ふさわしい態度
エリザヴェータは手を開き、親指を折りながら話し始める。
「まずもって、ハルカは私の部下ではない。正式な使者として向かわせるのには不向きだ。ハルカが私の部下になることを望まないのと同様に、私もそれを望んでいない」
特級冒険者であり、心の内を明かしても良い相手が近くにいるというのは、エリザヴェータにとっていいこと尽くめであったが、温和な妹弟子にそこまでしてほしいとは思わなかった。
冗談めかして爵位を、なんて話をしていたが、自分が好き勝手できない分、むしろハルカには何にも縛られない自由な生き方をしてほしいと願っていた。
「さらに言えば、ハルカが使者としての口上を述べてから、相手がたの出方を窺って柔軟に対応できるとは思えん。仮に強い意志をもってそれができると言われたところで、ハルカは我が国のあり方や、情勢を知らなさすぎる。違うか?」
「……違いません」
真っ直ぐ見つめられてハルカは目元を伏せた。何か少しでも迷惑をかけた分役に立てればと来てみたが、思った以上に自分が役に立てそうにないことを痛感して肩を落とした。
「……ふむ、やはりハルカ一人だと話が進めやすい。ハルカはもう少し顔を上げて生きるべきだ。強者とは俯かず、悪びれもなく笑うものだぞ。まったく、もっと爺の意地の悪さを学ぶべきだ。ほら、顔を上げろ、しゃんとするんだ」
ハルカが言われるがままに顔を上げると、エリザヴェータは悪戯っぽく笑っていた。
「特級冒険者のハルカがここで言うべき台詞はこうだ。空を飛んでいただけなのに、身の程もわきまえずに攻撃してきたからやりかえしてやった。気に食わないからリーサのところの使者を護衛してやってもいいが、どうする?」
ハルカは目を大きく開いて苦笑する。
「そんなこと、言えるわけないじゃないですか」
「それくらいの気持ちで来いということだ。で、どうする? 護衛してくれるのか? ちなみに使者に立たせるのは、何度かハルカの道案内を任せたやつだ。失うには惜しい」
「護衛ですね。ちゃんと生還させます」
「頼んだ。……ああ、そうだ。失礼なことをしてきたら、ついでに城をもっと派手に壊してこい。正式な国の文書には、我が国の精鋭である使者に無礼を働き戦闘になったため、その者が城に大穴を開けて凱旋したこととしよう。いいか、失礼なことをしてきたら、城を派手に壊すんだぞ」
失礼なことをしてきたら、というのがどの程度かハルカは理解していないが、神妙な顔をして頷く。エリザヴェータはそんなハルカを見て、また肩をすくめて笑った。
別に本当に失礼なことをされたら暴れろと言っているのではない。先の破壊を誤魔化すために、何を言ってきてもひと暴れしてから戻ってこいと暗に言っているのだが、伝わっていないことも理解していた。
ハルカに言い含めることを諦め、直属の部下に伝えることにしたエリザヴェータは、空を指差して笑う。
「話は済んだ。夜になったらもう一度訪ねてくるといい。仲間にも私が話した通りに伝えるんだぞ。あんなふうに大型飛竜に上空をうろちょろされては、味方だと分かっていても気持ちが落ち着かん者もいる」
「あ、そうですね、わかりました」
ハルカは『大人しいいい子なんですけどね』という言葉を飲み込んで、またハルカの上を通り過ぎていくナギを見上げた。
「えーっと、では失礼します」
その場で飛び立つことがなぜだか失礼なような気がしたハルカは、一度道の端に寄ってから、ゆっくりと空に向かって飛んでいく。
完全にハルカに声が聞こえなくなったのを見計らってから、エリザヴェータは使者に向かわせる予定だった兵士を呼びつける。
視線は小さくなっていくハルカに向いたままだ。
「ザクソン、ハルカが使者に行くときの護衛についてくれることになった」
「承知しました」
「ハルカはわかっていないな」
エリザヴェータの独り言に、呼び出された兵士、ザクソンは怪訝な表情を浮かべるだけで声を発しない。
「本来特級冒険者は、あの大型飛竜かそれ以上に恐れられるものなのだが……。……それはそうと、ザクソン、予定が変わった。今晩にも出てもらうが、その前に詳細を詰めるぞ」
「はっ」
そこからエリザヴェータはハルカが来る前同様に、涼しい顔をして目の前だけを向いて進んでいく。話しているというのに部下の方を向きもしない。それは先ほどまでのコロコロと変わる表情から打って変わった、大国の王にふさわしい尊大な態度であった。
仲間たちと合流したハルカは、軍の後方で一休みしながらエリザヴェータとのやりとりを報告していた。
「気にしてなさそうでよかったね」
「ええ、また諭されてしまいました。やはり一国の王をしている人には敵いませんね」
「……おい」
耳のカフスを指先でいじりながら答えると、アルベルトが呆れたように一言ツッコミを入れる。
「……あ、いや、ほら、年季が違うというか」
動揺のあまり自分も一応はその立場にいることがすっかり頭から抜けていた。リザードマンたちのことは、何かあった時に助け合う存在として認知していたが、自分がその王であるというところまではしっくりきていない。
「あれでしょー、つまり使者の兵士さんについてって、向こうの城で暴れればいいんでしょ?」
「まあ、なんか失礼なことがあればって話ですが」
「いや、失礼なことはなくても使者の人が難癖つけるってことでしょ?」
「……ん?」
「だから、えーっと、え?」
「あ、あー、え? もしかして、行ったら必ず城をちょっと壊してこいってことだったんですかね?」
「ちょっとじゃなくて、派手にです」
きちんと台詞を仲間に伝えてしまっていたせいで、モンタナに細部を修正されてしまった。
「まぁ、もう一度壊してるし今更だろ」
アルベルトはなんでもないようにそう締めくくると、話は終わったとばかりに立ち上がり訓練を始めてしまった。
「冒険者って大変ね……」
「……そうみたいです」
同情してくれるのは、破壊者であるカーミラばかりで、他の仲間たちはそれぞれ自分のやるべきことをはじめるのであった。