報告会
夕食は外で全員が焚火を囲みとることになった。
離れていた間にあった出来事をかいつまんで話す。
話せないことも山ほどあるのだが、それでも街で生きてきたサラにとっては十分に刺激的な話だったらしく、目を輝かせて聴いていた。
両親、特に父親であるダスティンは随分と心配そうな顔をしていたが、妻であるダリアに宥められて、ぐっと口出しすることを堪えていた。
元々公爵領の一兵士であったフロスは心中複雑だ。
ずっと暮らしてきた故郷が戦いの舞台であり、これから大きく変わっていこうとしている。もし拠点にきて保護されていなかったら、自身が戦いの最前線に飛ばされていた可能性もあったのだ。
最後まで聞いたころには少し疲れた顔をして、とぼとぼと自室へ戻っていった。
それに続いて。まだまだ話を聞きたがるサラを、両親が寝かしつけるために一緒に建物へと戻る。
しばらくすると大酒を飲んでいたシュオもいびきをかき始めた。
引きずっていこうとするレジーナを呼び止めたノクトは、その大柄な体をそっと障壁に乗せて遠くへやって口を開く。
ここから先は何を話してもいい身内の会話だ。
リーサのこと、王国内部のこと、それにさらにはまだちょっと刺激的であろう話もできる。
「さっきはさらっと流しましたが、ユエルさんに逢ったんですかぁ。よく無事に帰ってきましたねぇ」
「怖かったわよ、あの人」
「でしょうねぇ。まぁ、容姿の整った女性に少し甘いので、カーミラさんはよほどのことをしない限り大丈夫だと思いますけど」
ハルカには少し思い当たる節があった。
最初に出逢ってしまった時、ユエル本人がそんなニュアンスのことを言っていたような気がする。
「強すぎだろ、あいつ。現時点じゃどうにかなる気がしなかったぞ」
「でしょうねぇ」
アルベルトが珍しく弱気にぼやくと、ノクトはしみじみとそれを肯定した。
「昔から強かったです?」
「ええ、出会った時には既に」
「ふぅん。仲間だったりしたの?」
「……ユエルさんって、クダンさんの仲間だよね? 剣士と、魔法使い、それに獣人の格闘家と、鎧の女騎士。私が知ってる話だとノクトさんは助けられるお姫様っぽい役割だったけどなー」
「そんなこと言ってましたねぇ……。実際手を貸してもらったことは事実ですが。その時顔が腫れ上がるくらいにはクダンさんに殴られてますよ」
「え? 師匠がですか?」
「はい。あ、当時の国王もですけど」
ハルカはクダンに対して、割とまともな人物である印象を持っていたが、そこだけ抜き出して聞かされるととんでもないように思えてしまう。静かに聞いている仲間たちも、想像して変な顔をしていた。
「イースさんの質問に答えるとですね、僕は正確には彼らの仲間ではありません。ここ【独立商業都市国家プレイヌ】を建国したころに、数年間共に行動していただけです。僕には僕の、彼らには彼らの思惑がありました」
「私、実はその話色々知りたいんだよね。物語とはどう違うのか知りたくて、教えてもらえたり……?」
「俺も知りたい!」
コリンとアルベルトが言って、モンタナが少し身を乗り出したが、ノクトは「ふへへ」と笑って首を横に振った。
「別にねぇ、物語で聞くくらいでいいと思いますよぉ。綺麗なところを切り取って語っているんです。汚い部分を聞いても楽しいことはありませんからねぇ。それにほら、僕だけのことじゃないですから。それこそ下手に話してユエルさんの逆鱗に触れたら大変ですよぉ」
「やめときましょ? ね?」
即座にカーミラが小首をかしげて仲間たちへお願いする。
あざとい仕草にやられたわけではなかったが、この間の惨敗の印象が残っている仲間たちは、しぶしぶ身を引くことになった。
「この際だから話しておきますけどねぇ。特級っていうのは、結構幅が広いんですよ。特別な状況でのみ強い人とかもいますし、強さだってピンキリです。ユエルさんは当然そのピンの方ですね。相手取ろうというのがそもそも間違っています」
「……ノクトでも無理なのかよ?」
「単純に強い人物を四人挙げろと言われたら、僕は迷いなくユエルさんを含むあの四人を選びます。それくらいです」
質問をしたアルベルトがごくりと唾をのむと、ノクトはへらりと表情を緩めて続ける。
「それくらいの相手ですからねぇ。生きて帰ってきたので偉いですよ。アル君のことも褒めてあげましょうねぇ、ほらこっちに来たら撫でてあげますよぉ」
「いらねぇよ!」
「サラさんは褒めてあげると喜ぶんですけどねぇ」
ノクトが手をにぎにぎしていると、コリンが目を細くして呟く。
「ノクトさん、そんなことしてるから女王様に惚れられちゃうんじゃないかなぁ……」
「…………リーサがそんなこと言ってました?」
「うん」
「そうですかぁ……、困りましたねぇ」
珍しく本気で悩みこんでしまったノクト。
あれこれ言うのは憚られたが、それでもと思い、ハルカも口を開く。
「師匠。多分ちゃんと話をした方がいいです。リーサも大人です、話せばわかるはずです。互いに嫌いあっているわけでもないのに滅多に会わないのは寂しいことだと思います」
「…………正論ですねぇ。でもそれはリーサが普通の大人だったら、の話です。彼女を育てたのは僕ですよ? 本当に話せばわかって諦めると思いますかぁ?」
「それは、ええと、はい、今回色々と世話になりましたし」
「ハルカさん、僕の目を見て答えてください。本当にリーサが、話せば諦めると思いますかぁ?」
目を泳がせたハルカの方をじっと見つめて、ノクトが再度問いかける。
ハルカはそーっと視線を中央に戻し、ノクトの方を見てすぐに下を向いて小さな声で答える。
「……いいえ」
しかしすぐに顔を上げてハルカは続けた。
「でも! このままでいいとも思いません。リーサは一生懸命に王様をしています。もう少し会う頻度を上げてもいいんじゃないでしょうか?」
「……まぁ、それはそうなんです。距離を置いたからと言ってどうにかなるものではないと、今回のことでわかりましたし、逃げ回るのはやめにします。弟子の言うことくらいたまには素直に聞きますよ」
「師匠……」
ノクトの素直な反応に感動していたハルカの耳には、ノクトの「どうせ近いうちに会うことになりそうですしねぇ」という小さな呟きは聞こえなかったようだった。