思考の深浅
ハルカが街を見るのをやめて前を向くと、仲間たちと目が合った。皆が見ていることに気圧されていると、イーストンが口を開く。
「ハルカさんさ、お城に大穴開けてたけど、あれ大丈夫?」
「……なにがです?」
「いくら内戦と言えども大規模なものだからさ。開戦の合図って、女王様がこの辺来てから使者とか立ててやるんじゃないかな。だから、戦時中なのは周知の事実とはいえ、実際に戦争って形式になるのはこれからだと思うんだよね」
「……それはつまり、あの」
「開戦前に街の空を竜に乗って威嚇して、まぁ、ここまではいいんだけど。その上勝手に攻撃をしたことになるね」
「特級冒険者っぽいことしてんな、かっこいいと思うぜ」
イーストンの言葉より、アルベルトからのお褒めの言葉の方が心に突き刺さった。短気なアルベルトが褒める、つまりそのお眼鏡にかなったということだ。完全にやらかしていることがはっきりと分かった。
それがどんな影響を及ぼすのか予測がつかないので、合流したらすぐにエリザヴェータへ報告する必要がある。
一気に気が重くなりながらも、逃げるわけにもいかない状況にハルカは大きく息を吐いてその場に正座する。
「まずい」
俯いて考え込んでいると、小さな足音がしてユーリが隣に座った。モンタナも寄ってきてすとんと足を伸ばして座り込む。尻尾がハルカの腕をくすぐってきて、苦笑いをしながら顔を上げると、カーミラが腕を組んで首を傾げていた。
「戦っている相手のお城を壊して何が悪いのかしら?」
「戦いの作法的な問題かな」
「……つまり、モンタナが私に不意打ちしてきたようなものでしょう? 冒険者ってそういうものだと私は思っていたのだけれど?」
「個人ならそうなんだけど、今回は規模が大きいから複雑なんだよ」
「何か問題でも?」
「例えば……、宣戦布告の使者が、あー……殺されることもあるかもしれないし」
ひゅっとハルカが息を呑んだが、カーミラは気にせずに続ける。
「ならお姉様が使者をすればいいのでは? 人間ごとき……、いえ、普通の人間にお姉様が負けると思えないのだけど。この間のエルフにだって、お姉様は戦い続ければ勝てたんじゃないかしら」
「……まぁ、それもいいのかな?」
戦いの矢面に立つというか、完全に戦いの一つに組み込まれることになってしまうが、責任の取り方としては妥当かもしれないとハルカは思う。
「うーん、どっちにしても陛下に報告してからだよね。ま、気にしてもしょうがないよ、ね、ハルカ」
「それに戦争は勝ったほうが情報操作できるですから、戦いに勝てば問題ないです」
ゆらゆらと尻尾でハルカの腕を擦りながら、モンタナが物騒なことを言う。どこの世界でも勝てば官軍は本当なのだなと思いつつ、ハルカは尻尾の毛先をつつくのであった。
バルバロ侯爵領から少し進んだところでエリザヴェータの軍が見えてきた。日中の行軍の邪魔になると悪いと思ったハルカは、一人でエリザヴェータの下へ赴くことを決めた。
仲間たちには夜、軍隊の動きが止まってから合流してもらうつもりだ。離れるとナギの上に張っている障壁を維持するのに意識を使うので、見える範囲で空を飛んでもらう形になる。
少しくらい報告が遅れてもいいんじゃないかというコリンの提案も、珍しく突っぱねての決定だった。
自分のやったことを、伝えずに抱え込んでおくのがしんどかったという、自首する前の犯人のような心境からだったが、特にデメリットもなさそうだったので、仲間たちはハルカが一人ナギの上から降りていくのを見送った。
ハルカの姿が少し小さくなってから、カーミラが呟く。
「最近の魔法はすごいわね。空を自由に飛べるなんて、私は聞いたことなかったわ。これじゃあ私たちが羽を出して空を飛べるのがメリットにならないわね」
それを聞いたコリンが障壁にへばりついてハルカにそれを伝えようとしたが、もう声が届きそうな距離ではない。
ハルカがエリザヴェータがいそうな一際派手な場所へ降りていったため、ナギに追いかけさせるのも問題がありそうだ。
「うーん……、とりあえず、今でも空飛ぶ魔法使いはほとんど見たことないかなー」
「……すごいわね、お姉様」
カーミラの頭にも、今の状況があまり良くないのではないかという考えがよぎったが、結局無難な言葉を選んでハルカの背中を見送った。
たくさんの矢と杖を向けられて、ハルカは空に浮いたまま手を挙げる。よく訓練されているようで、頼もしい限りだが、人を殺傷できる武器をたくさん突き付けられていることを思えば、そんな呑気なことは言っていられなかった。
目に見える範囲にいたエリザヴェータが呆れた顔をして声を発し手を振ると、武器がすべて下ろされる。
馬に乗ってしかめ面をしているエリザヴェータに手招きされて、ゆっくりと着地したハルカは、開口一番謝罪の言葉を吐いた。
「すみません、急ぎできまして。ナギと一緒に降りてくるよりはお邪魔にならないと思ったのですが」
「要人の傍に突然空から来るなんて、問答無用で攻撃されてもおかしくないぞ。というか空を飛ぶことができるのか……。暗殺し放題のやりたい放題だな」
「えーっと……いくつか報告を」
「聞こう。一応周りは信頼できるもので囲んでいる。普段通りの態度で問題はない」
さっと見回してみると、いつもハルカたちをエリザヴェータの下へ案内してくれる兵士も随行している。彼の話で言えば、腹心ではなく、リーサへ忠誠を誓っているもので固めているということだろう。
「まず北方冒険者ギルドは、この件に関して動くことはないそうです。好きにしろと」
「そうか、欲深な商人にそそのかされなかったか」
「テトさんはそういうタイプじゃなさそうでしたね」
「この件が終わったら会って話をしてみたいものだ」
ハルカには二人が話している場面があまり想像つかない。性格が合わなさそうな気がする。
「えー……、それからここに来る前に公爵の街の上を、ナギと一緒に旋回してきました」
「ふむ、けん制してきたということだな」
「えーっと……、攻撃が飛んできまして……。少しやり返したところ、城に穴があいてしまいまして……。仲間たちからまずいのではないかと言われて急いで報告しに来た次第です」
エリザヴェータは目を大きく開けて、しばし黙り込んでから額に手を当てた。
「……まぁ、何とかなるだろう」
「すみません、宣戦布告とかしていませんよね?」
「大丈夫だ。これからすればいい」
「使者に立てる人が酷い目に遭ったりしないでしょうか」
「……もともと危険な役目だ。そこで命を落とすのも一つの役割ではある」
「やはり危険度は上がりましたか?」
「なんとも言えんな、元々危ない。精鋭を向かわせるつもりだ、帰ってきてくれるだろう。あまり気にする必要はない」
やはりハルカの行為により多少リスクは上昇しているようだ。
ハルカはしばし言い出すべきか悩んでから、エリザヴェータに一つ提案をする。
「その役目、もし誰が行くのか決まっていなければ私が引き受けます」
罪滅ぼしのつもりの提案だったが、リーサは再び顔を顰め、額に手を当てて考え込み始めてしまった。