少し緩める
ハルカが戻ってくるのにいち早く気付いたモンタナは、その動きをずっと目で追っていた。仲間たちも順番にそれに気がついたようだが、その場で座って帰りを待っていた。
アルベルトはハルカの姿が見えてくるとようやく素振りをやめその場で汗を拭う。
「ただいま戻りました」
コリンの膝の上で眠っているユーリを見て、ハルカは小さな声で声をかける。いつもはナギにくっついて眠っているのだが、今日はハルカの帰りを待っているうちにそのままうたた寝してしまったらしい。
心配をしてくれていたのだろうと嬉しくなってハルカの顔がほころぶ。
「おかえり」
小さな声で答えたコリンは、そのままそっと立ち上がる。
その声か振動で目をぼんやりと開けたユーリは、ハルカの姿を見てへにゃっと笑い「おかえり」と言い目をこする。
「はい、戻りました。待っていてくれてありがとうございます」
「さっきまでちゃんと起きてたのにね。じゃ、ハルカも帰ってきたし、もう寝ようねー」
「……うん」
開けた目がまたすぐに閉じられていくのを見て、コリンはナギの方へ歩いていく。
「俺も寝るか。んじゃ、話はまた明日きかせてくれ」
コリンの後についていくのはアルベルトだ。夜番の先に寝る担当だったのだろう。大あくびをして歩いていき、ナギの横でごろりと横になった。
「ハルカも、疲れてたら休んでいいです。眠れないなら、話聞かせてほしいですけど」
「……それじゃあ、聞いてもらってもいいですか? イースさんも、それにカーミラも」
全員が楽な姿勢で焚火を囲み、ハルカが話し始めるのを待つ。
ハルカはどこから話したらいいのか考え、まず、街についたところから話すことにした。まだ戦いは始まっていないのに、兵士たちはひどく緊張していたこと。街の人たちが不安な顔をしていたこと。
そんなことを思い出しながら、ハルカはぽつりぽつりと語る。
公爵に騙され不意打ちされたところも、返り討ちにしたことも、城に穴をあけて帰ってきたことも。
演出もせずに、その時に思ったことを、そのまま言葉にして伝えていく。
全てを語り終えたとき、モンタナが尋ねる。
「公爵、どんな人だったです?」
「どんな……。やっぱり少し、リーサに似ていた気がします。手段を選ばない感じというか、人の上に立ち慣れているというか」
「じゃあ、どんなところが違ったです?」
「……うーん。私の知る限りでは、リーサよりも手段を選ばない人なのかなと。あと、人が自分の味方になることが当然だと思っているような気がしました」
「為政者としては備えてもいい素質だけど、行き過ぎるとちょっと問題があるね」
イーストンが付け加えたことに、ハルカも頷く。
「私はリーサの方が好きです。出会い方の問題もあるのかもしれませんけれど。あと……人を道具で操ろうというやり方も、嫌いですね」
思い出しながら言葉を吐き出して、ハルカはあの腕輪こそが、自分が公爵へ嫌悪感を抱いている一番の理由であることに気付いた。
中型飛竜の話を聞いた時もそうだったが、何か手段をもって人の自由な意思を奪うという行為が酷く気に食わない。腕輪も、人質も、金で人の気持ちを変えられると思っているところも、とても嫌だった。
「……あの、お姉様」
カーミラが両手の指を合わせながら、しかし視線をハルカの方へ向けずに突然言い訳を始める。
「私の魅了は、その、相手が本当にそうしたくないと願っていることは命令できないわ。というか、その、魅了はかけられた相手のことをすごく大切に思うように言うことを聞いてくれ易くなるだけで、操ってるかっていうとちょっと違うのよ?」
「……ああ、はい。なんというか、辺境伯さん以外は、魅了されて幸せそうだったので、そんな感じではないかなと思ってました」
「そう、そうなの! だからあまり私のことは怒らないでほしいわ」
「怒ってませんよ? あー……、悪いことしないって約束していますしね」
珍しく嫌いというはっきりとした拒絶の言葉を使ったハルカに動揺していたカーミラだったのだが、当の本人はしばらく気付いていなかった。怒っていないと言ってからようやく、自分の言葉がカーミラにプレッシャーをかけていたことに気がつき、指先でカフスを撫でながら苦笑する。
カーミラはというと、その通りと言わんばかりに、何度か大きく首を縦に振った。
「その腕輪も、もしかしたら魅了に近い効果を発揮しているのかもしれないね」
「余計なこと言わないでほしいのだけど」
「じゃあ他に心当たりある?」
イーストンに抗議したが、すぐに返されてカーミラは黙り込む。
「その昔、それこそ君の両親がまだご健在だったころはさ、そういう道具で魔素を操ることも多かったんじゃないかな? 父はそんなことを話していたよ。……ああ、君は森に籠っていたからあまり知らないかもしれないけど。というか君ってさ、もしかしてだけど、うちの父と同年代の吸血鬼なんじゃないの?」
「ふん、確かに私と同じくらい生きている吸血鬼に出会ったことはないわね。というか、そう思うならもう少し敬いなさいよ」
「敬うかどうかの基準は、年齢じゃなくて人格だよ。ま、そんなことはどうでも良くてさ。ハルカさんは大丈夫だったけど、僕たちは腕輪をつけられないように気を付けないとね」
完全にむくれたカーミラを見て笑ってしまう。
カーミラはイーストンには初めから他より少し気安かった。半分とはいえ、同じ種族であるという思いがあるのかもしれない。
「まぁ、後はナギと一緒に空を飛んでいれば終わるはずですから」
「……です」
気の抜けた発言にモンタナは何か一言注意をしようかと思ったのだが、安心しているようなハルカの顔を見て、小さく笑って相槌を打つにとどめるのであった。





