【竜の庭】の新人冒険者
日が暮れて全員が拠点周りに戻ってきたところで、ハルカは仲間たちに声をかけた。
「えー、この中にクランの名前を考えている人はいますか?」
「考えてねぇけど、なんかかっこいいやつ」
無責任に言い放ったのはアルベルトだった。当然のように何も考えていない。レジーナは自分には関係ないと言わんばかりに、よそを見ているし、その隣にいるカーミラは借りてきた猫のようにおとなしい。
「えー、リーダーがハルカだから、ハルカっぽいのでいいんじゃないの? ヴィーチェさんのとこだって、あの名前ヴィーチェさんの二つ名だし。ノクトさんのだってそうでしょ?」
【金翼】のヴィーチェのクラン名が【金色の翼】。【月の神子】のノクトのクラン名が【月の道標】。その流れを汲むのであれば、ハルカたちのクラン名は【耽溺の魔女】にちなんだものになってしまう。
「いや、ちょっとそれは」
「そう言うと思ったー。ノクトさん、他のクランってどんな由来で名前つけてるの?」
「そうですねぇ……。戦いのスタイルとか、目標とか、それぞれの特徴とか、そんな感じですかね」
うーん、とみんな腕を組んで首を傾げていると、視界の端で一人虚空に拳を繰り出していたシャオが、その手を止めて息を吐いた。
「よし、それなら俺の【鉄腕】の二つ名を貸してやってもいいぜ」
「うるせぇ雑魚」
「レジーナてめぇ、今日という今日はのしてやるからなこっち来やがれちくしょうめ!!」
離れていくシュオにレジーナが立ち上がってついていく。アルベルトがソワソワし始めたが、流石に隣に座っていたコリンが、その膝を押さえてその場に止まらせた。
とにかく考えるのが嫌いな二人が離脱だ。どちらも今の話し合いの役には立ちそうもなかったので、構わないと言えば構わない。
静かにしていたカーミラとユーリが空を見上げる。
先頭にナギ、少し遅れて七頭の中型飛竜が頭上を通り過ぎた。かと思うと少し進んでぐるりと反転したナギが、ハルカたちの方へゆっくりと近づいてきて地面へ降りる。
口には今日の成果が咥えられていた。
すでに息のないそれをぼてっと地面に落とすと、ナギは長い首を伸ばしてユーリに鼻先を近づける。
「すごいね」
小さな手でユーリが鼻先を撫でてやると、満足したのか首はまっすぐに引っ込んでいった。
後ろに次々と降りてきた中型飛竜たちも、それぞれ口に獲物を咥えていて、ナギの真似をするようにそれを地面に下ろしてユーリへ顔を近づける。
それが作法だと思っているのかもしれない。とにかくナギに逆らう気はほんの少しもなさそうだ。
朝から狩りに出ていたので、随分と遅い帰りだった。オランズ側の森で狩りをしていたはずだから、下手をすると人とすれ違うこともあったかもしれない。
ナギはともかく、新たな竜が拠点に加わったことも、早くオランズへ伝えねばならないことをハルカは思い出した。
竜たちがそれぞれユーリに挨拶をして、食事をはじめると、イーストンがそれを見ながら口を開く。
「これも特徴の一つだよね。森の中にある広い拠点と、他の冒険者にはあり得ない大型竜との暮らし」
「広いっていってもナギにとっては庭みたいなものかもしれませんけどね」
「竜の庭、いいんじゃないですかぁ? 竜は強さの象徴ですしぃ」
黙っていたノクトが、太い尻尾を左右にずるずるっと動かして笑う。
「ま、いんじゃね、かっこいいし。ナギ目立つしな」
「そですね」
「私もいいよー。って言うか他にいいの思いつかないしさ」
自分の話をしてると気づいたナギが顔を上げたが、コリンに「ご飯食べてていいよー」と言われてすぐ食事に戻る。
「そうですね、分かりやすいしいいかもしれません」
ふとナギたちのこと以外に、あの気のいいリザードマンたちのことを思い出しながらハルカは頷いた。
「それじゃあ私たちは奥に行きますので」
案内されてギルドの奥へ行ったハルカたちを見送ったイーストンは、いつも通り体に若干の気だるさを感じながら受付に並んだ。
ポーッと見惚れる受付嬢の方はあまり見ずに、手元の冒険者登録の申請書を埋めていく。
大体書き終わって内容を確認していると、横から気の強そうな女の子が覗き込んできた。
冒険者の個人情報をのぞこうなんてとんだマナー違反だったが、イーストンは気にしたりしない。どうせ書いている情報は嘘だらけなのだから、見られたところでどうということはなかった。
「へぇー、あんた新人冒険者なんだ!」
「…………」
「私と一緒ね! その年で冒険者になるなんて何か事情があるのかしら?」
「………………」
「ちょっと、返事しなさいよ」
女性ではなく女の子。それも多分十代半ばにもなっていないような年齢だ。こういう子に声をかけられてあまりいいことがあった例がないイーストンは、返事をせずにそのまま受付嬢に申請書を提出した。
「アーノさん、他人の申請書を覗かないでください。場合によってはその場で攻撃されてもおかしくないんですからね!」
「気にしてないから。じゃあ、そういうことで」
この場を立ち去って、後でハルカたちと合流することに決めたイーストンは、素早く身を翻す。
「待ちなさいよ、新人なら講習受けていきなさいよね! そもそもあんたそんな細い体で戦えるの? 顔色も悪いけど」
袖を掴まれて、イーストンは仕方なく足を止める。初めてまともにアーノと呼ばれる女の子の方を見ると、こっそりともう一人女の子が一緒にいることに気がついた。
あまりに静かで何も言わないので、見るまで気が付かなかった。
「もうすぐ始まるわ。あんた顔も見たことないし、よそ者でしょ。私が研修室まで案内してあげる」
「……別にいいかな」
「そ、じゃあ行くわよ」
断ったつもりだったのに、承諾の意味に無理やり取られ、袖を引かれたままイーストンは仕方なく歩いていく。
「僕は断ったつもりなんだけど」
「遠慮しなくていいわ」
「していないよ。待ち合わせの約束があるんだけど」
「何時よ」
「…………」
ハルカたちがいつ戻ってくるかはわからない。戻ってくるまで適当にその辺で時間を潰すつもりだったので、咄嗟に返事ができなかった。
「いいから新人研修くらい受けなさい、せっかく同期なんだからすぐ死んだら気分悪いじゃない!」
押し付けがましいが世話好きなのはよくわかった。仕方なくイーストンはその女の子に連れられて研修室へ向かった。