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ナギの背中へ乗ると、ユーリが首をかしげる。人質を救出しに行ったはずなのに、ハルカたちだけが戻ってきたことが不思議だったのだろう。
しかしユーリはすぐに笑顔を作り、ハルカたちへ駆け寄った。どんな状況になったのかはわからないけれど、全員が無事に戻ってきているから、それで十分だと思っていた。
ユーリにとっては、知らない人質の人たちの安否より、ハルカたちが元気でいることの方がよほど嬉しい。あまり明るい顔をしていないのもわかっていたが、ユーリが近づいていくとそれも少し穏やかになる。
「おかえり」
「ただいま戻りました。変わったことはありませんでしたか?」
ほんのわずかの時間離れただけだ。それも大型飛竜であるナギの上にいたのだから変わったことなどあるはずもない。
「ない、だいじょぶ」
「そうですか」
ユーリを抱き上げたハルカが座ると、仲間たちも円陣を組むように腰を下ろす。何かが始まることを察したユーリは、ハルカに背中を撫でられながら、静かに耳をそばだてた。
「私たちは、あったままのことを報告すればいいんでしょうけれど……、これって依頼失敗に当たるんでしょうか?」
「うーん……、最終的に皆が無事だったらいいんじゃないかなーって」
「あったこと、そのまま伝えるです。情報も大事です」
「もちろん誤魔化す気はないんですが……、気は重いですね。無事を確認できないと思うように力を発揮できない人もいるんじゃないかと思って。そこから裏切りが起きて、万が一負けるようなことがあったら、と」
助けるのを前提で軍を率いてきたのだとしたら、人質を連れ帰れないことはあまりいい状況とは言えない。ハルカはそこから綻びが生じることを懸念して頭を悩ませていた。
「……一つの失敗で負けるような王なら、それはきっと負けるべくして負けたってことだと思うけどね。それともハルカさんはあの女王様がそんなに脆い人だと思う?」
いつだって自信のありそうな顔で、人の内面に踏み込んでくる姉弟子。ノクトの弟子であるエリザヴェータが、準備は十分にしたと言っていた。きっと彼女ならたまたま出会ったハルカたちがいなくとも、この内戦をうまく収めていただろうことは想像に難くない。
ハルカの気分が少し上向きになったところで、腕を組んでいたアルベルトがうーんと唸ってから口を開いた。
「つうかさ、そもそも大事な相手を奪われたのが悪いだろ。貴族って平民から金貰って、治安守ったり、街を発展させるためにいるんだよな? 自分の失敗で人質取られたから仕事しねぇっておかしくねぇ?」
「……アル、もしかして調子悪い?」
「は?」
「確かに、アルにしては妙に核心をついたこと言うね」
「……馬鹿にしてんな?」
真顔でアルベルトに声をかけたのはコリンだ。笑いながらイーストンが続けると、からかわれていると気づいたアルベルトが二人を睨んだ。それを笑って受け流しイーストンが続ける。
「つまり、女王側からしても公爵側からしても、そんな中途半端な貴族は必要ないってこと。助けられれば恩を売って働かせればいいし、失敗すれば働きを見て処罰すればいい。既に軍に参加しているのに手を抜くなんてあって良いことじゃないからね。女王が人質を無事だと言っているのに信じられない? 女王側についた以上、心の中で思っても態度に出したらいけないことだよ。きっとあの強そうな女王様だからうまいことやるでしょ」
「……だからって俺たちが人質救出できなかったことに違いはねぇけどな」
ぶすっとしたまま言ったアルベルトの言葉に、ハルカたちは黙って頷いた。
「生き残っただけでも上出来だと思うけどね」
宥めるように言ったのは、この中では一番戦いの経験が豊富であろうイーストンだ。
「そんなにか?」
「そんなにでしょ。あの人の言う通りだよ、僕たちは多分戦い方が甘かった。本気で勝ちに行くなら格上相手に固まるべきではなかった。少しでもかき乱す策を増やすべきだった。君たち、あの人が瞬間的に場所を移動できることを知っていたでしょ? 僕は、知らなかったよ」
それを言われてはじめて、ハルカたちは前回ユエルと出会った時にイーストンがいなかったことを思い出す。致命的な情報共有のミスだった。俯く仲間たちを見て、イーストンも苦笑する。
「責めてるわけじゃないんだ。君たちがあまりにうまくいきすぎていて、どんなことでも乗り越えてきているのを見ていたから、僕も気が抜けてしまっていた。僕の方からこそ尋ねるべきことだったんだよ。アルは正面から戦うのが好きだよね」
「戦って勝つってそういうことだろ」
「でもとても強い相手に対して、協力して挑むのは悪いことだと思わないよね?」
「……まぁな」
「じゃあ、作戦を立てて、戦略的に立ち回ることも強さだよね? 体を使うことだけが戦いじゃないもの」
「いや……」
じっとイーストンに見つめられて、アルベルトは体を傾けて考え、そのまま答える。
「……まぁ、そうだな」
「物語の英雄はいつでも正面から敵を打ち破ってかっこよかったかもしれない。でも当時の現場は本当にそうだったのかな」
ベテラン冒険者たちの手数の多さ、先を読む力、対応力。誰もが強者であるのに、その誰もが考えて考えて戦ってきた証でもある。想像にしかすぎないけれど、そうでなければ生き残ってこれなかったのかもしれない。
「僕は君たちの仲間になった。僕の望みは冒険者として何かになることじゃない。君たちと、長く一緒に冒険者をすることだよ。僕は君たちのことが好きだからね、簡単に死んでもらったら困る」
感情がごちゃ混ぜになっていてすぐにハルカは返事をできなかった。アルベルトも、モンタナも、コリンですら複雑な表情で考え込んでいる。
「……なんか、いいわね」
その中でしゃべり出したのはカーミラだった。
輪の中にいるのに一言も発せずにいたカーミラ。しゃべり出したことでみんなが目を向けると、カーミラはむすっとした表情をしている。
「私も戦えばよかった、戦いたくないけど。仲間外れじゃない」
「……あ、いや、カーミラのことも信用してますよ」
「ユーリと一緒に竜の上にはおいていけないけど?」
「えーっと、それは」
「いいわよ別に。私は悪い吸血鬼じゃないけど、冒険者じゃないもの。仲間でもないもの。敵だったもの。仕方ないってわかってるわよ。別にいいもの」
本格的に拗ね始めた。
「ママ」
とんとんとユーリに肩を叩かれる。
下ろしてやると、ユーリはそのままカーミラの方へ歩いていった。
今は夜だ。カーミラが最も力を発揮する時間。いくらユーリが頑張って魔法を使えるとは言え、カーミラが本気を出したらその命は一瞬で奪われるだろう。
それでもハルカはユーリの歩みを止めることはしなかった。
それがユーリの意志でもあったし、あの拗ねた姿に同情したわけではなく、本当にカーミラを信用し始めていいと思っていたからだ。
「カーミラ、いい子いい子」
「……私子供じゃないのだけれど」
ユーリが座って小さくなっているカーミラの頭を撫でる。
顔を上げたカーミラがじろりと周囲を睨みつけたが、その視線はユーリには向かわない。振り払うでも逃げ出すでもなく、その場にとどまり続けたカーミラは、しばらくの間そうしてユーリに撫でられ続けるのであった。