運用方法
拠点周りを歩くと、土が耕されている場所があることに気がつく。日も落ち始めているから今日は作業をしていないようだが、よく見れば芽が出始めていることもわかった。
きっとフロスがまじめに畑仕事をしているのだろう。畑の端にひっそりと小さな花が植えられているのを見て、ハルカはこっそり笑った。
ノクトはいなかった間にあったことを話す。
問題は発生していないけれど、ちょっとした変化や成長をのんびりと語った。
ハルカとノクトが並んで歩き、その少し後ろにカーミラが続く。ぽてぽて歩きながら、間延びした口調で話すノクトの後頭部を見つめながら、本当にこれがそんなに危ない人物なのかと首を傾げていた。
「そうそう、サラさんに障壁魔法を教えておきましたぁ。今はまだ紙一枚くらいの耐久性しかありませんけれどねぇ」
「順調ですね。……師匠、そういえば私障壁バリバリ割られるんですけれど、何がまずいんでしょう?」
「うーん……」
ノクトはしばらく悩みながら歩いて、それから指をくるくるっと回して目の前に障壁を二つ出す。
「はい、カーミラさん、これ右のを思いきり叩いてみてください」
「私? 壊してもいいのかしら?」
「いいですよぉ」
「怒らない?」
「怒りません」
カーミラが、ノクトの方を気にしながら障壁に近づく間に、説明が続けられる。
「右のは、厚めに作った少し固い壁です。あ、続けて左のも同じくらいの威力で叩いてみてくださいね」
カーミラが拳を叩きつけると、その壁はひびが入り消えてなくなる。カーミラはもう一度本当に怒っていないかノクトの顔を確認してから、拳を振るう。すると、左の障壁は一瞬大きくたわみ、それからすぐに元の形に戻った。
体を跳ね返されたカーミラが驚いた表情で拳を撫でている。
「これは柔らかいですが伸縮性のある壁です。打撃には強いですが、斬撃や温度変化には弱いですね。ハルカさん、一番初めに見せたはずですよ?」
武闘祭で出会った時、ハルカの拳を受け止めるのにノクトは同じような障壁を出している。
「ええと……、つまり相手の攻撃を予測して、それに応じたものを張れるようでないとダメでしょうか?」
「理想的にはそうです。例えば斬撃が来る時にはその方向に対して少しずつ硬さの違う障壁を重ねるとかもありますね。一点に集中した攻撃には弱いのですが、その時は自分の方も広く障壁を張らずに点で対処します」
ついっと指を動かして障壁を消し、そのまま障壁で作った椅子に座ったノクトは、指を動かしながら説明を続ける。
「ただしあなたの場合は、一つの魔法に対して魔素を節約するということを考慮する必要がありません。本来であれば、全て力押しでどうにかなるはずですよ? それができていないとするのならば、それは想像力の不足、あるいは自信の無さからくる問題です」
痛いところをつかれてハルカが顔を顰めると、ノクトは首を左右に動かしながら笑う。
「ハルカさん、障壁は割れるものだと思っていますね?」
「その……、ヴァッツェゲラルドさんにも割られましたし、師匠の障壁も割れていたのでそういうものなのかと」
「うーん、師匠としてはそういうものを見せない方が良かったんですかねぇ……。思い込み、そういう認識を持てば持つほど、障壁は脆くなります。勝負ごとに初めて負けた天才が、ずるずると負けを重ねてしまうのと同じです」
「自信を持てば何とかなる問題なのかしら? ならお姉様はとっても強いから、すぐに解決しそうだけれど」
カーミラが首を傾げると、ノクトは今度は首を横に振った。
「いいえ、問題があります。まずハルカさんはいくら強くても自信を持つのが下手です。二つ目に、いくらそう思っていても、一度破られたという事実を忘れることはありません。解決方法としては、それでも僕の話を信じて、きちんと想像さえすれば割れないものだと思うこと。二つ目は、戦闘技術としての障壁の張り方を覚えること。そして三つ目はその両方を十分に整えて、実戦で自信を持つことです」
「ですか……。ちょっとしばらく稽古をつけてもらっても?」
「構いませんよ。あともう一つ、障壁に頼りすぎないこと。あなたなら障壁よりも有効な対応をできることも多いはず。手札を増やして、その内容をきちんと把握しなければいけません。できると実戦で使えるは別ですよ」
「はい……」
すっかり師匠モードだ。しゃべり方もぴしゃりとしたものになっていき、ハルカは体を竦めて恐縮した。
「本当に師匠なのね」
カーミラが感心したように呟くと、ノクトは肩の力を抜いて「ふへへ」と笑う。
「師匠っぽかったですかねぇ」
「他にも魔法を教えている子がいるんでしょう?」
「サラさんですか。彼女からは先生と呼ばれているので、弟子はハルカさんとリーサくらいですねぇ」
「どう違うのかしら?」
「そうですねぇ……。まぁ、でも、別物ですよぉ。さ、ご飯にしましょうねぇ。ほら、ハルカさんもそんなにしょげてないで元気出しましょう。リーサのところへ行ってきたんでしょう? 早く話を聞かせてください」
噂に聞いていたような暴力的な人物ではないことが分かってきたのか、カーミラもノクトに普通に質問を投げかける。可愛らしい姿も相まって、ノクトは特級冒険者の中ではかなり親しみやすい方であるはずだ。
ノクトもカーミラの緊張がほぐれたのを確認したのか、話を切り上げて建物の方へむかう。
ほんの一か月程度の期間であったが、弟子がこうして自分の課題を持って戻ってきたのだ。
ノクトは、師匠として、また好奇心からも、早くその間にあった出来事を知りたいと思っていた。