まちわびた
オランズの街を通り過ぎたあたりから、昼間だというのにカーミラがそわそわうろうろとし始めた。拠点にハルカたち以外の人がいると聞いているので、不安で仕方がないらしい。
エリザヴェータと別れてから一週間。今のナギだったら三、四日もあれば拠点までたどり着けたが、中型飛竜を連れていたため少しのんびりとした空の旅となった。
竜を七頭引きつれたナギの姿は、街道をいく者達に衝撃を与えていたが、空を飛んでいるハルカたちは知る由もなかった。
森で一休みして、夕暮れ時に拠点が見えてくる。
建物が幾つか増えており、炊事の煙が幾つか上がっている。
空を睨みつけているのは恐らくレジーナだ。腕を組んでじっとハルカたちの方を見上げている。後ろからのっそりと現れたのは、シュオだろう。何かをレジーナに話しかけて無視されている。
バタバタとした動きで下がっていくと、今度は後ろにノクトを連れて現れる。
少し離れた、建物のない場所でナギが降りると、続けて中型飛竜たちも着陸する。すっかりナギを自分たちの群れのボスと認めて、言うことをきくようになっていた。
「おいおい、何だこりゃ、竜がたくさん居やがるぜ!?」
シュオが走ってくるのに続いて、早歩きのレジーナがついてきて、少し手前で足を止めた。そこでまた腕を組み、肩幅に足を広げて眉間にしわを寄せている。見るからにご機嫌斜めだ。
「おせぇよ」
ハルカたちが竜から降りるとレジーナが開口一番文句を言った。
「事がずいぶん大きくなってしまって、すみません」
「……次は一緒に行く」
何かを確認しているのか、中型飛竜たちには目もくれず、降りてきた仲間たち一人一人に視線をやったレジーナは、カーミラのところでびたりと動きを止めて目を細めた。カーミラもすぐにそれに気がつき、すすっと移動してハルカの後ろへ隠れる。
「……すごく怖い顔してる人がいるわよ?」
「えー……、いえ、あれはまぁ、普通の顔です。レジーナ、この後ろにいるのは新しくここで暮らすことになったカーミラです」
スッと体を横に避けると、カーミラがハルカの裾を掴む。
正面から見つめ合うことになった二人だったが、先に動いたのはレジーナだった。つかつかと歩いてきて、正面に立ち、カーミラを見上げる。眉間に寄せられた皴は深く、上目遣いというよりヤンキーがメンチを切るときの角度だった。
カーミラはひゅっと息をのみ、目元を引きつらせながらも、その場から逃げ出すことだけはしなかった。千年生きた吸血鬼としてのプライドが働いたのかもしれない。
「お前、強いだろ」
「お前じゃなくてカーミラですよ」
確信を持った問いかけに、ハルカがすぐに訂正を入れる。レジーナは一瞬ハルカの方をキッとにらんでから、口をへの字にして鼻から息を吐く。
「カーミラ、強いなら後で勝負しろ」
「わ、私、戦うのあまり好きじゃないの」
また首をグルっと動かしハルカを見るレジーナ。
レジーナにしてみれば、纏う魔素の雰囲気で強さが分かる分、能力が高いように見えるカーミラの発言が信用できないということなのだろう。
「……えーっと、カーミラが戦うのが好きじゃないというのは本当です。訓練ならアルとかが付き合ってくれると思うので、そっちにしましょう。ほら、シュオさんとも訓練してたんじゃないですか?」
「飽きた」
「あ、はい」
中型飛竜の近くへずかずかと歩いていき観察しているシュオの方を見て、レジーナは一言吐き捨てた。そうしてカーミラの方をちらっと見てから、アルベルトの方へ歩いていく。
「おい、アルベルト、訓練」
長い空の旅の後で体を伸ばしていたアルベルトは、声をかけられて笑う。
「お、よっしゃやるか。コリン、荷物頼む」
「えー……、自分でやりなよー」
そう言いつつも投げ出された荷物をコリンが手早く片付けていく。この場から立ち去っていく二人の後に、こっそりとモンタナが続いていたのをハルカは気づいて見送った。
怖い人がいなくなったことを確認したカーミラは、ハルカの袖から手を放し息をつく。そこへのんびりとノクトがやってきて声をかけた。
「見たことがない人がいますねぇ。紹介していただけますかぁ?」
久しぶりにゆったりと間延びしたノクトの話し方を聞いて、ハルカは体から力が少し抜けるのを感じた。色んな人から散々なことを言われているノクトであったが、ハルカからすれば信頼すべき師匠だ。
「私の師匠です。えーっと……、事情は伝えてもいいですし、伝えなくてもいいです」
「信用していいのかしら?」
「はい」
ハルカが珍しくハッキリと時間も置かずに答えると、カーミラは目を丸くしてノクトを見る。
「まぁ、ここにいる僕はハルカさんの師匠でしかない隠居のお爺ちゃんですからねぇ。ハルカさんがそう言うのなら、信用していい人になりますよぅ」
「……ちょっとこちらへいいかしら」
カーミラがチラリちらりと目配せをしてから、出てきたダスティンや、中型飛竜の周りをうろうろしているシュオから距離を取る。それを見たイーストンはユーリを抱き上げて、そのままダスティンの方へと歩いていった。
三人で集団から少し距離を置くと、カーミラはまじめな顔をして軽く頭を下げて口を開く。
「カーミラ=ニーペンス=フラド=ノワール、吸血鬼よ。お姉様に敗れ、温情をいただいてこちらに身を寄せることにしたわ。争いは嫌いなの。求めるのは、この場所で静かに暮らすことよ」
「……父と母以外の姓を持つのは、確か吸血鬼の中でも王たる血筋でしたよねぇ? 争いが嫌いで静かに暮らしたい、ですかぁ」
意味深長に返答をしたノクトに、カーミラは唇を一度噛んだ。
「本当よ。千年、森の中で暮らしたわ。もういい加減、一人でいるのは嫌になったの。悪いことはしないとお姉様に約束したわ」
「疑ってませんよぉ。長く生きるとそういうこともあるでしょうねぇ」
表情をころっと変えて柔らかい笑顔を見せたノクトは、目を瞬かせるカーミラへ続ける。
「ノクト=メイトランド、ハルカさんの師匠で特級冒険者です。あなたほどではないですが、僕も長生きしてますからねぇ」
「ノクト……、お姉様!? こ、この人、あいつらが一番気を付けるよう言ってた人じゃないの!?」
「え? あ、はい。師匠は王国でよくうろうろしてたと思うので、その人だと思います」
「吸血鬼も人も、まるで蚊のように情け容赦なく潰すって聞いたわよ!?」
「いやぁ、悪いことしてない人にそんなことしませんよぉ」
「悪いことしてないわ、本当よ」
「じゃあ大丈夫ですねぇ。さてと、積もる話もあるでしょうし、家の方へ行きましょう」
ノクトが振り返って体を左右に少し振りながら歩くと、引きずっている尻尾が地面に蛇行線をつくる。
また面白そうな人物が拠点に増えたことで、ノクトは今日もご機嫌だった。