作戦を立てよう
「人質がいるとするのならば、手元か、あるいは追跡を躱すために国境付近に置いているかだろうな。おそらく前者の方が可能性は高い」
「どちらにしても目立つナギは一度お留守番かなと思っています」
「それでいうのなら、ハルカも十分目立つ。カーミラも、獣人であるモンタナも目立つだろうな。見目がいいというのも困ったものだ」
「……街を探すのは難しいと思いますか?」
「難しいだろうな。城中までこっそり入り込めるほど甘くはないだろう。気づかれて人質を盾に取られるのが落ちだ。そちらは捨てて国境付近を探ることを優先したほうがいいと思うがな」
厳しい意見なのだろうけれども、確かにこれが現実なのかもしれない。街まで行って見つかって暴れ、挙句人質を殺されてはたまらない。
悩むハルカの姿を見て、エリザヴェータはわずかに表情を緩めた。
「安心しろ。街中には私の手の者を向かわせる。既にまとまった人数を潜伏させているからな。それよりも国境付近に隠れていた場合の方が恐ろしいぞ。その分実力のある者を配備している可能性が高いからな」
エリザヴェータもただ手をこまねいて待っていただけではない。ここに来るまでの各地で、人質の救出に尽力すると約束して兵を出させてきたのだ。
ハルカの実直な反応が好ましくもあったし、また、自分のやらねばならないことが一つ減ったこともこっそり喜んでいた。
「それでは、街の方はそちらにお任せします。国境付近を探るとなると……、一度プレイヌ側から入り込んだほうがいいかもしれませんね」
「いや、どうだろうな。ああ、プレイヌ側からマグナス公爵領側へ入る国境警備は、すでにあちらの手に落ちている。正確には被害が出る前に退避させただけだが」
「そうすると……、道を通らずに……?」
「いや、ここはナギも連れていくべきだ。私たちはこのまま行軍を続けるのだから、時間にはそれほど余裕がないぞ。歩いて探すのには国境は広すぎる。空から生活の痕跡を探れ。数人ではきかぬ人質を取っているのだから、必ず火を使って煮炊きすることがあるはずだ。急襲すれば人質の安全も確保しやすいのではないか?」
冒険者として生きているハルカよりも、余程細かな動きについて考えている。エリザヴェータからも人質救出のための手を回していたので、予め状況を把握していたとはいえ、ハルカたちという新しい要素を加えたうえですぐに判断を下せるのは流石だった。
「リーサは、すごいですね」
「なんだ、見直したか」
「元からそう思っていました。少し意地悪だとも思っていますけれど」
「仕方がないではないか。意地が悪くないとやってこられないような人生だったのだ。頼りになると言うがよい」
開き直ったエリザヴェータはおどけて胸を張った。悪びれる気はまるでなさそうだ。
「はい、とても頼りになる姉弟子ですね。師匠によく似ています」
「お前は似なくていいぞ。一人くらいそんなのがいてもいいだろう」
「気を付けます。今日はこちらに泊まって、明日の朝早くに出発しようと思います」
「そうか。本当はそちらを訪ねたいが、流石に勝手ばかりして愛想をつかされても困る。この辺りが限界だろうな。仲間たちによろしく伝えてくれ。出立前に共に過ごした時間は存外楽しかった」
珍しく穏やかな表情を見せたエリザヴェータに、ハルカも顔をほころばせる。
「またそのうち同じ時間を過ごしましょう」
「この戦いが終わるころには、私の味方もずいぶん増えているだろうからな。今までよりも自由にやることができるだろう」
「そういえば、皆さんを追い出すような形になってしまったので、リーサからよろしくお伝えください」
「ま、いいように伝えておこう」
含みのある言い方だったが、それ以上何を頼むこともできないハルカは、いぶかしげな表情をするだけにとどめ立ち上がった。
「ああ、モンタナよ。お主、もしや神子か?」
天幕から立ち去ろうとするハルカたちをエリザヴェータが呼び止める。モンタナは、黙って見返して返事をしない。帰り際に答えづらいことを問いかけてくるのは、相手の不意を突いて反応を見るためなのかもしれない。
「神子ではないです」
「違うです」
「別に利用しようという気があるわけではない、ただの好奇心だ、悪かった」
強い語調で即座に否定したモンタナだったが、エリザヴェータから謝罪をされてゆっくりと首を振った。
二人のやり取りに驚いたのはハルカだ。普段だったらどんどん突っ込んで話していくはずのエリザヴェータが即座に素直に謝罪したのが意外だったのだ。
ハルカにはわからなかったが、エリザヴェータは誰にでも強くぐいぐいと行くわけではない。相手の触れてはいけないぎりぎりのラインをちゃんと見極めて話している。
気になって触れてみたモンタナの力についてだったが、思いのほか強い否定が来たためすぐさま撤退をすることにしたようだ。ハルカと一緒にいてぼんやりしているようにも見えるモンタナだったから、珍しく踏み込み方を間違えたととることもできた。
「えっと……、ではまた」
「ああ、強敵に気を付けるように」
別れのあいさつを交わして天幕から出ると、少し離れた場所に案内してくれた兵士が立っていた。ハルカたちの姿を見ると敬礼をして、道案内を申し出てくれた。
ナギの下へ戻るだけだったら難しいことではないのだが、兵士たちの間を縫って歩くとなると、確かに案内は必要だ。いちいち誰何されては面倒極まりない。
兵士の後をついていく途中、にまっと笑ったカーミラがモンタナに近づいて腰をかがめる。何を話すのかと気になってハルカも耳をそばだててみる。
「すごいわね、モンタナ。あの意地悪な女王様をやりこめたじゃない」
「やりこめてないですよ?」
「でも、ほら、言い返さなかったわよ!」
「……お子様です」
「お子様……? 私がお子様!?」
「声大きいですよ」
注意されて慌てて周りを確認するカーミラ。周囲にいる兵士たちは、喜んだり慌てたりするカーミラにぼーっと見惚れてるくらいで、会話を気にした様子はまるでなかった。
ほっと胸を撫で下ろす様子に、ハルカは顔をそらしてこっそりと笑った。