初期メンバー
時間は少し遡る。
支部長室に案内されたハルカたちは、ソファに座って茶を啜っていた。勝手に寛いでいるわけではなく、書類整理をしているラルフにそうするよう言われたからだ。
ちなみに支部長であるはずのイーサンはハルカたちと並んで本を読んでおり、仕事をこなしている気配はない。
やがて書類をまとめ終えたラルフはソファへやってくると、イーサンの方をじろっと見て言った。
「本を読むのならあちらへどうぞ」
「わかった」
イーサンは本から目を離すことなく立ち上がり、そのままデスクへ向かって腰を下ろす。ラルフは大きなため息をついて、ソファに腰を下ろして笑顔を作った。
「はい、お待たせしてすみませんでした。お話聞かせてください」
「……あの、支部長はいいんですか?」
「諦めました、言うだけ無駄なので。大体の仕事は一人でできるようになりましたしね」
若干の怒りを滲ませたそのセリフにもイーサンは動じない。戻ってきてしばらく経っているだろうから、既に散々やり取りを終えた後なのだろう。
それにしても優秀なことだ。
凄く前向きに捉えれば、過酷な状況に放り込むことで、ラルフの成長を促したイーサンの手腕が優れているということだろう。おそらくそんなことは考えていないのだろうけれど。
「ああ、そうでした。支部長への報告ありがとうございました」
深々と頭を下げたラルフは顔を上げて続ける。
「ところで、先日飛竜が群れを成してこの付近を飛んでいたらしいんですが、あれ、ハルカさん達ですよね? そうだと思って、皆さんに既に話してしまっているので、間違っているとまずいのですが」
「あ、はい、私たちです、すみません」
「いえ、合っているならそれで」
話の分かるお偉いさんがいると便利である。少し言葉を交わしただけだったが、中型飛竜がこの辺りに住むことは許容してもらえそうだ。
「そのことも含めまして、いくつかお伝えしておきたいことがあります。時間はとれますか?」
「忙しくてもハルカさんたちの話は聞きます。でないと私が後悔しそうですし」
「ありがとうございます」
ラルフの言うことが少し気になったハルカだったが、ハルカはそのまま王国でのことを報告し始めた。もちろん、話せないことを話すことはしなかったけれど。
ちなみに今日のアルベルトとモンタナは買い物係だ。折角街に出てきたので生活に必要なものを買い込んでいる。
結構な長い時間をかけて、漏れなく報告をして、ハルカはラルフへ尋ねる。
「それでですね、拠点も形になりましたし、そろそろ宿を作ろうかと」
「ああ、そうですよね。……この仕事をしていなければ是非私も入れてもらいたかったんですけど」
「今入るといろいろと問題がありそうですものね」
「ええ、流石にちょっと」
ラルフはがっくりと肩を落として立ち上がり、一枚の紙をテーブルに滑らせた。
「申請書です。必要項目を記入してください」
「わかりました。……ええっと、今冒険者登録をしている新人がいるんですが、その人の名前を書いても?」
「まぁ、今日申請して今日できるわけじゃないですから」
ハルカは申請書に、イースと名前を書き込んだ。
初期のメンバーは、最初のチームメンバーに加えて、レジーナ、イースの六人だ。サラに関しては、もうちょっとして冒険者としてきちんと活動し始めてから、メンバーに加えるつもりでいる。
書類を書き終えて内容を確認している途中、ハルカは隣でユーリが書類を覗き込んでいることに気がついた。どうやら書かれたメンバーのところをじっと見ている。
「……えっと、ラルフさん、その、このメンバーって冒険者登録している人の名前を書くんですよね?」
「はい。していない人は申請しないでも自由に雇っていただいて構いませんよ。冒険者の誰が所属するかわかるようにしてください」
ハルカがユーリと書類を見て悩んでいると、コリンが口を開く。
「はーい、ラルフさん、冒険者登録用紙一枚くださーい」
ラルフはそれぞれの様子を見て、ふっと笑い言われるがままに登録用紙を一枚差し出した。
コリンはその空欄をササッと埋めて、ユーリの前に差し出してぺらぺらと見せる。
「ユーリー、ほら、ユーリの冒険者登録書だよ? 出す? またそのうちにする?」
「……いいの?」
コリンは申請書をテーブルに置いて微笑み、ユーリを膝の上に乗せて顔を付き合わせた。
「ユーリは冒険者になるんだよね?」
「うん」
「そっか。ならさ、仲間外れは嫌だよねー。私たちの宿に一緒に入ってくれる?」
「邪魔にならない?」
「ならない!」
コリンはユーリを抱きしめて、染められた茶色い髪に頬ずりをする。
「きっと大きくなったらユーリは私のことも守ってくれるんだろうなー、楽しみだなー」
「……うん、頑張る」
「いい子!」
コリンがユーリのことを撫でまわすのを見て、ハルカも静かに微笑んで、宿の申請書へユーリの名前を書き足す。
もし大きくなって他にやりたいことができたら、その時は自由にやらせてあげればいい。そしてそれまでの間は一緒にいて守ってあげればいい。
嬉しそうなユーリの横顔を見てしまうと、その選択が一番正しいように思えた。
紙をラルフへ渡す前に、ハルカは筆を手に持ったままもうひと悩み。
結局その一番最後に、サラ=コートの名前を書き足すことにした。
ユーリを入れてサラを入れないのは少し可哀想だ。
宿の初期メンバーは八人。
これからまだまだ増えていくだろうけれど、今日この時こそが、冒険者宿【竜の庭】の始まりの日となるのであった。