威嚇
ハルカは結局イーストンたちと一緒に街の外までやってきた。両手いっぱいになったところでしつこいナンパに絡まれ、そこにタイミングよくアルベルトがやってきて追っ払ってくれたからだ。
一人でもなんとか断れたような気はしていたが、いかにも冒険者らしいアルベルトが来てくれたおかげで手っ取り早く話が済んだ。というか、話にならなかった。
ちなみに先にイーストンが来た時は、喧嘩になりそうな雰囲気があったのは、仲間には話さないことに決めている。細身のイケメンだとこんな苦労もあるのだなと、ハルカは初めて知ったのであった。
街の外へ出ると先頭を歩くユーリが下を見て歩き、それにカーミラがついていき、更にその後ろからのっそりのっそりとナギがついて歩いている。近くまで寄ってわかったことだが、どうやら先頭にいるのはトーチのようだ。
珍しくモンタナから離れて散歩している。
時折トーチが後ろからついてくる集団を振り返っているのは、ついてきているか確認しているのか、潰されないか心配しているのか、はたまた鬱陶しいと思っているのか謎だ。
一方モンタナはカーミラがもらった宝石を覗き込んでは横に除ける作業、その傍らではコリンがしっかりと宝石を磨きなおして袋に戻している。
「戻りました」
ハルカが声を発すると、行進していた二人と二匹がくるりと首を向ける。トーチが素早くモンタナの肩に登ると、ナギがその場で体を伏せる。戻ったらすぐにまた出発すると言ったのを覚えているのだろう。
「おかえり、ママ」
ハルカは駆け寄ってきたユーリを抱き上げて、そのままナギの方へ歩きながら話す。
「ただいまユーリ。カーミラと仲良くなったんですか?」
「うん。傘買ってもらったって、自慢してた」
「ああ……、喜んでくれているのなら良かったです。モンタナ、出発しますよ」
集中しているのか動き出そうとしないモンタナに声をかけると、コリンが袋の口を広げてモンタナに差し出した。モンタナは太陽に透かすようにして手元の宝石を眺めてから、首を傾げつつ立ち上がった。
「何かわかりました?」
「多分、一定の場所から魔素を注入して、それに魔法で蓋をしてあるです。魔法の蓋を外すと、圧縮された魔素を取り出すことができるみたいです。けど……使い方がよくわからないです」
「……十分わかっていると思いますが」
「それから、宝石の質によって、中に入っている魔素の色が違うですけど……。細かいことは本人に聞かないと難しいかもです。宝石自体の価値もあるですけど、売るよりも色々調べてみたほうが面白いかもです」
調べると言っても魔素が見えるのはモンタナだけだ。理論的なことに詳しいわけでもないハルカでは、解明は難しいだろう。ただ手元の宝石を眺めながら歩くモンタナが楽しそうなので、それはそれでいいかと思うハルカであった。
途中の森でナギのご飯を調達して、全員の腹ごしらえがすんでから街道の上を飛んでいく。休むときは街道からそれるつもりだが、それ以外の時は人目につくように戻るつもりでいる。
女王と合流する前に、一度公爵領の上も旋回する予定になっていた。
ナギは一度の食事で大きな魔物一頭くらいを丸ごと食らう。
ナギ自身の体が大きいのもあるが、それにしてもよく食べる。かと思えば、数日間食事をしなくても、特に辛くはないらしい。飛竜というのは弱肉強食の世界で生きているせいか、食いだめのようなことができるようだった。
イーストンによれば、大型飛竜というのは何日も寝ないで空を飛ぶこともできるらしい。ナギがお昼寝好きで、夜もすやすやなのはまだ子供だからなのか、それともそういう性格なのか。
とにかくこの世界において最も丈夫で最も強い生き物を挙げるとすれば、それは竜なのではないかという話だ。
今でこそ飛竜便で中型飛竜が使われ、たまに竜に乗る兵士も見かけるくらいだが、本来は中型飛竜も恐れるべき存在なのだ。
碌な戦闘員もいない村の近くに住まわれたら、それだけで村を捨てる選択肢が出てもおかしくない。
強さの序列で言うのであれば、中型飛竜はハルカたちが初めて狩りに成功したあのタイラントボアよりも強いのだからそれも当然だ。まして中型飛竜は空を飛ぶから手に負えない。
そんな飛竜の侵攻を押さえる仕事というのは、実はこの戦いにおいて非常に重要である。
という話を、ナギの背中に乗りながら、ハルカはイーストンに聞かされて初めて理解した。他の仲間たちも中型飛竜が危険な存在であることはなんとなくわかっていたが、自分たちが対処できるせいで、そこまで深刻に考えていなかった節がある。
破壊者と人の子であるイーストンが、最も人の暮らしに対して理解が深いというのも皮肉な話であった。
街道沿いを飛ぶこと二日。
ナギはゆっくりぐるぐると公爵の城塞都市の上を旋回していた。
迎撃に中型飛竜が現れるかと思ったが、三周目に入る現段階では、まだなんの動きも見られない。
ハルカは一人ナギの上から離れて空を飛び、眼下を見ていた。
少しでも攻撃が飛んでくれば、ナギに届く前にすべて迎撃するつもりだ。
戦いが始まる前に、空の自由が相手の自由でないことをわからせるつもりだった。
初めにきらりと何かが光り、空に向けて大きな矢が放たれる。城につけられた兵器を無理やり空に向けたのだろう。
狙いは逸れていてナギに当たる軌道ではなかったが、外れた後それが街に落ちていくであろうことが予測できたハルカは、軌道上に筒状の障壁を張って、ぶつかったところを回収し、ついでにそれを放った大きな石弓に向けてファイアアローを放った。
着弾、破裂する音が聞こえる。
けが人は出るかもしれないが、死人が出るほどではないはずだ。
さらに同じあたりからキラキラと光が見えて、魔法が放たれたのが分かった。ウィンドカッターかファイアアローだ。二桁近い人がまとめてナギに杖の先を向けているのが見える。
最近障壁がバキバキと割られているので、少し不安を抱えながらも、ハルカはその行き先に再度障壁を張る。
まとめて放たれた魔法が障壁にぶつかり消滅していくのを見て、ほっと息を吐いたハルカは、自分の方から魔法で作った大きな岩を魔法使いたちに向けて発射した。
ストーンバレット、いや、この大きさだとロックバレットとでも言うべきだろう。
慌てて退避する人々がみえ、岩がそのまま城壁に大穴をあけたのが見えた。大きさと、力の加減を少し見誤ったようだ。めり込むくらいのつもりで放っていたのに、予想外の威力になってしまった。
反撃がこれ以上こないことを確認して、ハルカはナギのもとへ戻る。
これで次の戦いのときには、迎撃ではなく、中型飛竜を送って直接戦いに来ようとするだろうと思う。ナギと一緒に魔法使いがいることも理解できただろうから、放置することもできないはずだ。
ナギの姿を見て、街に住む人や戦う意欲があまりない人々が、一人でも多く脱出してくれればいいと、離れていく街を振り返ってハルカは考えるのであった。