魔法の講義と、キモさの説明
双子はレジオン神学院の卒業研修で今回の遠征に臨んでいた。この遠征を無事に終えると、彼らは学校を卒業することになる。
その後はオラクル総合学園という学校に入学する予定だ。この学校は十三歳から通うことができて、必要な単位さえとれば卒業することができる。各国から権力者の子供たちが通うこともあり、水面下では貴族子女らの争いもある。とは言え、レジオン出身の双子は積極的に関わろうとさえしなければ、争いに巻き込まれることもないはずだ。
総合学園では、魔法の講義や研究も盛んだ。
神学院内では、学園で学ぶ魔法学を噛み砕き簡単にしたものを学んでいる。つまり、双子は今の世界では最先端の魔法学を学んでいることになる。
「まず魔素についてだけど」
横並びになりながら、レオが説明を始める。テオは不満そうな顔はしているものの、その集団に入って黙って歩いていた。
テオだって昨日ハルカに庇ってもらったことはわかっていたし、あの場では嫌な言い方をしてしまったが、本当はちゃんと感謝しなければいけないことくらいわかっていた。
ただ、レオの方が早く皆に馴染んでしまったせいで、タイミングを逃してしまい、どう入って行ったらいいか分からなくなってしまったのだ。
あっちこっちに道を逸れて、うろうろ寄り道ばかりしているモンタナが、たまに傍にきてくれるおかげで、疎外感はなかったが、居心地はあまりよくなかった。
「魔素はそこら中にあるんだよね、どんな形か知らないけど。魔素が見える人もいて…、この見えるっていうのは、流れを感じられる、って意味じゃなくて、本当に目に映るってことね? その人が言うには魔法を使おうとすると一斉にその人に向かって集まっていくもの、らしいよ。集める人によって見える色は違うんだって。それにどんな意味があるかは知らないけど、使える魔法の種類にもよるんじゃないか、とか言われているよ。魔法使いって本来魔素の流れを感じるところから始めるんだ。既に魔法が使える人に近くで魔法を使ってもらってね。感じられるか感じられないかはその人の才能次第かな。ハルカさん、ウォーターボール、浮かべてみて、飛ばさなくていいから」
「いいですよ。水の弾、生れ、集え」
ふわふわと浮かぶ水の球体を自分の前に維持しながらハルカは歩き続ける。
茂みからぼすっと顔を出したモンタナがきょろきょろとして、ハルカの方を見てから、そのまま出てくる。そうして一本の長めの棒を地面に引きずり、跡を残しながら集団に合流した。
奇怪な行動に一瞬全員の目が向いたが、おそらく彼の行動には意味がない。キョトンとしているのがその証拠だ。レオはモンタナについて考えるのをやめて、話をつづける。
「今、誰か魔素の流れを感じられた人いた?」
アルベルト、コリン、それにハルカまでが首を振った。ハルカには魔素を集めているイメージはなかったし、魔法はなんとなく発動するものでしかなかったからだ。
「やっぱり……、ハルカさんは天然型の魔法使いだね。極まれにいるんだ、習わなくても、魔素を感じられなくても魔法を使える人。逆に研究者の人には魔素の流れを感じられても、魔法をまるで使えない人もいるんだ。魔素を感じることは、繰り返し魔法をそばで感じ続ければできるけど、魔法を使えるかどうかは才能なんじゃないかって言われてるよ。魔法を発動し続けている限り、魔素は集まり続けてるから、コリンとアルベルトもそれを感じられるように努力してみたらいいんじゃない? それから、なんでテオがハルカさんの魔法を《《気持ち悪い》》っていうか説明するね」
ハルカの維持し続けているウォーターボールを指でつついて、レオがそう言った。そういえば彼がそんなことを言っていたことをハルカは思い出す。気持ち悪いって嫌な言葉だなぁと思う。漠然としていて何を直したらいいかわからないから。
「ハルカさんの使う魔法は、魔法に必要な量以上に魔素が大量に集まってるんだよね。魔法を使うときって、魔素を頭の中に通して自分の思う形にするイメージをするんだ。だから魔素酔いして頭が痛くなるんだけど……。その原理だと頭の中を通す魔素が多くなればなるほど、魔素酔いしやすくなるのはわかるよね。だから上手な魔法使い程、必要最低限の量の魔素しか集めない。それが一番効率よくたくさん魔法を撃つことができるのを知ってるから。ハルカさんのはなんだかめちゃくちゃ。目の前に無理やり魔素を集めて練り固めてる雰囲気かな……? 実際に見えてるわけじゃないからわからないけどさ。それがまず一つ」
まだ問題があるんだ、と思いながら、レオの言葉の続きを待つ。ダメ出しを待つのは結構緊張する。
「二つ目、そんな風に移動しながら目の前に魔法を維持し続けられること。ハルカさん、そのウォーターボールに自分と一定の距離を保ったまま浮かび続けるように指示出した? 出してないよね? 移動しながら魔法を維持し続けるってホントは高度なことなんだ。昨日のウィンドカッターの時もそうだったけど、あれ、味方に当たらず、敵にだけ当たるように軌道を勝手に選んでなかった? 少なくとも射出されたあとまっすぐには飛んでなかった。ハルカさんの魔法は、詠唱で指示した以上の動作を平気でする。本来あんな軌道で飛ばしたり、ウォーターボールを目の前に浮かし続けるには、もっと複雑な工程がいるの。もし聞こえただけの詠唱で魔法を使っているとしたら、ハルカさんは詠唱の破棄で、魔法に対して指示を出し続けてることになる。目の前に浮かべたウォーターボールは、何もしなければそこにとどまり続けるんだよ。歩いたとき一緒に移動したりしない」
ハルカは悪あがきなのか、なんなのか、悩んだ末にウォーターボールを地面にぼとっと落とした。コリンが横で、いやそんなことしても無理無理と手を横に振った。
「三つ目」
さらにレオが言葉をつづける。
「ハルカさんは、身体強化を維持し続けながら、魔法を使っていたよね。身体強化魔法って、要するに魔素を体の中や外にコーティングして、身体の能力を上げたり、防御力を上げたりする方法のことなの。だから、頭の中を通して放出する普通の魔法と、身体強化魔法を同時に行使するのって、ものすごーっく、難しいわけ。あと、そもそもその両方ができるって人が滅多にいないんだよね。身体強化魔法の原理ってまだあまりわかってなくて、それこそ、ほら、アルベルトみたいに前線に出て戦う人が突然使えるようになって、徐々にその能力を開花させていくことが多いみたい。そういう人って研究とかに協力してくれない人が多いから、全然解明が進んでないんだって。両方を使えて研究に協力してくれる人もいるんだけどね。その人に言わせてみれば、身体強化と普通の魔法を同時に発動させるくらいなら、頭に乗せたコップの水をこぼさないように全力疾走しながら両手でジャグリングするほうがまだ楽だって言ってたよ。当然彼はそんな曲芸はできないけどね」
ハルカは一度それを想像してみたが、できている姿が浮かんでこない。そもそも全力で走ったことが学生以来なかったハルカにとって、全力疾走のしかたがまずわからない。想像することすら難しかった。
「だからね、ハルカさん。ハルカさんは特別変なことをしてるってことを知っていたほうがいいし、パーティを組んでるなら、仲間だってそれを知っておくべきだって思ったの。わかった? わからなかったらもう一度説明するけど」
続けざまに入ってきた知識に頭の整理がついていなかった一行は、ひとまず首を横に振った。
モンタナは理解したのかしていないのか、持っていた棒をテオに押し付けて、また茂みの中にガサゴソ入っていった。