手数
ユエルは手のひらを上に向けて、その上に小さな光の玉を作り出した。手首だけでポンとそれを上へ打ち上げると、中空でそれが待機する。
「これは時間を計るもの。一分ではじけて光ったら終わり。始まりの合図は……」
ユエルが膝を曲げて地面から小さな石を拾う。
「これを投げて、地面に落ちたらはじめ」
ルールを聞きながらもハルカは作戦を考える。
まず相手の目の前に遮蔽を作って視界をふさぐ。その間に炎の矢を正面に作り出し、相手側に向けて射出。仲間たちが前に出るのに合わせて自分も走り、誰か一人でもいいので入り口をくぐることに専念する。
本命はモンタナ。それが止められるようなら、無理やり自分が通り抜けてもいい。ユエルは人型だから、コリンの投げが決まる可能性もある。
「それじゃ、殺す気でくるのよ。間違えて殺したら、ごめんね」
ぽいっと石が空に投げられる。
徐々に加速する石に注目していたハルカは、ユエルが我慢しきれずにふっと笑って、首を横に振ったことに気がつかなかった。
石がポトリと地面に落ちる。
これから始まる攻防を思えば随分と味気のない音だった。
ハルカはすぐさま黒い障壁を張る。元から位置は把握していたから見なくてもそれは簡単だった。
そして魔法の展開をと思って顔を上げたときには、目の前にユエルが立っていた。
「孤独な大蜥蜴の尻尾」
腹部への重い打撃。体が宙に浮き、後ろに吹き飛ぶ。
飛び退きしゃがむ仲間たちに対して、ハルカだけが攻撃を受けていることが確認できる。咄嗟に後方に障壁を張ったときにはすでに随分距離を離されていた。背中にぶつかる衝撃に備えながら、ユエルの顔を囲むように障壁をつくる。
モンタナが走り出すのと、イーストンが横に、アルベルトが上下に剣を振るうのはほぼ同時だった。きっと転移を使うのだろうと思っていると、ハルカは障壁にぶつかり急停止。すぐさま前方へ走り出す。
剣が二振り。イーストンの紅く光る瞳。その後ろからコリンがそっと距離を詰めていること、そして横を駆け抜けるモンタナ。
その全てを確認してから、ユエルはぼそりと呟く。
「鎧」
ユエルの体を白く輝く何かが覆い、指輪の一つがきらりと光りはじける。
二人の剣がユエルの数センチ手前で力をそらされ、あらぬ方向へ向かう。目を見開いた二人が剣を引く前に、コリンがユエルの腕に飛びついた。
捕まえたかに見えたその瞬間、ユエルはさらに呟く。
「砂漠の湖で踊る仙人掌」
鎧から棘が生えてくるのを見ても、コリンは手を引かなかった。掴んだ腕を棘が刺してもなお、その体勢を崩そうと投げを打つ。
「防いで!!」
イーストンが注意喚起をし、アルベルトが無言でコリンの腰に手を伸ばすと無理やり自分の方へ引き寄せ庇う。
生えた棘が一斉に全方向に射出された。
慌てて顔に手をかざして防御したイーストンと、コリンを守るために背中を向けたアルベルト。その棘は身体強化を突き破り、体から血を噴出させた。
追撃を防ぐためにユエルと三人の間に障壁を張ったハルカは、追いつくや否や三人に順番に触れて治癒を施し、そのままユエルの方へ突っ込んでいく。
丈夫で力のある自分なら、ユエルを押さえ込めるかもしれないという思いからだったが、捕まえる前に声が聞こえた。
「だめよ」
体が搔き消え、捕まえる相手を見失ったハルカはそのままバランスを崩しながら前へ数歩たたらを踏む。
入り口に迫っていたモンタナの目の前に出現したユエル。
モンタナはそれを避けるために、体を低く低くして足元を通り抜ける。
「竜人の壁」
突然現れた不可視の障壁だったが、モンタナの目はその存在を捉える。横に避けるよりも飛び越えたほうが早いと踏んだモンタナは、地面を蹴ってとんと空に飛びあがった。
障壁さえ越えてしまえば入り口に潜り込むことはたやすい。そんな距離だった。
「孤独な大蜥蜴の尻尾」
モンタナの目には、自分の体の大きさほどもある巨大な魔素の塊が、鞭のように横に振るわれたのが見えた。無理やり足を伸ばし障壁の上部を蹴り、さらに上へと飛んだモンタナの足元をその塊が通り抜け、そして一回転してモンタナの体を捉えた。
衝撃に備えていなかったモンタナの呼吸が止まる。魔素をうまく操ることもできず、全身のどこかが折れていることが分かった。
受け身を取らなければと思うも、体が上手く動かない。このまま硬いものにたたきつけられたらどうなるのか、想像するに難くなかった。
一瞬の視界の暗転、それからすぐに体が動くことに気がつく。
「治し、ました!」
ハルカが受け止めたモンタナにすぐさま治癒魔法をかける。ひやりとした場面に、自然と声が大きくなっていた。
「ありがとです」
「良かった、危なかった……」
「思ったよりいい動きだったから、殺すところだったわ」
話しているのを油断とみて、ハルカはユエルの後ろに風で作った刃を作り、それを射出する。しかしそれは、軽々と障壁に防がれて消えてしまった。
ハルカはそこで止まらない。再び大量の火の魔法を目くらましに走り出す。仲間たちもほぼ同時にユエルに向かって地面を蹴ったのが分かった。
まだ時間はある。このまま駆け抜ければ誰か一人くらいは入り口をくぐれるかもしれない。
大量の魔法のせいでユエルの表情は分からない。しかしその声だけははっきりと聞こえた。
「高慢な人魚姫の大波」
古城を隠すほどの黒い影がせり上がり、それがあっという間に形を崩すのが分かった。火の魔法が飲み込まれ、その波は焚火とハルカたちをその場から押し流した。
咄嗟に仲間たちに障壁を張ったハルカだったが、上下が分からないくらいにもみくちゃにされて、ようやく止まった時に再びユエルの姿を探す。
するとちょうどその時、空に浮かんだ光の玉がパッとはじけた。
時間切れだ。
呆然としてしまい、その場から動けない。
あしらわれたという感が強くあり、酷い敗北感だった。悔しいと思っている自分に気がつき、ハルカはぎゅっと握っている拳をゆっくりと開く。
その時横から震えた声が聞こえてきて、ハルカはハッと我に返る。
「私、戦わないって言ったのに……」
羽を出したままびしょぬれになったカーミラが、悲しい顔をして地面にぺたりと座っていた。空を飛んで逃げようとして、結局巻き込まれたようだ。
「私戦わないって言ったのに!!」
「…………ごめんね」
大声を出したカーミラに、ユエルは何かを言おうとしばらく考えてから、結局素直に謝罪の言葉を口にした。