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戦いは続く

「さて、あまりのんびり話していると外に出した者たちが焼きもちを焼くかもしれん。もう一つだけ頼みたいことがあるんだが、話を聞いてもらえるか?」

「聞きましょう」

「うむ。攻め込むときに手を貸せとまでは言わない。以前にも話したが、表向きは王国軍としての討伐だからな」

「では何を?」

「うむ、ハルカたちにはナギに乗って、公爵領周辺を飛んでもらいたい。どうやら金に飽かせて相当数の中型飛竜をそろえているらしいからな、それをけん制してほしいのだ。私たちも魔法使いを揃えてきたから、撃ち落とすことは難しくないが、それだと相応の被害が出る」


 ハルカは少し視線をそらし考える。

 拠点に偵察に来た兵士。ナギを見て制御が利かなくなり逃げ出した中型飛竜。飛んでいるだけであればナギにはさほどの危険はないはずだ。

 先ほど魔法使いで中型飛竜を撃退するという話があったから、気にするべくは相手方の魔法使いの攻撃だろう。それはナギに届く前に、ハルカがうまく迎撃すればいい。


「対応してほしい理由は他にもあってな。中型飛竜が我々に向かってくるのならまだいいのだ。破れかぶれになって、我々を素通りして後方の各領地に攻め入られると面倒くさい。各地にも魔法使いを準備させてきたが、竜を撃ち落とせるほどの魔法使いは貴重なのだ。できることなら被害は避けたい」

「受けない理由は……、ないですかね」

「お金はいくらあっても困らないからねー。ところで陛下、お支払いってどうなります?」


 仲間たちからの反対がないのを確認して答えると、コリンがその流れでニコニコ笑顔で尋ねる。お財布係としてはその辺りはっきりさせておきたい。


「ふむ……それなのだが、マグナス公爵領と爵位をハルカに用意するというのは」

「あ、間に合ってます」


 にやにやと笑いながら提案するエリザヴェータに、ハルカは珍しく食い気味に断りを入れる。声を出して笑ったエリザヴェータは手を横に振って続けた。


「間に合ってるとは何だ。まぁ、冗談だがな。支払いはそちらが十分に満足する額を用意する。叔父上の城を漁って、城の石を売り飛ばしてでも間違いなく払うから心配するな。拠点ができたのだったな、そちらまで届けてやろう」

「今のところおいくらくらいの予定ですか?」

「ふむ、そうだな」


 手元にあった紙にさらさらっと数字を書いたエリザヴェータは、それを伏せてコリンに差し出す。

 そっとめくったコリンは、満面の笑みで紙を大事に折りたたんでしまい込んだ。


「……コリン?」


 笑ってはいるがいつもより若干反応が薄い。ハルカが肩に手を乗せて揺さぶると、コリンは漏れ出すような笑い声をだした。


「たくさんです?」


 モンタナが尋ねるとコリンは大きく頷いて答える。


「ハルカ、モン君。お城建てられるくらい貰えそう」

「まぁ、爵位を用意は冗談だが、それくらいのことをしてやってもいいと思っているからな」

「さー、ハルカ! ナギに美味しいものいっぱい食べさせて、公爵領一杯飛び回ろうねー! ほら、早く早く」


 ハルカの手を両手で握ってコリンはそれをぶんぶんと振るう。楽しそうで何よりだが、落ち着くまでは出発しない方がよさそうな感じだ。

 手を好きにさせながら、ハルカはエリザヴェータに尋ねる。


「一応、現状を北方冒険者ギルド長に伝えておきたいのですが、どうでしょう?」

「ふむ。おそらく開戦までまだしばらくかかるだろう。明日にはバルバロ侯たちと合流する予定だが、まだ七日くらいの猶予はある。間に合うのなら行ってくればいい」

「あ、そっか、あの人にも報酬貰わないといけないもんね」


 現実的な話になったら突然コリンの表情がハッと戻る。それでもハルカの手を振り続けてはいるが、多少は落ち着いたようだった。



 仲間たちの下へ向かいながら、ハルカたちは来た時と同じように雑談を続ける。


「お城が建つほどのお金ですか……。何に使うんですか?」

「これを元手にしてお金を稼ぐとかー?」

「そういう考え方もありますけど、普通はお金をたくさん稼いだら、自分の好きなことをして面白おかしく暮らすものでしょう?」

「そうだけどさー、それじゃあハルカはお金自由に使っていいよってしたらどうするの?」

「それは……」


 のんびり暮らす。仕事もせずに、本を読んで、散歩をして、毎日をゆっくりと……。

 仲間たちが旅に出ていくのをハラハラしながら見送り、土産話だけを聞いて、大きくなったユーリが冒険者になって拠点から離れていく。

 数十年後、あるいは長命だと言われているこの体なら数百年後、仲間たちの子孫をまた見守り、やはりハラハラしながらそれを見送って、ただその帰りを待つばかりになって。


 悪くない、悪くないかもしれないけれど、そんな生活をするとしても決して今ではない。ハルカは自分が各地を巡って新しいものを見て、それを仲間と分かち合うことがしたかった。

 せっかく力があるのなら、仲間がいるのなら、のんびり暮らしているのなんてどう考えてももったい無い。

 苦労しても辛いことがあっても、旅をやめてもうのんびり暮らしたいと思う日が来るまでは、冒険者として生きていたいと思っていることに気づく。


「……貯金して、何か大事に備えましょうか」


 長い沈黙から出した答えはやはりハルカらしい堅実なものだった。

 しかし今までよりはほんの少し前向きな考えからでた同じ答えではあるのだ。これから冒険していく以上、先々で金銭があれば何とかなる問題だってあるかもしれないと思った。

 つまり、冒険者として生きていくための貯金だ。武器でも、拠点の強化でも、増えた仲間を養うためでも、悪い奴と戦うためでもいい。冒険者として生き続けるためにお金を使いたいと思った。

 だからこその貯金だ。


「ハルカさぁ、お年寄りみたいなこと言わないでよー」

「えっ!? いえ、そうではなく」

「じゃあモンくんはー?」


 ハルカの言い訳を聞くことなくコリンがモンタナに話を振る。


「僕は、鍛冶できる小屋作るです」

「いいねー、じゃ、帰ったら作ってもらおー」

「……そ、そんな簡単に?」

「だってお金いっぱいもらえるもん。お金はね、使うときには使わないと!」

「大丈夫ですか? さっきの数字を見て気が大きくなっていませんか?」

「なってないったらー。それに鍛冶小屋があれば、モンくんが武器の調整できるでしょ。これから仲間が増えるかもしれないし、いちいち街でやるよりその方がお金かからないかもしれないじゃん。立派なの作って、長く使えるようにしよう!」

「そう言われると、確かにそうですかね。私あまり高い買い物をしたことがないので、どうしても腰がひけてしまいます」

「ハルカって美人だし強いのに、そういうところだけ庶民的よねー」

「性分ですね、これは」


 話が尽きたところで、ナギが大きな体を伏せておとなしくしているのが見えてくる。

 兵士が足を止めてハルカたちに先へ行くよう促した。


「私はこの辺りで失礼します。……しかし、冒険者というのは随分と稼ぎがいいのですね。私たち軍人よりよほど羽振りが良さそうです」

「なになに、兵隊さんも強そうだし、転職する?」


 コリンが悪戯顔で尋ねると、兵士は笑って首を横に振った。


「いえ、私は陛下に忠誠を誓っておりますので」

「ふーん、真面目。……やっぱり王国の人って冒険者なんてなりたくない?」


 聞いているハルカがドキッとするような切り込み方だった。コリンなりに王国を旅してきて思うところがあったのだろう。


「……いえ、少なくとも陛下に忠誠を誓っている私たちはそうは思いません。他の王国民が冒険者への理解が薄いことは確かですが」

「陛下に忠誠って、兵士はみんなそうじゃないの? それにしては腹心の人たちは、あまり私たちのことが好きじゃなさそうだったけどなー」


 確かにエリザヴェータの下へ赴くたびに向けられる視線は好意的なものばかりではなかった。コリンはそのことをはっきりとさせたかったようだ。

 兵士は視線だけを動かし周囲を確認し、ハルカたちに一歩近づいて小声で答えた。


「大きな声では言えませんし、私から聞いたことも内密にしていただきたいのですが、我々にはまだまだ派閥があるということです。陛下に忠誠を誓っているか、国に忠誠を誓っているか、はたまた領主に忠誠を誓っているか。広く考えれば全て同じようですが、思想は全く違います。清高派との戦いが終わっても、陛下はまだまだ気を抜くわけにはいかないのです。……おこがましいことですが、皆さんが陛下と親交を持ってくださることを、私個人は大変喜ばしいことだと思っています」

「……まじめです」


 モンタナがポツリと呟くと、兵士はすぐさま一歩足を引いて、わざとらしく敬礼をする。


「それでは、私はこちらで失礼致します。どうぞお気をつけて」


 ハルカたちが歩き出すのを確認してしばらく、兵士が立ち去ってからハルカは口を開く。


「たまに、王国に顔を出すようにしましょう。今度は師匠も連れて」

「うん、そうだねー。たまにはね!」


 姉弟子の苦労をほんの少し肌で感じて、ハルカは今度行くときは薄情な師匠を連れていこうと心に決めたのであった。


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― 新着の感想 ―
国王派内の派閥は仕方ないよね 国王への忠誠は国王が亡くなれば追腹で切腹しちゃうタイプ 王国への忠誠や領主への忠誠はボスの意見が変われば鞍替えしてしまう それとは別に同じ国王派でも 商業地や特産品、主要…
[一言] コリンの目がお金マークになってるのが想像できるw
[一言] なんだかハルカって元の世界でも旅行とか遊びに出かけるとかしないで休日には家でゴロゴロして満足してそうな性格ですよね。 そんなおじさんが世界を回る事になってる仲間達との出会いは本当に運命でし…
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