生態系の頂点
いよいよ公爵領に踏み入り、兵士たちが展開し始める。
てっきりその最前線を歩いてナギと共に空を飛ぶものかと思っていたハルカだったが、エリザヴェータからは全く逆のことを言われた。
「お前たちは好きな時間に好きなように飛んでてくれればいい。こちらとしてもはじめから戦力の計算に入れる気はないからな。依頼はあくまで公爵が出してくると思われる中型飛竜をけん制してくれ、だ。地上の戦いには首を突っ込まなくていい」
念を押すように何度も参加するなと言われて拍子抜けしながら、ハルカはモンタナとイーストンを連れて仲間たちの下へ戻っていく。
「何か……、もっといろいろと頼まれるかと思ってたんですが……」
「あっちにもいろいろと都合があるんじゃない?」
「王としての力を見せなければいけない、でしたっけ?」
「冒険者に頼ってばかりっていうのもちょっとね」
「それで被害が少ないのならその方がとも思いますが……。確かに周りから依存しているように見られては困りますものね」
事情は分からないこともないのだ。しかしそれがどれだけ今後に影響するのかが理解できていないから、腑に落ちない部分がある。兵士たちがぶつかり合えば必ず死傷者が出る。
本当は大規模な戦いなんて発生させない方がいい、というのがハルカの考えではあった。
これについては、ハルカの気持ちはわかっても、賛同してくれる人はこの世界の為政者には少ないことだろう。
話し合いで済むのであれば、王も領主も必要ない。
そして、個人の武力ですべてが片付いてしまうのならば、その個人が王となるべきなのだ。
国をまとめる気のない強力な個の介入は、無駄な混乱を生む。
百年前のノクトたちのように、その先に国という未来を見据えていれば別かもしれないが、ハルカはこの戦いをきれいに収めたところで、公爵領を継いで治世する気もない。
エリザヴェータが冗談だと言った爵位の話があった。
もしハルカがあれを前向きに考えていたのならば、エリザヴェータはまた別の選択をしたかもしれない。
「それにしても、あんなに念を入れなくても、一度言ってくれれば言うこと聞くんですけどね」
「何か気になった時手助けしそうで心配だったんだと思うです」
「いえ、流石に約束していたらしませんよ」
「知ってる人が危ないとか、逃げてる人を追いかけまわす人がいるとか、放っておけるです?」
すぐに返事が返ってこないのが答えのようなものだった。実際にそんな現場を見てしまえば感情を優先して動くだろうと、ハルカを知る誰もがそう思っていた。だから返事がないハルカにモンタナは続ける。
「だから、やることやって、助けたい人がいたらこっそり助けるですよ」
「あんなに釘を刺されたのにいいんでしょうか」
モンタナはハルカを見上げながら答える。
「ハルカ、あれは契約じゃなくて個人的な注意です。だからそういうことです」
「モンタナって結構しっかりしているよね」
「そうなんですよね、いつも助けられています」
自分の頭の上で会話をする、自称四十代と自称八十代のどこかのほほんとした会話に、モンタナは何も答えず黙っていた。
イーストンもしっかりしているようで、頼られたり、いざ危ない場面を見かけると見捨てられないタイプだ。
自分がしっかりしているのではなくてと思いつつも、モンタナは余計なことは言わない。なんだかんだ、二人のその性格が好きだったし、多少のことは力でねじ伏せられるだろうと信じているからだ。
ただまあ、仲間だからいいけれど、エリザヴェータのように計算ずくで物事を進めるタイプの人からすれば、ひどく扱いにくいタイプであることもわかる。
だからモンタナはこっそりとそのことをフォローする。
去り際にエリザヴェータがそっと目配せをした理由も、モンタナはちゃんとわかっていた。
これから何があるか、ハルカは鼻を付き合わせてナギに説明したが、ナギが正しくそれを理解しているかは不明だ。
街の上を何度も行ったり来たりして、たまに大きな咆哮を上げる。体を目一杯大きく広げて堂々と飛ぶ姿は、下から見上げたらとても恐ろしいだろう。
しかし乗っているハルカたちからしたら『なんだか今日は楽しそうにしているな』と思うくらいのものだ。
実際のところ、仕事を任されたと思っているナギは張り切っていて機嫌がいい。
常に街の上を飛んでいる必要はないらしいので、しばらく旋回すると通り過ぎて休憩。そして戻ってまた旋回というのを繰り返している。
一度街の上に来る程度であれば偶然と思うこともできるが、こう何度も繰り返されては、住人達も生きた心地がしないはずだ。
ナギが近くで咆哮するたび、騎乗用の地竜がだばだばと妙な方向へ走り去っていったり、馬が前足を上げて上に乗るものを振り落としたりしている。
ただこれに関しては、味方側の生き物たちも動きがぎくしゃくしているので、良いことばかりかというと微妙なところだ。しばらくずっとナギが周りをうろうろしていたので、敵側よりはやや被害が少ないのがまだ救いだ。
はじめの頃は街の人たちも恐れつつ空を見上げていたが、三往復もしたころにはすっかり道に人影はなくなってしまった。
ハルカの思っていた以上の成果である。
五往復目、そろそろナギが飽き始めて、咆哮も適当になり始めた頃だ。
街の外から、黒い粒がまっすぐ向かってくるのが見えた。
近づいてくるとシルエットが分かる。
中型飛竜が編隊を組んでナギに向かってきていた。