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この世界に生きる者達

 ハルカは考える。

 自分の想定が正しいのであれば、この先に乗り込んで待っているのはプロの戦闘集団か、人を殺すことに長けた何かだ。

 今ここにいる理由は護衛。護衛対象者を危険な目に遭わせるのは論外だ。

 それに仲間だって危険にさらされる。

 相手がプロの集団だとしたら、生き残りがいるとも思えない。

 何より怖い。

 殺すのも死ぬのも怖い。


 でも、もし生き残りがいたら?

 もしかしたら、もう敵なんて残っていないかもしれない。


 もしに命を懸けられるのか?

 《《かけられない》》。



 ハルカはひゅっと大きく息を吸った。


「何言ってんだよ、行くだろ、コーディさんだって行きたそうにしてるじゃねーか」

「そうね、生き残りがいるかもしれないし、コーディさんさえよければ行きましょう?」


 気負う様子もなくアルベルトとコリンが言ってのけた。

 ハルカは息を吸い込んだまま吐き出す機会を失う。言葉と共に出てくるはずだったそれを、しゅるしゅるとゆっくり口から漏らした。


 この子たちは何を言っているんだろう。危険なんだ、この先は。大人である自分が止めてあげなければいけない。

 冒険心や好奇心がいくらあっても、もしかしたらいるかもしれない生き残りのことが気がかりでも、自分の命を懸けることではない。


「ハルカさん」


 とんとん、と背中をつつかれて振り返る。

 レオがハルカのことを見上げて不服そうに口をとがらせていた。彼もまた村へ行くことに反対なんだろうと思い、守ってあげなければと思う。


「昨日教えた魔法覚えてますか? いざとなったら守ってくださいね」


 違った、彼もまた村に入っていく気だった。

 周りを見渡してみれば、皆が前へ進む準備をしている。それをみていると、そういうものなのかと思ってしまいそうになる。


 確かに怖い気持ちはあっても、ハルカだって真実を知りたい気持ちや、助けられるものがいるなら、助けてやりたいという思いはあるのだ。


「うーん、君たちが反対なら行くつもりはなかったんだけどな」


 コーディが仕方ないなぁと、演技がかった仕草で肩をすくめた。


「何を言っているんですか、隣人を助けよ、でしょう、コーディさん」


 デクトが剣を抜いて、村の方へ目を凝らす。

 コーディは黙って難しい顔をしているハルカの方をちらりとみた。ハルカが何を考えているかまでは察していなかったが、仲間たちの返事にすぐに賛成しなかったのを見て、あまり気が乗らないのだろうと思っていた。

 いつもむっつりしている割に、ハルカが仲間想いなのも、他人や動物にやさしいのも理解していたから、仲間のことを心配しているんだろうと当たりを付ける。


「まじめだなぁ、デクトさんは。でもそうだね、あの村の人たちは私たちを歓迎してくれた。帰りにも寄ってくれと言ってくれた。打算はあったと思うさ。でもね、人の生きる世界を広げようと村を作るに至った勇者でもある。ああいう人たちがいないと僕たちの旅はもっと困難になるはずなんだ。僕たち旅人や商人、村を興すもの達、それに冒険者にとって、命っていうのは軽いものだ。街の中で一生を終える人たちに比べるとね。でもね、それはその命が《《他の者より大事ではない、という意味にはならない》》。英雄譚に憧れてでも、自分の命を懸けて、他人の命のことを考えられる君たちを私は尊敬しよう」


 コーディは最後の一言を言うときに、アルベルトとコリンを見て笑った。

 この世界には冒険者たちが自ら危険に首を突っ込み、戦ってきた物語がたくさん残っている。生きるために冒険者になるものもいれば、そんな英雄たちに憧れて冒険者になるものもいるのだ。それが身の丈に合うか合わないか、そんなことはどうでもよかった。その機会があれば、自分の身を投げうつことを躊躇したりはしない。


 ハルカに言葉が重くのしかかる。

 アルベルトやコリンの姿が輝いて見える。

 

 四十年余り生きてきて、大切なものも作れず、毎日を浪費してきただけの自分とは違って、この若さで自分の生きる道を決めて、そして輝こうとしている。

 眩しかった。


 自分がいつかなりたかった、そんな、物語の主人公みたいな……。


「隣人を助けよ、だ。力ない我々人はお互いを助け合いながら生きていくべきだね、少なくともピンチの時は。どうかな、ハルカさんは?《《尻尾を巻いて逃げたいかな?》》」


 その言い方は卑怯だとハルカは思う。彼の悪辣さを初めて理解する。

 ハルカだって正しさを主張したり、何かを守ろうとしたり、人から認められたり、英雄のようになりたかったことがあった。憧れていた。

 むくむくと心の中に反骨心のような、押して隠して潰してきたハルカの子供心が顔を上げ始める。


 でも怖い。命を失うのが怖い、この楽しい時間が終わるのが怖い、一番怖いのはこんなにいい子たちである仲間を失うことだ。

 絶対に嫌だった。


 ぎゅっと手を握り下を向くと、モンタナがじーっとハルカのことを見上げていた。

 彼は返事をせずにずっとそうしていたようだった。目が合って、互いに瞬きを数回繰り返す。


「……大丈夫です、僕達強いですよ。でも危なかったら守ってほしいです。僕も、ハルカが危なかったら守ってあげるです」


 とんとん、とハルカの握られた拳を軽く手のひらでたたく。モンタナに緊張はないようにみえた。ハルカは握った拳をゆっくりと開き、モンタナの頭に乗せた。くしゃくしゃとゆっくり撫でる。少し勇気を分けてほしかった。


 そもそも自分とこの世界に生きる人々は持っている覚悟が違うことに気づく。

 ならどうしたらいいんだろう。

 それなら、自分もこの世界の人間らしくならなければいけなかった。

 仲間たちにふさわしい様な、覚悟を持った人間になるべきだと思った。


 なにをやっているのだろう、といった様子でそばに寄ってきたコリンとアルベルトの頭にぽん、ぽんと一度ずつ手を置く。

 くすぐったそうな顔をする二人からも、ほんの少しずつ勇気を分けてもらう。


「コーディさん、見くびらないでください。行きましょう、私は雇い主の言うことに従いますよ」


 すました顔でそう言うハルカに、コーディはニヤッと笑う。


 顔つきが少し良くなったようだと思ったからだ。

 ハルカはなんとなく抜けていて、他の面々に比べると街の住人っぽさが抜けていなかった。

 立派な冒険者の誕生にコーディは満足だった。きっと彼女は物語に残るような冒険者になるはずだ。



 ハルカは足を震わせる。

 武者震い、武者震い、と心に言い聞かせるが、実際はただビビってるだけだ。

 覚悟をしたところで殺し合いが発生したら怖いし、できればそんなこと起こらなければいいのに、という思いは変わらなかった。


 足元に立っていたモンタナだけがそれに気づいて、こっそりと笑っていた。


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― 新着の感想 ―
価値観の違いと言えばそれまでかな ただこのコーディとかいう奴の思うつぼなのが何ともね
私なら怖くて逃げ出すので、それに我慢して入るのにスゴイなと。鬼が出るか蛇が出るか。どちらでもイヤーん。
[一言] あ、なろうでも投稿してたんすね… こちらの更新も頑張ってくだせえ
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