隣人から仲間へ
あれこれと準備を始めるバルバロの姿を目で追いながら、ハルカは難しい顔をして考える。彼の歓待してくれる気持ちは嬉しいし、イーストンと積もる話をさせたい思いもある。
しかし、戦いが始まる前にエリザヴェータと一度合流報告し、それからマグナス公爵領に捕らわれた人質の救出に赴かなければならない。
あまりのんびりしている時間はないはずだった。
どう伝えるべきか思い悩んでいると、モンタナがイーストンの肘をつついて、ハルカの方へ顎をしゃくった。あらぬ所へ視線をやっているハルカを見たイーストンは、小さく「あー」と言って頷き、慌ただしく動き始めたバルバロの肩を掴む。
「悪いけど僕ら不参加。まだ依頼の途中なんだよね」
「はぁ? 一晩くらいいいだろうが!」
「良くないから言ってるんだよ。事が片付いたからまた来るから」
「マジかよ。っていうか、お前別に冒険者じゃないだろ。こっから先はしばらくうちに滞在してもいいんじゃねぇのか?」
言われてみれば確かにイーストンは冒険者でもハルカたちのチームの仲間でもない。ただ友人として同行しているだけなのだった。それにしては内情をよく知りすぎているし、旅の途中で出会った依頼主たちはそんなことは知る由もないのだけれど。
イーストンは、ほんの少しだけ躊躇ってから、バルバロの肩をポンと叩く。
「僕とお話ししたいからってわがまま言わないでよ。それに、僕みんなのクランに入れてもらおうと思ってるんだよね」
「え、おま、は? 冒険者にはなる気なかったんじゃねぇの?」
「いや、気が変わった。とにかく、すぐに出るからまた今度ね」
戻ってきたイーストンを目を丸くしたハルカとユーリ、にやけ顔のコリンと、にかーっと笑うアルベルトが迎える。モンタナはそんな仲間たちを見て目を細くし、カーミラだけが空気を読み切れない疎外感にややつまらなさそうな顔をしている。
アルベルトが右から、コリンが左から手をあげると、肩をすくめたイースは苦笑して、その手と自分の手をぱちんとぶつけた。そうしてハルカの前まで来て足を止めた。
「まぁ、そういうことだから、嫌じゃなければよろしく。登録は、折角だから〈オランズ〉でやるよ」
「イース!」
ユーリが満面の笑顔で足に抱き着くと、イースはそれを抱き上げて「よろしく」と呟いた。
それを見てようやくハルカはゆっくりと表情を緩めて、イーストンに向けて笑いかける。
「ええ、ぜひよろしくお願いします、イースさん」
「ったく…‥、今日は良いけど今度埋め合わせしろよ。じゃ、俺は準備してくるからヴェルネリのにーちゃんらは寛いでてくれ。さて、酒、酒、いいやつだしてくるか」
腕を組んだバルバロが納得いかなさそうな顔で言ってから、すぐに笑い顔に戻り、部屋から出ていった。残されたヴェルネリ辺境伯は「にーちゃん……?」と呟いて首をかしげ、それを見ながらウーが笑いをこらえている。
ヴェルネリは一つ咳ばらいをすると、ハルカたちに向かって声をかける。
「行軍に付き合わせて悪かったな。体調が過去にないほどよくなっている、お前たちのおかげだ。バルバロ候ではないが、我が領にもまた立ち寄ってくれ。歓迎しよう。そういえば……、うちにお前たちからの紹介という商人が来たから、様子を見ているのだが、あれは間違いないか? 紹介でないにせよ度胸があるので、前線で重宝しているのだが」
「……あー! ラウドさんとアイーシャさんかな! はい、一応そういうことになってます」
「そうか。前線で店を持とうとするような酔狂なものを使わない手はない。いい紹介をしてくれたな」
「いえいえー、お気になさらずに」
コリンがニコニコと話しているが、実ははじめのうちハルカたちはあまりピンと来ていなかった。名前と変な商人というので、ようやくピンときたハルカは「あぁ」と小さく声を上げて頷く。
王国を巡って〈オランズ〉へ戻る途中に、ユーリに髪染めをくれた変わった商人のことだ。どうやら無事にヴェルネリ辺境伯領にたどり着いていたらしい。
「それでは、私たちはこれで失礼いたします。……近いうちに再会するでしょうけれど、ヴェルネリ閣下もお体には十分お気を付けください」
「旦那のことは俺も気を付けて見とくわ、お前らも気をつけろよ」
「なぜおまえが答える」
「旦那が返事しねぇから」
ムスッとした顔のヴェルネリにものを言える数少ない人物であるウーが、しれっと答え、カカッと明るく笑った。バルバロとはさぞかし息が合うだろう。三人で酒を飲んだら、ヴェルネリ辺境伯だけがむすっとした顔をしている光景が目に浮かぶ。
ハルカたちは勝手知ったるイーストンの後に続いて屋敷の外へ出て、そのまま街の外へ向かう。
街の外で遠巻きにナギを見てくれている兵士たちに声をかけると、ほっとした様子で道を空けてくれた。ナギはペタンと地面に伏せたまま、じっと兵士たちの方を見つめていたようで、ハルカたちの姿が見えるとすぐ尻尾をゆらゆらと振った。
「ありがとうございます、助かりました」
「いやぁ、流石にあれだけ大きいと緊張しました。俺、大型飛竜に憧れてたのですが、それでもちょっと怖かったです。でも、やっぱりかっこいいですねぇ……」
最近は怖がられることも多かったので、キラキラと目を輝かせてそう言ってもらえるとなんだか嬉しかった。たとえそれが立派な顎髭を生やした筋骨隆々の男でもだ。
「よかったら、その、撫でてみますか? ……あー」
「いいんですか!?」
「あ、はい、もちろん」
提案してから、無理強いをすることにならないだろうかと思い否定しようかと思ったのだが、身を乗り出されてハルカは引き気味に承諾をした。
一緒にナギの傍へ行って声をかける。
「この方がナギがかっこいいって言ってくれてますよ」
ふんふんと鼻息を漏らしてからそろーっと顔を寄せたナギに、その兵士は「おー」とやや体を強張らせながらもその場から逃げ出さなかった。
そっと手を伸ばし、ナギの鼻の頭辺りを撫でると、今度は「ほぉー」と感嘆の声を上げてから、ハルカに向けて小声で話す。
「昔ね、大型飛竜に乗った美人が、夜中たまぁに海からやってきてたんですよ。俺たち全員それに憧れたもんでしたが、ある時それが男だって気づきましてね。その話をしたらうちの大将と実に話が合いまして、俺はここで兵士なんぞをしてます。ま、その美人ってのはイーストン様のことなんですけど」
「……それは、あー、御愁傷様です」
「いえいえ笑い話です! 実は俺の連れ合いもイーストン様のことが大好きでして……、その話で結婚できたようなもんです。それでは、幸運をお祈りしております!」
言うことだけ言ってさっと離れていった兵士にハルカは苦笑する。確かに夜に月明りに照らされたイーストンを遠目にみたら、女性と見紛うこともあるかもしれない。
「何?」
ハルカが見ていると、視線を感じたイースが近くに寄ってきて首をかしげる。
「いえ、イースさんは人気ですね」
「……どういうこと?」
「いえ、別になんでも」
「すごく気になるんだけど……」
「さて、行きましょうか」
「なに、ホントに」
もう一つわかったことは、常識人ぶってるイーストンも、数十年前は平気で大型飛竜に乗って街の近くに来ていたということだ。
そのうちイーストンの昔話をもっとたくさん聞かせてもらおうと思いながら、ハルカはナギの背へ上っていくのだった。