言い分
兵士に囲まれ街を進む中で、ハルカは初めて戦争の雰囲気を肌で感じた。
戦いを生業にしている兵士たちはもちろんのこと、街を歩く人々にも緊張が見える。兵士たちに囲まれたハルカたち二人を見る目に、不安か、あるいは恐れか怒りか、そんな感情を見て取ることができた。
彼らの多くは、ハルカが知っているオランズの人々と同じように、街で暮らし、一生を街で終える人たちだ。
街の生活を脅かされようとしている時に、相手の大義なんか関係がない。
兵士がこの街になだれ込んだ時、彼らのうちの何割かは、きっと命を懸けてそれと戦うことになるのだろうと思う。
そんな危うさを、ハルカは初めて肌で感じていた。
正式な使者として公爵の前へ案内されるとき、ハルカたちの武器は取り上げられることはなかった。
扉が開かれて現れた謁見の場には、多くの兵士、それから強そうな人物が数人控えているのが見えた。
まっすぐ正面には椅子に座る、穏やかな表情をした男性。
顎を上げてじっとハルカたちを正面から見つめるその姿は自然体で、聞いていた悪行を行うような人物には見えなかった。
ザクソンの少し後ろについて進んでいくと、まだ公爵まで十歩以上距離があろうところで兵士が左右から槍を交差させてゆく手を阻まれる。
「陛下からの御使者とか? いったいどんな用件だろうか」
静まり返った謁見の場に、マグナス公爵の低い声が響く。
ザクソンは取り出した紙を目の前に広げ、朗々とそれを読み上げる。
直近の人さらいのこと。中型飛竜を集めていること。各地の貴族へ圧力をかけていること。兵士を集めていること。王都に諜報員を潜り込ませていること。過去にさかのぼり、エリザヴェータを蔑ろにして孤立させようとしたこと。先王暗殺の疑惑。王宮の禁書及び、宝物を持ち出していること。
他にもこまごまと、ザクソンは公爵を責め立てるように言葉を続ける。そうして最後の一行を読み終わると、顔を上げてマグナス公爵をまっすぐに見つめた。
降伏か戦いか、その二択を突き付けたザクソンは、真剣な表情で公爵の反応を待つ。
「……陛下は随分と私のことを嫌っているようだ。私は先王陛下より、陛下が大人になるまでの世話を頼まれ、それに応えるべく身を粉にして尽くしてきたつもりだ。それが突然王宮を追い出され、このような辺境に押し込められた。それでもなお、民を安んじ、陛下のために平和と秩序を維持してきた。この上何をできるというのだろうか」
首を振って肩を落としたマグナス公爵は、指先で額を押さえて続ける。
「陛下はそれほど先王の弟である私の存在が煩わしいか。ありもしない人さらいや先王陛下の暗殺という罪を擦り付けられ、王国内での連絡手段と思い集めた飛竜は戦時のためのものと断され、陛下のために貴族たちをまとめれば派閥を作ったと思われる。宝物に関しては恐らく、代々王が腕につける差配の腕輪のことであろうな。立派な王となったときに陛下にお返しするつもりであったが、もはやそれも叛意と取られるか」
公爵は手を振って、部下の一人を呼び出し、何かをささやくとその場から立ち去らせる。
「差配の腕輪だけでも今すぐお返ししよう。しばし待たれよ。……陛下は私の討伐のために随分と兵を集めたようだな。叛意はないと、こちらからも幾度も使者を出したはずなのだが、戻ってくることすらなかった」
「……使者とは、突然態度を豹変させ襲ってきた暗殺者共のことでしょうか?」
「なんと、平和のために送った使者ですらそのように捻じ曲げられるのか」
「各地に脅しをかけて、後ろから襲うよう、あるいは味方に付かぬよう連絡していることは承知しております。我々の手元には、そういったことが書かれたあなた様の直筆の手紙もございます」
「本文まできちんと確認されただろうか? 目に余る行いをしているものを諫めるために文を送ったことならあるのだが」
エリザヴェータを信じているからこそ、公爵がのらりくらりと追及をかわしているだけに見える。しかしそうでなければ、どちらが正しいのかわからなくなってしまいそうだった。
やがて兵士の一人が包みを一つ持って戻ってくる。
「御使者へ渡しなさい。それを持って叛意はないと陛下へお伝え願いたい。どうも私から使者を送っても、暗殺者と思われてしまうようだからな」
公爵は自嘲の笑みを浮かべ、差配の腕輪がザクソンの下へ届けられるのを待つ。
「ご確認ください」
ザクソンの前に膝をついた兵士は、包みを開き腕輪を差し出す。
後ろにいるハルカからでも見えた。そこには同じデザインのシンプルな腕輪が二つ乗せられている。左右に一つずつつけられるものなのだろうか。
宝物というのには随分と質素な造りをしていて拍子抜けだった。どこかで見たことがあるような気がしてハルカは目を細め観察する。
腕輪、ではない。もっと大きな、そう思った瞬間に兵士の体がぶれた。
ザクソンは飛び退き身をかわしたが、ハルカはほんの少し反応が遅れる。しかし、迎撃するために振るった腕は兵士の姿を捉えた。
ザクソンへ攻撃が向いた時のために、その周りに障壁を張る。
拳の当たった兵士が幾人かを巻き込み吹き飛んでいく。
しかし代わりに、振るったそのハルカの右腕に、差配の腕輪と呼ばれたそれが通されているのが見えた。
ぴりっと、右のこめかみに違和感が走り、ハルカは思い出す。
これを見たのはしばらく前、拠点に中型飛竜がやってきたときだった。
少し小さいが間違いない。
この差配の腕輪は、中型飛竜を操っていたそれと同じデザインをしていた。