まどろみ
ナギが大竜峰をかすめながら空を飛んでいく。
国境付近につくまで凡そ一日半。到着したら一度休んで日が落ちてからの捜索だ。一晩真っすぐ国境線上を飛び続ければ、大体捜索しなければいけない範囲はカバーできる。
一日では見つからないかもしれないけれど、数日間は繰り返し飛んで隠れ家を探す必要があるだろう。根気のいる作業だが、無駄にはならないはずだ。
出発前の相談で、一週間探しても見つからない場合は再びエリザヴェータの軍と合流する手はずになっている。その時はエリザヴェータ側で人質を救出していることを祈ることしかできない。
ナギが山の中腹を飛んでいくと、進む先にいた中型飛竜が慌てて降下して巣に戻っていく。
ハルカは中型飛竜たちの平穏を乱して申し訳ない気持ちになっていたが、コリンはどうやら違うようだった。ユーリを抱いて、山をじーっと見つめながら何か吹き込んでいる。
「何をしているんです?」
「へっ? あ、うん、ははは」
ハルカが何気なく尋ねてみると、曖昧な返事をしつつ山肌から目をそらさない。このちょっと真剣でいやらしい眼差しに、ハルカは見おぼえがある。コリンが生き生きするとき、そして頼りになるとき、それは主にお金の話をしている時だ。
「……ユーリ、何か楽しいことですか?」
「んん」
ユーリがちらっとコリンの方を見てから、ハルカに向き直りこくりと頷いた。
「中型飛竜の巣の場所、おぼえてた」
「……いやー、ほら、お金なくなったときにいいかなって」
ちょっと間が空いたのは、まるで告げ口をするような感覚があってユーリの中で葛藤があったからだろう。
コリンはハルカたちのお財布管理を任されているから、金策するのは悪いことではない。コリンに後ろめたさがあるとすれば、自分が場所を覚えられないからユーリを利用していることなのだろうけれど、その点についてもハルカは咎めるつもりはなかった。
別にユーリが嫌がっているわけではないのでそれでいい。
思ったことがあるとすれば、目がお金状態になっている時のコリンは、ちょっと抑えが利きにくいので心配だというくらいだ。そのうち中型飛竜の卵を取り尽くしていそうで怖い。
ハルカもまさか中型飛竜の絶滅を心配する日が来るとは思わなかった。
「ユーリ、楽しいですか?」
「うん」
「だそうです。そのうち皆でまた来ましょう」
「うんうん、ドラグナム商会とも仲良くなれたし、きっといい商売になると思うんだよねー!」
ハルカはそれを聞いて、ほんのわずか空を仰いでから問いかける。
「……私たち、商人じゃなくて冒険者ですよね?」
「へ? 当たり前じゃない。でも冒険者だって職業よ。お金は稼げるときに稼がないと!」
「そうではあるんですが……」
ふんふんと真面目に頷いているユーリが少し心配だ。これは良い教育なのか悪い教育なのか微妙なところだ。逞しく生きていけそうなことを思えば、きっと良いことなのだろうとハルカは自分を納得させた。
目的の大竜峰の東側に到着し、夜になるまでしっかりと体を休める。
強い護衛がついている可能性を考えれば、体調は万全にしておきたかった。夜間であれば、イーストンとカーミラもその本領を発揮することができる。カーミラに関しては本領を発揮、というよりも、自分の身を守ることができるというのが正しいのだけれど。
エリザヴェータの強い敵がいるであろうという推測を聞いていたカーミラは、戦意を失っていた。元々本人も戦いが得意ではないと言っていたし、それならば自分の身の安全さえ守ってくれればいいというのがハルカの考えだ。
ハルカたちが飛び降りて、ユーリとカーミラがナギに乗ったまま上空に待機というのが理想的な形だったが、まだカーミラをそこまで信用しきれていない。本人は嫌がっていたけれど、何もしなくてもいいから急襲するときにはついてくるように言い聞かせた。
しぶしぶ納得したカーミラだったが、怖いから戦いには参加しないという宣言をされてしまった。
もしかしたらハルカたちと戦ったことがトラウマになっているのかもしれない。あの時はもう少し自信があったように見えたのだが、もしかしたらそれも、犬を守らなければという気持ちから来る、精一杯の虚勢だった可能性もある。
ハルカとしてもいつこの長生き吸血鬼を信用したらいいか悩みどころだ。今のところどう見てもただの可愛らしい世間知らずのお嬢様なのだけれど、なにせ能力が頭抜けて高い。
選択を間違えたときの被害が計り知れなさ過ぎて、中々判断できずにいた。
昼間に休んでいいと聞いて、堂々と眠り始めたカーミラは、とても危険な存在には思えない。何度もそう思っては、ハルカは自分の考えを否定してきたが、丁度いい機会だと、隣で船を漕ぐモンタナに話しかける。
「私はカーミラが害がないように思えるのですが、モンタナはどう思います?」
「…………です?」
動いていた頭がピタッととまり、目がほとんど閉じられたままモンタナが声を上げる。ごしごしと目をこするのを見て、ハルカは思わず謝った。
「すみません、休むところでしたね」
「…………だいじょぶです。……カーミラは思ったことそのまま言ってるですよ。初めて会った時からずっとです。でも、それはあの街で悪さしてた時も、あまり悪いと思ってやってなかったってことです」
「つまり……、価値観がずれているから野放しにするのは危ない、ってことでしょうか」
「そです。でも……、多分危険が及ばない限り、ちゃんと約束は守ってくれるです」
「レジーナよりは、怖がりなので、話は聞くですが……」
話している途中にカクンと首が落ちて、モンタナは口をもごもごと動かして、そのまま眠ってしまう。何かを言っているがもはや聞き取ることはできなかった。
やがてコテンとハルカの肩に頭を預けてきたモンタナは、時折やっぱり口を少し動かしている。夢の中でまだ喋っているのかもしれなかった。
ハルカはふっと体の力を抜いて目を閉じる。
案外難しく考える必要はないのかもしれない。
一先ず考えることをやめたハルカは、そのままゆっくりとまどろみの中に意識を落としていくのだった。