らしい
大人数での移動は時間がかかる。途中からハルカたちはヴェルネリ辺境伯とウーを連れて先に行くことにした。それでもバルバロ侯爵領に入り、領都付近まで行くまでに丸々三日ほどかかった。
本来馬上の人であり、仕事があまりできない予定だったヴェルネリ辺境伯は、ナギの背に乗っていることで仕事が予想外に捗り、長い睡眠時間を確保することができていた。
治癒魔法をかけただけでも随分と若返った印象だったが、今はそれよりもさらに若く見える。
もはや癖になっているのか、眉間に皺を寄せていることが多いので、強面には違いないのだが、他人に与える印象は随分と柔らかくなっていることだろう。
そんなヴェルネリ辺境伯と長いテーブルを挟んで向かい合っているのは、日焼けした肌と意志の強そうな眉を持ったバルバロ侯爵だ。
澄ました顔をしているが、時折ハルカたちの方をチラリと見て気にしている。話したいことがたくさんあるのだろうけれど、今はそうもいかずもどかしそうだ。
「まずは館に招き入れていただいたことに御礼申し上げる。および、緊急事態とはいえ、軍を起こすことの連絡が遅れたことには謝罪を」
頭を下げずに謝罪の言葉を述べたヴェルネリに、こちらも顔を上げたままのバルバロが口を開く。
「別に構わない。事態を軽く見ていないのはこちらも同じだ。辣腕と噂される貴公には、以前から是非お会いしたいと思っていた。このような事態でなければ話を聞かせてもらいたいところだったが、今はそれどころではないようだ」
「どうやら陛下もこちらに向かっているようで。到着されるまでの間、南に目を光らせておくのが東部の主たる貴族としての役割かと」
「私も同様に考えていた。兵を起こしたと聞いた時には脳裏にいろんな考えが巡ったものだが……、いや、同じ方向を向けているようで何よりだ」
「私も同じ気持ちです」
どちらもが普段ハルカたちと話している時とはずいぶん違う雰囲気だ。はっきりしたことは言わないのに、互いに牽制しあい、内心を探り合っている。
特に言葉遣いがガラッと違うバルバロに関しては、まるで別の人物のようであった。
「とまぁ、まじめな話はこの辺で終いにしておくか」
息を大きく吐いたかと思うと、片腕を椅子の背もたれに預け、空いた手で襟のボタンを外しながら、バルバロは姿勢を崩した。
「ここは俺の屋敷だ、無礼講で頼むぜ。どうやら歳も近いようだし、あんたも楽にしてくれよ」
「……私はこれが普通だ。聞いていた通りだな、海賊侯よ。あまりにまともな態度だったので、噂など当てにならんと思っていたところだが、案外そうでもないようだ」
「そりゃあどうも、冷血伯殿。そっちは聞いたほど冷たいやつじゃあなさそうだな」
「なぜそう思う?」
「そんな奴だったら、そこにいる冒険者とは仲良く旅なんかできないんじゃねぇかと思ってな。どうなんだ、イース」
突然話を振られたイーストンは、バルバロにやや冷たい視線を送ってため息をついた。
「ちょっとはまともにやってると思ったのに、最後まで我慢できなかったの?」
「これが俺なりの歓迎だ。年も近いヴェルネリ殿とは一度腹を割って話してみたいと思っていた。同じ東部の貴族としてな。で、どうだよ」
「他所の事情を目の前で話せって? それにその辺のことは僕よりハルカさん達の方が詳しいよ」
「イースならともかく、そっちに迷惑かけるわけにはいかねぇか」
「そんなことより、ハルカさんからも話があるからちゃんと聞いてもらってもいいかな」
「へいへい。で、なんだ?」
互いの探り合いの場であったはずなのに、いつの間にか自分に注目が集まっていることに緊張しつつ、ハルカはエリザヴェータから預かった手紙を取り出した。
バルバロ侯爵にこれを届けさえすれば、預かった手紙は全て届けたことになる。
「エリザヴェータ陛下からです」
受け取ったバルバロはすぐさまそれを開封し、ざっと目を通して笑う。
「よし、承知した。これから陛下の許へ向かうのか?」
「はい、そのつもりです」
「んじゃあ伝えてくれ。大船に乗ったつもりでどうぞごゆっくり、と。主要の街道はすぐに封鎖できる。唯一通れる主要道は海沿いだ。ノロノロ歩かざるをえない兵士を、海から攻撃し放題ってなもんだ」
ヴェルネリが密かに眉間の皺を深くする。バルバロ侯爵領に入ってから通った自分達の道のりを思い出してみると、確かに海沿いのひらけたところばかりだったからだ。
先触れを出したからといって、バルバロが無警戒で領内に招き入れたわけではないことを悟り、思うところがあったのだろう。
そちらに視線を向けないまま歯を見せて笑ったバルバロは、パンと大きく手を叩いて人を呼び、その場にいる者に話しかける。
「さ、せっかく来てもらったんだ。今晩は歓待するぜ。ヴェルネリ殿、酒は飲めるか?」
「いや、飲まない」
「そうか、なら上等な果実水を用意する。うちは港町だ。海産物には期待してくれ」
それからハルカたちの方を見たバルバロは、ビシッと指を差して続ける。
「それから、あのでかい竜、ナギだろ? 約束忘れないでくれよな。イースはまた旅の話聞かせろ! よっしゃ、今日は宴会だ宴会。そこのでかい槍使い、お前は酒飲めよな!?」
返事も聞かずに次々と声をかけるバルバロは、すっかりいつもの海の男に戻ってしまって、先ほどまでの貴族然とした様子は見る影も無くなっていた。