慌ただしい別れ
「モンタナはさ、どうして冒険者になったの」
木に寄りかかってぼんやりとしていたイーストンが不意に口を開く。
モンタナは作業の手を止めてイーストンを見てから、空を見上げてしばし考える。
「……いろんな冒険者が家に来ていて、いつか自分も旅をしたいと思ったです。…………でも、もしかしたら、家から逃げただけだったかもしれないです」
「どういうこと?」
「自分がいない方が、自然なような気がしたです。父にも母にも大事にしてもらったですけど、自分の居場所がそこじゃないような気がしたですよ」
「ふーん……、難しいことを言うね。今はどう?」
「楽しいです」
「楽しいんだ、やっぱり」
「楽しいですよ」
「そっか。……僕も冒険者の登録しようかな」
「いいと思うです。きっとみんな喜ぶですよ」
「そうかな? そうだといいけどね」
「今とあまり変わりないと思うですけどね」
「……ま、そっか」
北方では夏でも時折涼しい風が吹く。
そよそよと静かに草がたなびく中、二人は珍しくのんびりと言葉を交わす。
「アル、帰り遅いね」
「そですね。多分なんかやらかしてるです」
「僕もそう思うよ。帰りを待っているだけで楽しいっていうのは不思議だね」
「退屈しないです」
デザイア辺境伯の屋敷を出ると、すぐに冒険者ギルドが見える。そこに人の壁ができているのが見えて、ハルカたちは素通りするかどうか迷って、結局様子を見に行くことにした。
壁を作っている人の大部分が、先ほどアルベルトとコリンが床に沈めた冒険者たちだ。
囲まれているのはセネスだ。いつまで付き合ってやる気なのか、隣にはリョーガの姿もあった。
「あっ、あいつら!」
中の一人がハルカたちに気がつくと、冒険者たちに動揺が広がり、幾人かが顔色を悪くして後ずさる。
「せ、せめて治療費を出すか、出させるかしてくれよ!」
「それは、お前らが勝手に喧嘩を売って負けたんだろうが!」
「それでも俺たちはあんたの指揮下で冒険者をしてるんだぜ!? いずれ冒険者宿を作るって言って集めたのはあんたじゃないか!」
「余所者に喧嘩を売れなんて言ってない! お前たちが勝手なことばかりするから評判が悪くなって、父上からも警告されたんだ! もう一緒になんかやっていられるか」
「この、くそ……! 調子に乗りやがって……!」
冒険者の一人がいきりたつと、リョーガがわざとカチンと刀の鍔を弾いて音を鳴らした。
「あ、あんただって、雇われだろ! 邪魔するなよ!」
「拙者は十分に給金を支払ってもらってたでござるよ。お主だって働いた以上に金をもらったはずでござる。先のことが保障されなくなったからって見苦しい……、恩や義理はないでござるか?」
「そんなもんで飯が食えるかよ!」
「ほう……、では今から恩知らずの素っ首切り落として、飯を食わなくてもいいようにしてやるでござる」
すらりと抜かれた刀に、男たちはさらに逃げ腰になった。
「じょ、冗談だろ」
「身軽になりたいものから前に出るでござる」
「やってられるか、くそ!!」
次々と背中を向けて逃げ出す冒険者たちを、リョーガはその場で見送って刀を納めた。
「ごろつきを集めて街のために役立てようという案は悪いものではない。しかし所詮こんなものでござるよ。セネス殿、真に人の上に立ちたいのであれば、もっと自身を磨くべきでござるなぁ」
「……俺は、そんなに間違ったことをしていたか?」
「知らんでござる。拙者はその答えを持っておらぬゆえ」
とても声をかけづらい、微妙な空気だった。コリンは自分の仕事じゃないと思っているし、カーミラは傘をくるくると回しながらよそ見している。
「おいリョーガのおっさん、俺らもう街でるからな」
こういう時に口火を切ってくれるのはいつだってアルベルトだ。しょぼくれたセネスを完全に無視してリョーガに話しかける。
「お、そうでござるか。旅は道連れ、一緒にと思っていたんでござるが、セネス殿が思ったよりも危なそうでなぁ」
「放っとけよ」
「一宿一飯どころでなく世話になってるでござるから、けりが付くまで付き合うでござるよ」
「なんだよ、つまんねぇな。決着つけてやろうと思ったのに」
「わははは、そんなに負けを急がずとも大丈夫でござるよ。お主ら、冒険者ならどこか拠点がござろう? 拙者の方からそのうち訪ねるでござる」
「負けるのが怖いから逃げるってことだな」
「首洗って待ってろでござる」
ハルカは苦笑しながら応酬に割って入る。
「【独立商業都市国家プレイヌ】の〈オランズ〉という街の冒険者ギルドを訪ねてください。そうすれば多分お会いできますので」
「ふむ。たまには寄り道せずにまっすぐ向かってみるでござる。ところで、青年の持つそれ、一見ただの大剣のように思えるが、拙者の刀と同じようによく練って作られているでござるな。刀匠は誰でござるか?」
「知らねー、貰ったもんだし」
「……貰った? 冗談は止すでござるよ。刀匠の作った間違いなく特注の大剣でござるよ? 家宝でござろう」
コリンがじっと、アルベルトの剣を見てリョーガに尋ねる。
「そんなに? すごく高い?」
「値段はわからぬよ。しかし名うての刀匠というのはとにかくプライドが高く、人の注文など聞きやしないでござる。一体どんな手を使って大剣を打たせたんでござろうか?」
「そうじゃなくて、もし値段をつけるとしたら?」
「専門家でないからそんなことはわからん。しかし自分好みの刀を作らせるのに、金山を差し出すと言っても断られた大名もいるでござる。ああ、大名というのはこっちでいう領主でござるな」
コリンは目を輝かせて大剣をじっと見つめていたが、やがてごくりと唾を飲んでから、ゆっくりと目を逸らしていく。
流石にアルベルトがクダンから貰ったものを、そういう目で見るわけにはいかないと思ったらしい。
あえてそちらを向かないように、体の向きごと変えて腕を組む。
「ま、とはいえ武器は道具でござる。使わなければ何にもならんでござるからな。ところで誰に貰ったでござるか? ぜひ刀匠との交渉の仕方を教わりたいのでござるが」
「クダンさんっていう冒険者です。今は……オランズの街にいると思いますが」
「……聞いたことある名でござるな。弓の名家トウホク家とたった一人で戦争し、勝利をおさめた剣鬼の名でござる。その後トウホク家の娘を娶ったとか、攫ったとか……? ま、ホントか嘘かもわからぬ御伽噺でござる。しかしもしかしたらその血筋のものかもしれんなぁ。いずれにせよそちらに寄るついでに訪ねてみるでござるよ」
わははと笑うリョーガに対して、ハルカたちは顔を見合わせて思う。この話、きっと本人のことなんだろうな、と。
「……ええと、とにかく、そういうことですので、私たちはこれで失礼いたします。またいずれお会いできる日を楽しみにしてます」
「いや、これは美女が丁寧にありがたいでござるなぁ。こちらこそ、顔を忘れないでいてくれると嬉しいでござるよ」
互いに深く頭を下げてすんなりと別れを告げる。まだリョーガや【朧】について知りたいことはあったが、今は仲間を待たせているし、急ぎの用事もある。
いずれまた会えるのならば、その時にゆっくり聞けばいい。
ハルカたちはまっすぐ街の外へ向かう。
……屋台の匂いに誘われてほんの数軒、立ち止まって買い物をしたこと以外は、まっすぐ街の外へ向かうのだった。