大きく見せたい
いつ出発することになるかわからないハルカは、移動の時間までのんびりと寝転がって過ごしていた。
するとモンタナが頭にトーチを乗せてやってきて、ハルカの傍にしゃがみこむ。そして周りをちらっと見まわしてからハルカにこっそり話しかけた。
「心配だったら、ついていくですけど」
ハルカのプライドを気にしてくれたのか、それとも別の理由があるのか。どちらにせよ、こうしてやってきてくれたのが嬉しい。少し前かがみになるモンタナの頭の上で、トーチがほんの少し足を踏ん張っているのを見てハルカは笑った。
「いえ、頑張ってみます。あまり大人数で押しかけても仕方ないでしょうし」
「それならいいです。不安だったら言うですよ」
「頑張ります。いつも気にしてくれてありがとうございます」
トーチを避けて耳をくすぐってやると、モンタナは目を細めて表情を緩めた。
トーチは眼をぎょろっと動かしただけで、逃げ出そうとはしていない。一応ハルカのことを、いつも周りに居る安全な生き物、くらいの認識をしているのかもしれない。
「思ったより元気そうです」
「モンタナが気にしてくれたので」
「ならいいです」
離れていくモンタナを見送って、近くで体を休めていたカーミラが「変なの」と呟く。
しかし変なのはそれで終わらなかった。
次にコリンが、更にイーストンとユーリが連れ立って、同じようなことをハルカに提案してくる。ばらばらとやってくる仲間たちに段々と呆れたような表情に変わっていくカーミラ。
最後にはアルベルトまでやってきて、ハルカの前に仁王立ちしてこう言った。
「おい、心配ならついてってやるけど」
ハルカがおかしくなって思わず下を向いて笑う。
「……なんだよ」
「あなたが最後よ、その提案」
「あいつら……、ハルカが決めたことだし、とか言ってたくせに」
ぐるっと仲間たちを睨んだアルベルトだったが、皆知らん顔でそれぞれの作業を続けている。
「アル、ありがとうございます」
「別に。俺はついてった方が強い奴と戦えそうだと思っただけだけどな」
「はい、ではそういうことで」
それだけの気持ちなのだとしたら、正直なアルベルトがぶっきらぼうに『ついてってやるけど』なんて言い回しはしないはずだ。間違いなくハルカの気持ちや身を案じてからの言葉であった。
ハルカが穏やかに頷いたことに納得のいかない表情を浮かべながら、アルベルトはその場を離れて訓練に戻っていく。
「たまには一人でも頑張れるところを見せないといけませんね」
「私は……手を貸してくれる人がいるうちは、一人で頑張る必要はないと思うのだけど。そんなに頑張って、どうなりたいのかしら」
ぽつりと呟いたのはカーミラだった。
また成長をあまり考えなくてもいい種としての強さを誇る吸血鬼であり、長命であり、そして一人きりで長く生きたカーミラの、素直な気持ちの吐露であった。
立場としてはハルカに非常によく似ているともいえる。
答えを求めていない呟きのようであったが、ハルカはその言葉にしばし考えを巡らせ、間をおいて答える。
「胸を張って、彼らの隣に立っていられるようでいたい、みたいな感じですかね」
「頑張らなくてもきっと、誰も文句言わないと思うわ」
「私の気持ちの問題でしょう。……ああ、そうなんでしょうね」
言葉にしてストンと腑に落ちたハルカは、一人で微笑んで目を閉じる。
綺麗な言葉を使ったけれど、結局のところ大好きな仲間たちに良いところを見せたいだけなのだなと、ハルカは自分のことを理解して笑った。
そんなもの見せなくても彼らが仲間であることには変わらないのだが、ちょっと背伸びした姿が見せたいというような見栄が、自分の中に残っていたことに気がつき、ハルカは面白くなって笑った。
とはいえ、緊張をしないかというと、それは全く別の話だ。
軍がマグナス公爵領に入る前に、宣戦布告の使者として赴かなければならないザクソンとハルカは夜の道を急いでいた。
早足で歩く馬に乗ったザクソンの横を、ハルカは障壁に乗って平行移動する。普通に空を飛べばいいのだが、道を進むときは障壁に乗って進むのがしっくりくるのは、ノクトの姿をずっと見ていたせいだろう。
「つまりですね、口上なんかは全て私に任せてください。ハルカ様は本当に私の護衛をしていただければ構わないのです。もしあちらから何か話を振られても、返事に窮する場合は、私に視線を送ってくださればこちらでお答えいたしますので」
「なんか……、もしかして私が行くことはザクソンさんの足を引っ張ることになる気がしてきました」
「滅相もありません。特級冒険者に護衛していただけるのなら、無事に帰れそうだと安心したところです」
「……そんなに危険な任務ですか?」
「ほぼ開戦状態で、あれだけの兵士を公爵領の境に並べて、言い訳が利かない状態での使者ですよ? 通常使者というのは丁重に扱われるものですが、勝ったほうが全てを握りつぶせる状況でそうしてもらえるとは思っていません」
つまり平気な顔をしてハルカたちの案内をしてくれていたザクソンは、あの時点で数日後に自分の命が失われるかもしれないことをも予測していたということだ。ハルカには彼が平然としていられた気持ちが分からない。
「そんな危険な役目を、なぜ引き受けたんです?」
「……陛下に命を拾われた身ですから。と言えば聞こえがいいですが、これでも私は野心家なのです。命を懸ける場面がこれから幾度あるかわかりませんが、どうせならば最初に懸けて、それなりの身分をいただこうという腹もあります。この戦いが終われば、功績のあるものには爵位が配られるでしょう。……都合よく領地の空きもでます」
「命を懸けて爵位と領地を得て……それから?」
「そうすれば陛下のために、より力をふるえるようになるでしょう?」
結局はそこに帰結するのであれば、わざわざ悪ぶらなくてもいいのにと思う。しかし同時に、この人を死なせるわけにはいかないという気持ちも固まった。
どちらにせよ、ザクソンの人生はエリザヴェータに捧げられたものであり、彼女はそれを知ってザクソンを送り出したのだ。
失うには惜しい。その言葉に嘘はないということだろう。
ハルカも、姉弟子をそんな風に思っている人物をむざむざと死なせたくはない。
「ところで、城を派手に壊すよう言われたんですが、どれくらいすればいいと思いますか?」
「派手にですか。陛下は必要であればわかりやすく説明される方ですから、ハルカ様のご自由にということだと思われますが」
「自由ですか、うーん……」
空から見た城を思い浮かべながら、ハルカはどうしたものかと考え始めてしまった。そんな横顔を見ながらザクソンは思う。
死地に赴く話をしたばかりなのに、随分と余裕があるようだと。流石特級冒険者であると。
どうやら自分は生きて帰れるかもしれない。
ハルカの言動に、ザクソンの心に灯る希望がほんの少し大きくなるのであった。