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お留守番と囚人の不安

「冒険者って結構忙しい仕事なのね」


 ぱたぱたと走るユーリと、それをのっそり追いかけるナギ。ユーリは訓練のつもりなのか、最近こうして体を動かしていることがよくある。

 それを眺めながら、魔法をいくつか操作しているハルカに、何気なくカーミラが問いかけた。数十個浮かんでぐるぐると空を回っていた水球の一つがぶつかり、バシャリと音を立てる。

 ハルカは操作に失敗したことに一人反省しながら、それらを全てかき消した。


「ごめんなさい、邪魔したわ」

「いえ、些細なことで操作をしくじった私が悪いです」


 仲間たちはハルカが一人で魔法の訓練をしていると、あまり声をかけてくることがない。コリンが弓を引いている時も、アルベルトが剣を振るう時も、モンタナが剣に魔素を纏わせる時も、やっぱり誰も声をかけない。

 いつの間にか暗黙の了解とも言えるようになっていたそれは、訓練に集中できるという意味ではとても良かったが、様々なことを気にしなければならない実戦を思えば、邪魔が入るくらいの方がちょうどいい。

 とはいえハルカは、会話を試みてきた相手を放って訓練に集中できるような性格はしてない。


「本来、依頼をこなしたらしばらくのんびりするものなんですけれどね。今回の場合事が事ですので、そうもいかないんですよ。全部が上手くいけば、しばらくは拠点でのんびりできると思うんですけどね」

「私、あの街に来てからいろいろと調べたの。他の吸血鬼たちも、一部の冒険者には気を付けるよう話してたわ、偉そうにね。冒険者って何する仕事なの?」

「何をする仕事、なんでしょうね。生きていくためだったり、夢だったり、強くなるためだったり、何かをするための手段だったりするんでしょうけれど」

「お姉様は?」

「私は……、最初は生きていくためでした。今は、なんでしょうね、あちこちに行くのも楽しいですし、仲間たちと一緒にいることも、誰かの助けになることも楽しいですよ。たまに怖かったり、苦しかったりすることがないわけじゃないですが、それでも冒険者になってよかったと思っています」

「お姉様は……、どちらかと言えば私に近いと思ってたけど、違うのね」


 こてんと首を傾げたカーミラは何度か瞬きをしながらそう告げる。近いという意味がよくわからず、ハルカはしばし考えてから尋ねた。



「近いとは?」

「つまり……、特に刺激を求めず、穏やかに暮らしたいのかと思ってたんだけど……」

「……カーミラがそうだって言うんですか? あれだけ派手なことをしていたのに?」

「あの街にいたのは、他の吸血鬼たちにそそのかされたから。そうでなければきっと今も森に籠っていたはずだもの。でも痛感したわ、やっぱり外は怖い、戦うのももう嫌よ」

「でも、出会った時はノリノリで戦いを仕掛けてきていましたよね?」

「あれは……! 他の奴らに舐められたら、犬を守れないと思ったからよ。あいつら、すぐに私の犬をいじめようとするから」


 カーミラは度々そのような雰囲気を出してきていたが、どうやら本当に争い事が好きではないらしい。

 長年の一人きりの暮らし。自分を慕う犬たちを大事にする姿。臆病な性格。そこからハルカは一つの答えを導き出した。


「カーミラは、もしかして一人でいるのが寂しくなって、友達をつくるために街に出てきただけですか?」

「……他の吸血鬼が、私の力が必要というから出てきてあげたのよ。私これでも千年級の吸血鬼だもの」

「その割に仲は良くなさそうでしたね」

「あいつら、口ばかりで私のことを馬鹿にしていたわ。いくらいつも一人でいたからってそれくらいわかるのよ。吸血鬼の能力としては私の方が上だから、直接は何も言ってこなかったけどね」

「ではさっさと別れてしまえばよかったのでは?」

「……仕方ないじゃない、もう犬を連れてたんだから」


 この場合犬というのは最初に魅了した辺境伯のことだろうか。


「魅了を解いていなくなっては?」

「そんなことしたら他の吸血鬼たちがやられちゃうわ。だってあの犬、とっても強いもの。それに吸血鬼と人が住まう良い国をつくるって言ってたのよ。少なくともはじめのうちはね。あなたたちがああして現れて、計画の邪魔をしたってことは、やっぱりそれも嘘だったんでしょうね。来たのがお姉様じゃなかったら、私も生きていないかもしれないわね」


 カーミラは捕まってからというもの、暗い顔を見せずにずっとハルカに懐いてきていた。だからハルカは、彼女があまり難しいことを考えていないのだと思っていたが、そうではないようだ。

 途中で地面に体育座りになってしまったカーミラは、膝に顔をうずめて段々と元気がなくなっていく。ハルカも、どうしたものかと思いつつそっと横に腰を下ろした。


「私、この後どうなるのかしら?」

「……私個人の意見ではありますが、しばらく様子を見て問題がないようでしたら、拠点でのんびり暮らしてもらおうかなと。ほら、犬の方たちも訪ねてくると言ってましたし」


 犬の方、と言いながらハルカは自分でも変な表現をしているなと思いつつ、それを無視して言葉を続けた。笑っていい場面ではない。


「さっきも言ったけど、私、千年生きた吸血鬼よ。お姉様には勝てないかもしれないけれど、夜になれば他の人たちには負けない自信があるわ。戦いが得意でなくても、力はあるもの。街に住んでいるのがばれたら、きっとお姉様にも迷惑をかけるわ」

「……拠点、と言いましたが、私たちの拠点は街の中にありませんよ。忘れ人の墓場と呼ばれる、そのー……この間まで草木も生えずにアンデッドだらけだった場所に建っています」

「……え?」

「あ、いえ、今はすっかりきれいになってますし、仲間たちも幾人か暮していますよ。えーっと、だから、多少の事情があってもいずれ馴染めるはずです」

「……多少?」

「ええ。強い冒険者もいますし……、街の法が適用されるような場所ではないですし。ですから、私たちとの約束さえ守っていただければ、特に問題はないと思うんですけど」


 カーミラは首を傾けて膝に頬をつけたままハルカの方を見て動きを止めた。目が大きく開き、それからゆるりと半月型に。唇も弧を描いてから、小さく口が開かれる。長く伸びた犬歯がちらりと見える。

 美人の顔に注目をすると心臓に悪い。


「……私、あなたたちと一緒に暮らせるのかしら?」

「ええ、まぁ、私たちは冒険に出ることもよくありますが。他にも人はいますし……。戦うのが得意でないと言っても、カーミラが拠点に常駐してくれるというのなら、心強いですしね。ところでカーミラ、私に魅了とかかけてませんよね? なんかすごく甘いことを言っているような気がするのですが」


 カーミラはにまっと笑ってからまた膝に顔をうずめ、くっくっくと堪えるように笑う。


「かけていないわ。同じくらいか格上に上手くかけるには、血を吸う必要があるの。それでも力の差があると多分無理ね。もしお姉様が私に甘いのだとしたら、それは多分ただお姉様が優しいか……、私のことを好きかのどっちかよ」

「あ、そうですか」


 視線だけを向けてそう言うカーミラは、性別問わず魅力的に見えたが、ハルカはその言葉が本当なのか疑いながら指先で頬をかく。


「お姉様、もっともっと私のこと甘やかしていいわよ? 私、甘やかされるの好きだわ」

「……いえ、あまり甘やかすと帰ってきた仲間たちに怒られるので、これくらいにしておきます」

「残念ね」


 服についた草を払いながら立ち上がったハルカを、カーミラは拗ねた顔をして見上げた。


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― 新着の感想 ―
何だっけ?ときめきを失くした永遠より熱い刹那をかな 誰かが歌ってたような
うわぁぁぁあああ…うわあああああああ…!!!ニヤニヤが止まらない…
[良い点] 何百年後にハルカとカーミラだけ生き残っていたら二人で森の中で籠ってそうな感はあるww
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