をするのが嫌なのか、本人はまるで階級を上げる気がなさそうだった。
訓練の休憩中にイーストンの横に腰掛けたアルベルトが声をかける。
「おい、今日も行かねぇの?」
「何が?」
「冒険者の階級上げだよ。十級のままだろ」
「うん、いかないよ」
「なんでだよ、依頼受けられないだろ」
「君たちについていくのに支障はないよね?」
「ねぇけど。討伐とかの任務単独で受けられないだろ」
「……別にお金や名誉が欲しいわけじゃないし。それにさ、どうも僕、街に行くとやたらと人に絡まれるんだよね。最初のせいで、僕が君たちの仲間だってバレてるしさ」
あの後二度街へ顔を出したイーストンだったが、どちらも一人で行ったのにもかかわらず、あちこちで男女問わず絡まれる。
誰にも言っていないことだが、腕組みをした金髪のドリル頭の女性、ヴィーチェに、腕組みをしたまま一日中見張られ続けたところで、イーストンの心は折れた。
もちろん注目されることがどうしても嫌だったというだけではない。注目を集めるべきではない、という思いもあってのことだ。
「なんだよ、もっと頑張れよな」
「あのねぇ、僕もう君たちみたいに若くないんだよ。冒険者になって一緒に活動しようって行動に移しただけでも褒めてくれない?」
「嫌だ」
「はい、ほら交代だよ。訓練行ってきたら」
「ったく。もうちょっとやる気出せよな、お前強いんだから!」
「はいはい」
適当にあしらってから、イーストンはアルベルトたちの訓練を眺める。二対二の本格的な戦闘訓練だ。
ハルカがいるとはいえ、少しやり過ぎなくらいで、相変わらず本番の戦闘よりも派手な怪我をしている。
少し離れたところでは、サラとユーリが魔法の練習をしているが、サラにはとてもこの光景は見せられない。
アルベルトの代わりに戻ってきたモンタナが、先ほどまでアルベルトがいた場所に座る。
「それで、なんで階級上げないですか?」
「モンタナって耳がいいよね」
「いいです」
「さっきも言ったでしょ」
「目立って、なんらかの疑いをかけられたりするのを避けるためです?」
「……わかっているなら聞かなくていいんじゃない?」
「確認です」
イーストンは自分の危うい立場を理解している。オラクル教にとって、破壊者と人の間に生まれたイーストンという存在は、認め難いものに違いない。
今それが表沙汰になるのは良いことではなかった。
ハルカたちと一緒に冒険をしたいというわがままを言っても、そこまで迷惑をかけたいわけではない。
いつまでもというわけではない。いつか、もしかしたら、このチームにいることが当然のように許容される未来も来るかもしれない。
しかしそれは今ではないのだ。
リザードマンたち、カーミラ、それに密約を結んでいるコーディにも迷惑がかかる可能性がある。
ほんの少し階級を上げてカモフラージュしておくつもりでいたが、あれだけ注目されてしまっているのなら、もはや顔を出さないのが無難だろうと判断していた。
「アルは……、あとハルカは、イースさんがなんでそうしてるか、多分わかってないです」
「だろうね」
悲しいことに、ハルカの鈍感力は仲間たちの共通認識としてアルベルトと同じくらいとされているようだ。
「でも、イースさんのことで何かあっても、きっと味方するですよ」
「…………わかってるよ。モンタナもコリンもそうするんだろうと思ってる。そんなことは疑ってないよ。でもさ、今は他にも問題があるでしょ。そろそろユーリのこと、気づかれるんじゃないかな?」
モンタナは手元の草を引っ張りながら、しばし考える。
「……そう思うです?」
「うん。僕はグロッサ帝国を見に行ったことがあるんだ。南方はね、争いの多い地域だ。そこで大国と言われているあの国の調査能力を侮っちゃいけないよ」
「でもユーリは、年齢の割にかなり成長が早いです。誤魔化せると思うですけど」
「どうかな。あちらが本気で探していて、足跡をきちんと辿られたのだとしたら、もってあと一年くらいだと思うけど。むしろあれだけ成長が早くて聡い子だとわかれば、あちらとすれば余計に黙って見ているわけにはいかないと思うよ」
「ですか」
「そうだね。ちょっと警戒しておいた方がいい。探りを入れられた時一番に気がつけるのはモンタナだと思うから」
「わかったです」
立ち上がってチラリとユーリたちのいる方を見て、モンタナはもう一度口を開いた。
「イースさんって、結構僕たちのこと好きです?」
「……わかっていること聞くのやめなよ」
「確認です」
イーストンは空を見上げて、眩しい太陽の光に目を細める。
いずれ南へ。もっと日差しの強い地域へ足を延ばすことになりそうな予感がしていた。カーミラではないけれども、日差し対策を考えなければいけない。
イーストンはモンタナが離れていくのを確認して、ごろりと寝転がり、腕で目元を隠して物思いに耽るのであった。