捕食者の咆哮
先頭の中型飛竜の上だけに人が乗っている。
他の飛竜はその先頭のものに従っているようだ。
中型飛竜の大きさは、四人乗りの小型車程度。鍛えていない街の人だったら、ぶつかられただけで命の危機だ。
まして空から飛んできてその爪で掴まれでもしたら、まず命は助からないだろう。
そんな中型飛竜もナギのことは攻めあぐねていた。
当然だ。その大きさを比べると、幼児と大柄の大人くらいの差がある。先ほどに合わせて車に例えるのであれば、ナギは観光バスくらいの大きさがあるのだ。
ハルカたちが平然と接しているのがおかしい。
「ナギを見慣れるとあれくらいの飛竜は大したことないわね」
ゆっくりと飛ぶナギの上から編隊を眺め、カーミラが呟く。生首だけの姿でナギを見て戦う準備をしろと言うだけあり、カーミラは慣れるのが早かった。
竜がいくら強い生き物とはいえ、中型飛竜程度では夜のカーミラの敵にはなり得ないだろう。胸の下で手を組んで、余裕の表情だ。
ナギがぐるりと旋回して、向かってくる中型飛竜たちを正面に捉える。
そして今日一番の咆哮を放つ。
大きな体から放たれた吠え声は、大気をビリビリと揺らし、思わずハルカたちも耳を塞ぐほどであった。
普段温厚でのしのしとユーリの後ろをついて歩いているナギであったが、それでも大型の飛竜だ。竜としての闘争本能は残っている。
ただ、ハルカという強い頭がいる群れの方針に従っているだけだ。
本気を出せば、ナギにとって中型飛竜はただのご飯でしかない。それが堂々と自分の前に敵として立っていることに、プライドがわずかに刺激されていた。
ナギの咆哮に、ぐらりと中型飛竜の編成が崩れる。その場に留まるもの、前へ進むものに分かれた。
ナギの口は咆哮を放った形のまま保たれ、そこに徐々に光が集まっていく。
魔素を乱暴に凝縮しただけの力の塊。大型の竜の中でも、特に魔素の扱いに長けたものが使う、ブレスと呼ばれる攻撃だ。
まっすぐ放たれたそれが、中型飛竜の真ん中に向けて放たれると、搭乗者が慌てて何かを叫び、全ての中型飛竜がブレスを避けるために左右に避けてその場に停止する。
攻撃が飛んでくると分かれば今までのように自由に飛んでばかりはいられない。搭乗者が忌々しげにナギの方を睨みつけている。
ハルカはそれを見つめ返しながら、息を吐いた。
「終わりました」
その声と共にナギが前へ飛んでいく。
距離を取ろうとしたのだろう。手を振って飛竜たちに指示を出した搭乗者だったが、すぐに異変に気がつく。
自分が乗っているものも含めて、すべての飛竜がばたつくばかりで、その場から動くことができなくなっているのだ。
そうこうしているうちに、ナギは距離を詰め、気づけば目と鼻の先の距離まで近づいている。
ハルカの障壁の話を聞いていたのであろう搭乗者は、抜いた剣で障壁を壊そうともがいていたが、やがて目の前にナギの顔があることに気がつき、引き攣った表情でその動きを止めた。
ナギがその場でもう一度大口を開け咆哮する。
ジタバタともがいていた中型飛竜、剣を抜いていた男、その全てがべたりとその場で腰を抜かしたように座りこむ。
「ナギ、お前かっこいいじゃん」
アルベルトの声に、滞空しながら器用に首を曲げて後ろを向いたナギが、いつも通りに「がう」と返事をした。
障壁で閉じ込めた竜たちの首には、先日見た腕輪と同じようなデザインの首輪がついている。違いは金属ではなく、革を重ねて作られているところか。
金属製でないというのは、ハルカにとっては都合のいいことだった。慎重に魔法を行使して、それを断ち切れば、ポトリと障壁の上に首輪が落ちる。
落ちたからといって、竜たちが小さくなってしまっていることには変わりないのだけれども。
ハルカは空を飛び、座り込んだ男を囲った障壁の前に移動して尋ねる。
「飛竜は……」
「俺は、俺は命令されただけだ! 殺さないでくれ!」
ハルカが飛竜の数を尋ねようとすると、男が叫びながら這いずるように前に出てきて懇願する。頭を下げている男の顔は見えない。
「頼む、なんでもする! 今からこいつらを連れて下に降りて攻撃に参加してもいい!」
「……そんなことより、飛竜の数はこれで全てですか?」
会話の余地があると気付いたのか、顔を上げた男。その表情には引き攣った笑顔が浮かべられていた。
「いや! 全部で二十…………ああああ! ごめんなさいごめんなさい殺さないでください。俺、こんなでも家族が街にいて、嘘つく気はなくて、本当に……! 爆発させないでください……、お願いします……!」
「…………あ、もしかして、前に師匠を攫いにきていた人の一人ですか?」
「そうです、でもあの、違くて!」
既視感のある反応に、ハルカは素早く記憶を辿ることができた。つまりこの男も、拠点にきたフロス同様、実験に付き合わされて生き残り、今この場にいるということなのだろう。
「事情なら……」
事情ならわかっている、そんなふうに答えようとした瞬間、飛竜の頭の上にいたその男が振り落とされる。
中型飛竜の口が大きく開かれる。
頭の上でバタバタされながら、大声を出されたのだ。
そうでなくとも自分の意思に反して、ずっと言うことを聞かされていた相手だ。しかも捕食者を目の前にしてわざわざ注目を集めるような行いをしている。
首輪が外れて、そんな思いが溢れてるとしたのならば、飛竜が男を黙らせようとしたのは当然のことだろう。
ガチッと音がして、かろうじて間に合った障壁が飛竜の顎を阻む。かなり危ういタイミングだった。
ハルカは気を失った男の身体を障壁で囲い、その安全を確保する。
話を聞きたいところだったが、意識を失ってしまっては仕方がない。
ハルカたちは戦場になっていない近場にひとまず撤退することにした。
もし城から飛竜たちが出てくるようなことがあれば、再び邪魔しにいけばいい。そうでなければ、もう戦いが終わるまではのんびりしているつもりだった。