提案
中型飛竜で拠点へ飛んできたフロスを迎え入れて、今捕まえている兵士をエリザヴェータの下へ連れていく理由は、単純にここが王国だからである。
フロスのことだって、もし王国で捕まえていたのなら王国に突き出していたことだろう。ただ、あの時点では公爵とエリザヴェータがいつ敵対するかわからなかったし、わざわざ送り届けに行く義理もなかった。
単純にフロスが穏やかな人物であったという点もあったが、とにかく場所とタイミングが良かったのだ。
振り返ると不安そうにしている男と目が合うので、ハルカとしてはとても心が痛い。しかしこの場所で捕まえた以上は、女王であるエリザヴェータに判断を仰ぐのが適当だと判断した。
中型飛竜たちは、障壁から出られないとわかってからというもの、じっとその場に小さくなって大人しくしている。すぐに食べられるわけでないとわかり、様子を見ているのか、すぐ近くにいるナギを恐れて静かにしているのか。
どちらにしても大暴れされるよりは管理しやすい。
街の手前の開けた位置に、たくさんの兵士が展開しているのが見えてくる。
今降りるのは邪魔になるだろうと、その上を通過してハルカたちは軍の後方へ向かった。
兵士たちの一部が、ハルカの連れている中型飛竜に向けて杖の先を向けているのが見える。王国の魔法兵たちだ。
もし中型飛竜たちが突然襲い掛かってきたら、と思えば当然の対応だ。むしろすぐさま魔法を撃たないだけよく訓練されていると言えるだろう。魔法使いは身体強化を使えず、耐久力がそれほど高くない。
中型飛竜一頭でも取り逃した場合は、甚大な被害を受けることになるのだから。
兵士たちを通り過ぎていくと、後ろの方にはまだまだ列が続いている。
いわゆる兵站を維持するための荷駄隊だろう。
その列から少し離れた場所で着陸し、ハルカたちも地面へ降りる。
今はまだ忙しいエリザヴェータの邪魔もできないので、しばらくはここでのんびりするつもりだ。
数日もして落ち着いたころに会いに行けばいい。
大きなナギの姿は遠くからでも見えるはずなので、用があればあちらから連絡を寄越すはずだ。
近くから適当に薪や石を集めて、適当に野営の準備を始める仲間たち。
一方でハルカは、捕まえた七頭の飛竜と、男の前に立って腕を組んでいた。
最終的にはエリザヴェータの下へ届けるとはいえ、それまでちゃんと管理していなければならない。食事などを考えればいつまでも閉じ込めておくわけにはいかない。
男はともかくとして、飛竜は放したら逃げ出してしまいそうだ。
竜はしばらく食事をしなくても、すぐに飢えるような生き物ではないそうだが、お腹を鳴らされでもしたら哀れに思ってしまうだろう。
何とかできないものかと悩んでいると、男から声をかけられる。
「あのぅ、俺、どうなるんでしょうか?」
「……一応、捕虜ということで陛下に引き渡すつもりです。腕輪のことも詳しそうですし」
「そ、そんな! 俺腕輪のことなんかよく知らねぇよ! ただ言われたことやってただけで……!」
そんな言い訳をされてもハルカだって事情を知っているわけではない。言い訳する男の顔をじっと見ていると、目をそらして黙り込んでしまう。どうも態度全般にあまり良い印象は受けない。
黙って考え込んでいると、モンタナが様子を見に来てくれた。ちょうどいいと思いハルカは質問を投げかける。
「確か……、最初に私に会ったときにいた人たちは、あまり軍からの評価が良くなかったと聞きました。何か悪いことでも?」
「そんな、悪いことなんて……。ただ無茶苦茶なこと言ってくる上官と仲が悪かっただけでさぁ」
「家族が街に?」
「は、はい! 病気の親と幼い娘が待っていて……!」
「それは心配ですね。兵たちも街に入っていますし」
「へぇへぇ、それはもちろん! だ、だから……」
「ハルカ」
同情を買うような話が続く中で、ハルカが首を傾げていると、モンタナから声がかかる。
「えーっと……、ちょっと嘘っぽいなとは思ってます」
ハルカが答えると、モンタナはこくんと頷く。
なんとなく騙してやろうという気持ちを感じていたハルカだったが、モンタナが頷くからには全く的外れというわけではないらしい。
「嘘なんかじゃねぇ! なんだ、なんだってんだよ!」
「子供、います?」
「いる、ホントにいるんだ!」
「病気の親も?」
「あ、ああ」
モンタナが首を横に振る。
全部生き残るための、ハルカの同情を買うための方便のようだ。
ハルカは抱えている違和感を口にする。
「…………そういえばあなた、飛竜を七頭も連れて出撃するなんて、随分信頼されていたようですね」
任務に失敗し、実験的に使われていたフロスに対して、既に効果があるとわかっている首輪がついた中型飛竜を七頭も預かっているこの男。中型飛竜七頭といえば、うまく運用すれば小さな町くらい落とせるレベルの戦力だ。
「そ、それは、戻ってからちゃんと言うこと聞いてたからで……」
再び首を振るモンタナ。嘘ばかりだ。
「何しているの? ……難しい顔をして」
今度はカーミラがやってきてハルカの顔を覗く。
「んー……、なんかこの人隠してるみたいなんですけど、よくわからなくて」
「ふぅん……。あのー、お姉様、怒らないでほしいんだけど」
「なんです?」
カーミラはハルカの耳に口を寄せて、内緒話を始める。
「もし、もしよ? もし本当のことが知りたいのなら、夜になってからちょっとだけ血を吸って、私が魅了して話させてもいいんだけど……。別に私がしたいんじゃなくて、お姉様の役に立つかなって思ったから言ってるだけなのよ? それに、魅了の魔法は話だけ聞いたらすぐ解くこともできるし……、私は血を吸えるわけだし……、どうかしら?」
「……もしかして、血を吸いたいんですか?」
「違うの。お姉様たちと一緒にいると危ないことが多いから、ちょっと吸っておいた方がいいかなって思っただけよ? ダメなら本当にいいのだけれど……」
「……私は、別にいいかなとは思いますが。ちょっと相談してから決めてもいいですか?」
「ええ、いいわよ。ダメならダメでいいから」
わざわざ許可を求めてきて、悪いことをするとも思えない。
というよりも、身の安全のためが八割がたで、後の二割はハルカのためというのが本音のように思えた。
念のためもう一度、イーストンに吸血についての詳しい話を聞いてみようと、ハルカは一度男の前から離れて薪集めを手伝うことにした。