我が強い
「私の勝ちね。帰りなさい」
哀れなカーミラの姿を見てもユエルの決定は覆らない。入り口の前に立ってその先へハルカたちを通す気はなさそうだった。
荷物から取り出した指輪を一つ取り出して、宝石の割れた指輪と交換をする。指輪以外にごつごつとした装飾品をつけていないところを見ると、魔法の使用の際に何らかの作用をしているものであるようだ。
「ユエルさん。その人たち、マグナス公爵が攫ってきた国の貴族の子供たちですよ」
ユエルが前回も今回も、他人に善悪を問うている場面があった。コリンはユエルのやっていることを咎めることで、交渉をするつもりだった。
「知っているわよ?」
「だったら……」
しかしユエルは平然とした顔で答える。
人に悪い人かと尋ねる割に、自分の行為には頓着がないのか。ハルカたちにはユエルの価値観が理解できない。
「約束したの。この人質たちを戦いが終わるまで逃がさないように見ているって。前金もたっぷりもらったし」
「……あっち側ってことかよ。じゃあなんで俺たちを殺さねぇんだよ」
アルベルトにはユエルの行動が中途半端に見える。敵側のはずの自分達に手加減をしているのが気に食わない。殺されたいわけではなかったが、納得できない思いがあった。
「私は、この人質を、戦いが終わるまでここで見てる。他の誰かに攫わせることも、殺させることも、傷つけさせることもしない。事が済んだら全員家に戻すし、公爵の城に後金を受け取りに行く。だから、あなたたちはさっさと帰るのね」
「……は?」
「あなたたち、ここの人たち連れていっても、さっき逃げていった男に襲われたら全員守れないもの。だから不合格」
「……いい人ってこと?」
全員が沈黙してことを整理している中、カーミラが気の抜けた問いを投げる。
「いいえ。お金がもらえて、悪い人を減らせるから来ただけ」
「だったら公爵っていうの倒したほうがいいんじゃないかしら?」
「国の偉い人殺すとうるさい奴がいるの」
それぞれ今何が起こっているのか、彼女が何をしようとしているのか理解したころに、イーストンが呆れ顔で肩の力を抜いて仲間たちに告げる。
「帰ろうか。別に女王様の方にも人質たちの安全を確保したと伝えていいんでしょ?」
「勝手にしたら?」
「最初から事情を説明しろよ……」
アルベルトがぼやくと、ユエルは抜いたままの剣を見て目を細める。
「クダンの弟子じゃないの? 実力見てあげようと思って」
「弟子じゃねぇよ。……で、どうなんだよ実力」
「普通」
「ああ、そうかよ! くそ!」
「全員がちょっと経験不足。黒髪の……吸血鬼っぽいのが辛うじて合格点。もっとたくさん戦うべきね。傷を負うことを恐れなさ過ぎているせいで危うく殺すところだったわ。ダークエルフの美人は特に経験不足。能力に振り回され過ぎ。時には、勝てない相手との戦いは避ける必要もある」
「んなこと言ってたら強くなれねぇじゃんか」
アルベルトが反論すると、ユエルは小さく笑って目を伏せた。
「ああ、そう、なるほどね。……時間ができたら南方大陸に行くといいわ。あっちは北方大陸ほど平和じゃないからたくさん戦える。死なないように命を張りなさい」
ユエルは振り返って古城の中へ入っていく。
その背中に向けてハルカは問いかける。
「あの、あなたにとって悪い人ってどんな人なんですか?」
「気に食わないことをする人。今のところあなたたちはそうでないみたい」
「その、ここにいた仲間を殺したというのは?」
「仲間? ……ああ、悪い人なら何人か殺したわ」
ユエルは少し考えて、思い出したように答えてそのまま暗闇に飲み込まれるように姿を消した。その少し空いた間は、彼女が自分の手で屠った相手のことを、既に記憶から消しかけていたことを示唆しているように思えた。
ハルカはこの世界に来たばかりの時にラルフから聞いた話を思い出す。
特級冒険者は災害みたいなもので、できることなら関わらない方がいい。
変人ばかりであることは理解し始めていたが、改めて本当に危ない人もいるのだと痛感するのだった。
ハルカは光の玉を作って空へ放る。
高度を上げていくそれを見ながら、先ほどユエルが時間計測に使っていた光の玉のことを思い出していた。
多分ユエルが使った魔法も、自分が使っている魔法も似たようなものなのだ。うまく運用できれば、あれくらいのことはできるはず。
とはいえ必要な時に必要な魔法を瞬間的に引き出すためには、やはりユエルに言われた通り戦闘経験が足りないのだろうと思う。
分析、備え、先手をとって先を読み、戦いを思い通りに展開させる。イレギュラーが発生してもすぐに対応できるように、そんなところまで考えて、とても短い準備期間でそれを全てこなせるような気はしてこなかった。
とにかく戦い方が下手なのだ。力任せに動いているだけにすぎない。拠点に戻ったら、ノクトに相談してもっと戦い方を教えてもらわなければならない。
ため息をついて視線を地上に戻すと、すぐ近くにユエルが歩いてきていた。
室内に戻ってそのままお別れかと思っていたのに、何をしにきたのか。
その動向を見守っていると、同じように口を少し開けてぽかんと空を見上げていたカーミラに近づいていく。
「ねぇ」
「な、なによ! なに、なにかしら」
カーミラは驚いたのか、一瞬体をびくりと震わせ、相手を確認してから咄嗟に出た言葉を柔らかく
言い換える。
「巻き込んじゃったからお詫び」
「なに、何よこれ」
「好きに使っていいわよ」
皮袋をそのまま渡すと、ユエルは再び城の中へ戻っていく。何の説明もないそれをカーミラが開くと、そこには装飾品がたくさん詰め込まれていた。
モンタナが早足で近づき中を覗き込み呟く。
「宝石に、魔素が詰められてるです」
「……どういうことかしら?」
「多分、魔法に変えやすい魔素を、ユエルさんが宝石に込めたです。何の効果もなさそうですから」
モンタナが説明してくれるがハルカたちにはいまひとつよくわからない。モンタナもうまく説明が伝わっていないことを理解しつつ、どう説明したらいいのか考えて首を傾げてしまった。
そんなことをしていると、頭上を大きな影が通り抜けていく。ナギがハルカの合図に気がついて迎えにきたのだ。
「……とりあえず、移動しながら話しましょうか」
ハルカは障壁を地面に敷いた。
仲間たちが全員乗ったのを確認して、空に浮かび、ナギに向かって飛んでいく。
うまくいかなかったし、悔しくもあった。
それでも今回ユエルと出会ったことは、ハルカたちにいくつかの学びを与えた。
まだまだ世界は広く、強い相手はたくさんいるようだ。