若干のシンパシー
夜も半ばすぎた頃、巨大な鹿の魔物を狩って帰ってきたナギが、中型飛竜たちの前に咥えていたそれを落とす。
中型飛竜たちは障壁の中で大人しくしていたが、目だけは爛々と輝かせて獲物を見つめた。だらだらと涎を垂らしているものもいる。きっと腹を空かしているのだろう。
ハルカが横でそっと見守っていると、ナギがぐるぐるがるがると喉から音を発する。果たして竜たちが音によってコミュニケーションを取れるのか謎だが、中型飛竜たちはやはり大人しくそれを聞いている。
そうしてナギが最後に一声吠えると、中型飛竜たちは体をさらにべたりと地面につけて上目遣いでナギを見つめる。それはまるで王に平伏する民のようにも見えた。
逃げ出すようならばまた捕まえればいい。
ハルカが試しに一体の障壁をなくし近寄ってみる。襲われても返り討ちにすることはできるし、その時はもう世話することを諦めるつもりでいた。
竜は賢い。中型飛竜も群れの強い者には逆らわない。そうだとするのならば、ナギに従って群れとなるのもおかしなことではないはずだ。
ハルカは竜が好きだ。
それはこの世界に来た時からずっと変わっていない。
顔の横まできて、頭に手を伸ばす。
竜にとっても急所である頭部を触らせるようであれば、きっとこの中型飛竜はもうハルカには逆らわない。
力を込めないよう優しく一撫でしても、中型飛竜は視線を向けるばかりで噛みついてくることはなかった。
「……まだ待っていてくださいね」
一体一体、そうして竜たちの意思を確認していく。逆らう気があるのかないのか。全ての飛竜が同じように大人しくしているのを確認してから、今度はユーリを抱いて待機していたカーミラに声をかける。
「大人しいですよ」
「これくらいの竜なら私だって怖くないわ」
すたすたと歩いてきたカーミラが、同じように、やや乱暴に頭に触れても、その間にユーリが手を伸ばしても飛竜たちは動き出そうとはしなかった。ハルカとユーリは顔を見合わせてにーっと笑う。
二人とも新たに触らせてくれる竜の登場に少し浮かれていた。
するとその間にぐいっとナギが頭をねじ込ませてきて、二人は声を漏らして笑いながらその頭を撫でてやる。
「変なところで似てるのね。そんなに竜が好きかしら?」
「かっこいいですから」
ハルカが答えると、ユーリもうんうんと大きく頷いた。
「みんな、お肉食べていいですよ」
ハルカがそう言うと、中型飛竜たちはそろりそろりと立ち上がり、ナギやハルカの方を気にしながらはじめは遠慮がちに、やがて猛然と食事を始める。血が飛び散る光景はかなり凄惨なものだったが、ハルカもユーリもナギの食事風景を見慣れていたので怖いとも思わない。
その場で小さくなって怯えていたのは、一人障壁の中に取り残された男だけだった。
腹が膨れ緊張も解けて、中型飛竜たちがぷーとかずーとか音を立てて眠り始めたところで、ハルカは男の周りにある障壁も解いて縄で縛る。眠っている間に障壁を維持するのはハルカには少し難しい。ここから先は普通に拘束して、交代で見張るつもりだ。
焚火の傍へ連れていき、先に夜番をするアルベルトとモンタナに預けると、ハルカはユーリを連れて寝そべるナギの近くで休むことにした。
夜半、話し声に目を覚ましたハルカは、ユーリを起こさないようにそっと起き上がり声の下へ向かう。
アルベルトのものと、聞きなれない声。おそらく捕らえている男の声が聞こえてきた。
「生き残ろうとするのは悪くねぇけど見る目がなかったな」
「俺も兵士なんかじゃなくて冒険者にでもなるんだったな。公爵領じゃそんなこと思いつかなかったぜ」
「冒険者してたら今頃死んでたんじゃね。俺たちより気の短い奴なんていくらでもいるからな。相手の強さが分かんねぇような奴は運が良くないと生き残れねぇよ」
「……まぁ、俺が死んでも悲しむ奴もいねぇけど。それでもやっぱり死にたくねぇんだよな。おい、逃がしてくれねぇ? 恩は忘れねぇから」
「馬鹿じゃねえの。連れ合いを人質に取ろうとしといてそんなの通じるわけねぇだろ。それに女王様のとこ行っても絶対死ぬわけじゃねぇよ」
「死ぬに決まってんだろ! 自分を攻撃する意思を一度でも持った奴なんて、公爵なら拷問して殺してたぜ。……ああくそ、そんな死に方するくらいなら、いっそスパッとここで殺してほしいぜ」
「……あの女王様はそういうことしなさそうだけどな。利用価値があるやつなら生かしそうだけど、お前がどうしても死にたいって言うんなら、今ここで首を飛ばしてやってもいいぜ」
しばしの沈黙。
アルベルトは冗談や酔狂でそんな言葉を口にしない。男がそうしてくれと言えば何の迷いもなく男の首を刎ね飛ばすことだろう。
「……やめとくわ。俺、竜に乗るのは一番うまかったんだぜ。あと生き残るためなら口がよくまわる」
「それはあんまり上手じゃないです」
「お人よしのハルカに疑われたくせに何言ってんだこいつ」
「……とにかく生き残る可能性があるならそっちにかけるか」
「一つアドバイスをすると、虚勢を張ったりしないことだね。あの女王様はハルカさんみたいに甘くないよ。多分舐められてると思ったらただじゃすまない。身を投げだして心から従えば、使ってくれるかもしれないよ」
ハルカは歩いてその輪の中に入り、イーストンとアルベルトに目をやってから男に声をかける。
「そうですね、リーサは私のように甘くないので気を付けてください。私のように甘くないので」
「なんだ起きてたのか」
聞いてたぞとわざと繰り返してみたが、アルベルトはけろっとしてハルカに声をかける。本人は思ったことを口に出しているだけなので、悪気も何もない。
ただイーストンは声を殺してくつくつと笑っていた。こっちは恐らく故意犯だ。
「起きてました。まぁ、確かに私は甘いかもしれませんが……」
アルベルトとモンタナが真顔で頷くと、イーストンは顔をそらして笑い続ける。
「別に、どう生きるかはあなたの自由です。たださっきのことをもし悪いと思っているのであれば、カーミラに謝罪をしておいてください。あなたは彼女の善意を……、多分善意を踏みにじったのですから」
「そうだぜ。お前頭ぐしゃっと潰されててもおかしくねぇんだから」
「……ここにいる女は皆化け物かよ」
「コリンが寝てて良かったな、口に気をつけろよ」
アルベルトはあくびをしながらそう言って立ち上がる。
「んじゃ交代。俺コリン起こして寝るわ、あとよろしく」
「よろしくです。仲良くお話ししたからって逃がしちゃだめですよ? けじめです」
「……それは、はい、もちろん」
「モンタナ、お前ノクトに似てきたぞ、気をつけろよ」
「……似てないです、失礼です」
「怒んなよ」
モンタナが拳を作ってアルベルトの腰のあたりを何度か殴りつける。
失礼だというのがノクトに結構失礼なのだが、本人たちは全くそうは思っていないようだった。





