報告と挨拶と
二日経って男も中型飛竜も暴れ出さないことがわかった頃、エリザヴェータから使いがきた。まだ全てが片付いているはずがないから、わざわざ時間を作ってくれたということなのだろう。
お迎えは最近なじみになったザクソンだ。
ハルカは早速捕虜の男を連れて、ザクソンについていくことにした。
「そちらは?」
「飛竜に搭乗していた方です。捕まえたので一応リーサに届けようかなと。中型飛竜も捕まえているのですが、その辺の処遇についても相談したいですね」
「……飛竜が何匹も自由にうろついていたのはそういうことですか」
近くまで来たときザクソンはその光景に目を剥いたものだが、動揺を見せずにハルカが来るのを待っていた。ハルカのことを常識の外にいる人物だと認定した以上、いちいち驚かないよう心に決めていた。
捕まっていた男も、気づけば周りを中型飛竜たちが勝手にウロウロしていたので、生きた心地がしなかった。
むしろ女王の下へ早く送ってもらった方が安全なのではないかと思ったくらいだ。
中型飛竜たちはどうも男のことが気に食わないらしく、近くを通りかかるとわざと唸り声をあげたり、大きく口を開けたりするのだ。
おそらく首輪を使われていた間の記憶もあって、自分より弱いものに言うことを聞かされていたという事実が気に食わないのだろう。
忙しく歩き回る兵士たちの間を縫って、歩いていく。時折縛られた男に目を向けるものもいたが、それぞれ忙しくしているため声をかけてくるものはなかった。
「その男は私が見ていましょう」
天幕の前に着くとザクソンがそう言って、男の縄の端を預かる。
「……逃げ出そうとしたことがあるので、一応気をつけてください」
「こんな兵士だらけのところでは逃げねぇよ……」
どこか疲れた様子の男はそう言って地面に座った。竜のそばで休むよりは、まだ兵士のいるところの方が気が休まる。
中へ入るといつも通りエリザヴェータが一人で待っていた。
「来たか。まぁ座れ」
近くまで行って椅子に腰を下ろすと、続けてエリザヴェータが口を開く。
「まずはことがうまく運んだことに礼を言おう。正直なところ手駒が足らず、もう少し被害が出ることを覚悟していた。ハルカたちのおかげで、理想的に事を進められた」
「お役に立てたようで何よりです。いくつかお話ししたいことがあるのですが、いいでしょうか?」
「聞こう」
「まずですね、先日城からでてきた飛竜に乗っていた人物を捕らえて連れてきています。預けても良いでしょうか?」
「捕虜か。まぁ、話くらい聞いておくべきだな」
「ではお願いします。それから、その時一緒に中型飛竜を七体捕まえています」
「ああ、兵たちが噂をしていたぞ。うずくまった飛竜が、空を滑るようにハルカの後ろをついていっていたと。ハルカもよくよく変なことをする」
透明な障壁にベッタリと伏せた飛竜が七体空を飛んでいく姿は異様だったことだろう。噂になるに決まっている。
「変なことをしたつもりはなかったんですが……。その飛竜、どうしましょう? 制御していた首輪は壊してしまったんですが」
「それで? 今も閉じ込めているのか?」
「いえ、ナギの言うことを聞くので放し飼いにしてます」
「…………そんなもの、そちらでなんとかしたらいいだろう。飼うならちゃんと管理しろ」
放し飼いと言われて、竜とはそういうものなのかという疑問や、危ないからやめろという説教など、口に出かかったことがいくつかあったが、エリザヴェータはそれを全て飲み込んだ。
「連れて帰ってもいいんですか?」
「連れて帰れるならそうしろ。危険があるのなら、できれば大竜峰へ帰してほしいがな」
「大丈夫だと思います、聞き分けがいいので」
エリザヴェータも飛竜に対する知識がないわけではない。通常中型の飛竜を途中から育成するのは難しいはずだと理解していたが、ハルカがそう言うのならと思いそれ以上言及しなかった。
「他には何かあるか?」
「はい。この報告が済んだら、私たち、拠点の方へ戻ろうかと思います。報酬は届けていただけるそうですし、これ以上できることもなさそうですから」
「……そうか。巻き込んだ形だったものな。長いこと引き止めて悪かったな」
「いえ、良い経験になりました。もっと訓練が必要なこともわかりましたし、なによりリーサの助けになれてよかったと思っています」
「そうか。相変わらず謙虚なことだ。さて、それでは私の方からもいくつか伝えておくことがある」
水をあおってから、エリザヴェータは首元に手を当てて右へ左へ動かす。疲れているのだろう。よく見てみればいつもより少し化粧が濃いように見える。
「その前に、治癒魔法をかけても?」
「怪我はしていないが?」
「疲労が取れます」
「……頼む。ハルカの前だからと少し気を抜きすぎたな。まさか鈍感なお前にバレるとは」
「……親しみを持ってくれていると、前向きに捉えることにします」
肩に触れて治癒魔法をかけると、リーサの背筋がシャキッと伸びて、目に一層力が宿る。元気になると尚更、先ほどまではずいぶん疲れていただろうことがわかった。
「助かった。時間もないから手短に伝えよう。まず、報酬は直接届けるから安心しろ。二つ目、昨日城に【致命的自己】が現れて、人質を解放するとともに、城にあった金目のものを勝手に持ち出して消えた。兵たちに手を出さないように伝えておいてよかった。何事もなかったのは、これもハルカたちの報告のおかげだな」
正当な要求をしたとしても、何をしてくるかわからない人物だ。来るとわかっていなければ、多少の被害は出ていたかもしれない。
「それから、公爵だが生きている可能性がある。よく似た男が飛竜から落ちて潰れたトマトのようになっていたが、あれが本人であるか確証がない。生きていたところでこの先王国に何かできるとは思えんが、協力してもらった以上伝えておかねばなるまい。見つけ次第殺すつもりだが、公にはすでに死んだものとしている」
まさかエリザヴェータがそんな失敗をするとも思っていなかったハルカは、思わず目を見開いた。なんでも器用にこなす万能な人物だと思い込んでいたのだ。
「特徴を兵士たちにまで徹底して知らせていたのが却って良くなかった。兵士たちが偽物かもしれないその潰れトマトを本物と思い込んで、おそらく追跡が緩くなった。あるいは、奴を逃すことに協力的なものがいたか。とにかくそういうことだ」
ハルカが神妙な顔をして頷くと、息を吐いて明るい顔をしてみせたエリザヴェータがさらに続ける。
「それから、この間も言ったが、次に来るときはできれば爺も連れてきてくれ。顔を見たい」
「それは、まぁ、説得を試みてみます」
「頼りにしているからな」
百歳近い歳の差はあるし、身分差もある。あげくノクトはエリザヴェータのことを娘のように思っているから、この恋を成就させるのはさぞかし難しいことだろう。
しかしだからと言って、顔を出さないというのは、エリザヴェータがあまりに可哀想だった。
「……では、私は拠点へ帰ります。リーサ、次に会う時までお元気で」
「冒険者の方が安定しない仕事だと思うがな。そちらこそ十分気をつけるように。悪い奴に騙されるなよ」
「気をつけます」
言い返すにはちょっと自信がなかったハルカは、耳のカフスをいじって目を逸らしながら答える。
「賢い仲間がいるようだから大丈夫か」
「ええ、助けられてばかりで」
「また謙遜したな。次に会う時までにもう少し自信をつけるといい」
「これは性分なのでなかなか」
「……話しているとキリがないな。ほら、帰れ帰れ。今度は用がなくても遊びに来い」
「はい、それでは」
軽く頭を下げて立ち去るハルカを見送り、エリザヴェータは笑って呟く。
「いい気晴らしになったな。……さてと」
表情が固くなり、目は細められ、鋭い眼光が天幕の入り口に向けられる。戦後処理はまだ山のように残っているのだ。
舐められぬよう、侮られぬよう、エリザヴェータは気合を入れるのだった。