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男であり、夫であり、辺境の主である。

 デザイア辺境伯の下へ行くと、しばし待たされてから本人が別室から戻ってきた。


 伴侶との時間を過ごしていると聞いていたので、ハルカは報告を翌日に回す気でいたが、ネイブに勧められてそのまま報告に来ることにした。

 翌日に回したところで、結局誰かと一緒にいるので無駄だそうだ。それにデザイア辺境伯は気を使われるよりも素早い報告の方を好むという。


「思いのほか仕事が早かったな。ネイブ、首尾は」

「十分に思い知ったかと。警告も済ませました」

「そうか。上等な護衛がついていると聞いていたがそちらは?」

「そちらの、アルベルト様が対等に渡り合っていました」


 対等、と言われてアルベルトは少しむっとした顔をしたが、決着がついていないのだからそれ以上に伝えようはないだろう。


「一つ尋ねたい。チームの実力は全員そこの青年と同程度か?」

「……アルの方が私より強いです。アルに勝ち越している仲間がもう一人。同行している友人もそれと同じかそれ以上に強いですねー。まー、ハルカが一番強いですけど」

「念のため申し上げておきますと、コリン様も兄上の集めていた冒険者たちがまるで相手にならないほどの実力はありました」


 ハルカとアルベルトが答えに詰まると、それを横目で窺ったコリンがスラスラと答え、ネイブが補足する。


「なるほど。もう一つの依頼をするのには十分な実力がありそうだな。ネイブ、部屋から出ろ。ここから先のことは機密事項だ」

「承知しました」


 ネイブが文句のひとつも言わずに外へ出て、扉が閉まってからしばらく。デザイア辺境伯は一枚の紙を取り出した。マッチを擦ってそれに火をつけて、灰皿にポイッと捨てる。


「昨日届いた手紙だ。我が子二人がどこぞで歓待を受けているらしく、その身の安全のために女王陛下からの依頼を断れと、図々しい要求が書かれていた。実に忌々しい」


 拳を握った辺境伯は手紙が燃え尽きるのを確認してから背もたれに寄りかかる。


「先代の王には卑屈な目をする弟がいてな。野心はあっても理想を持たぬそいつを、儂は常々気に食わん奴だと思っていた。あ奴もそれには気がついたようだったがな。卑屈で、卑怯で、自分こそが人から選ばれるにふさわしいと思っている小物よ。……儂は、人から命令されるのが大嫌いだ。かといって妻の手前、二人の子を何もせずに見捨てるというのも気に食わん」


 話しながら引き出しから二枚の紙を取り出した辺境伯は、ハルカたちへそれを差し出す。似顔絵が二枚。知った顔だった。


「あー…………」


 すとんとネイブの顔に見覚えがあったことに納得がいった。差し出された似顔絵は、〈プレイヌ〉の街へ行く途中に出会ったインチキ冒険者、ジョゼとヒエロのものだった。

 顏のパーツが、どことなくデザイア辺境伯やネイブと似ている。


「なんだ、その意味ありげな声は」

「……こちらの二人でしたら〈プレイヌ〉で会いました。何者かに狙われているようでしたが、冒険者を続けるというので街で別れたんです」

「……縁を活かせぬとはとことん愚かな子らだ。しかし、そうであれば話は早い。陛下に協力するついでで構わん、救える機会があればこの愚かな子らを救ってやってくれ。儂は兵を出す。人質を取られたくらいでこの儂を制御できると思われることがとにかく気に食わん」

「おそらく公爵領のどこかなのでしょうけれども、捕まっている場所は分かりません。まだ手紙も残っているのですぐに向かうこともできませんが、それでもかまいませんか?」


 優先順位の問題だ。エリザヴェータの手紙を届け終えない限り、どれだけ時間がかかるかわからない人質救出に、それほどの時間は割けない。遅れれば遅れるほど人質の身に危険が迫ることは分かるのだが、手紙を届けるのが遅れることで、どれだけの被害が出るかも想定できない。

 できることは、いち早く手紙を届け終え、エリザヴェータに報告し、人質救出の任務にあたることだ。


「失敗しても文句は言わん。無茶な願いだと承知している。しかし何もせんわけにはいかん。それに……おそらく捕まっているのはうちの馬鹿どもだけではないはずだ。解放することで此度の征伐に力を入れる領主も増えるだろう」


 ずいっと差し出された依頼書には、条件が細かく記されていた。この数時間、妻と遊んでばかりいたわけではなく、きちんと必要になるであろうものの準備も済ませていたらしい。

 ハルカはコリンと一緒に条件を確認してから、アルベルトの承諾を得てそこにサインをする。

 成功すれば莫大な報酬。元から達成が難しいと考えているデザイア辺境伯からの信頼を得ることもできるだろう。失敗をしてもデメリットはない。


「依頼をお受けします」


 ハルカが紙をデザイア辺境伯の下に戻すと、アルベルトが隣にいるユーリに話しかける。


「観光してる暇なかったか。街見といてよかったな」

「うん」


 そんな二人に目を向けて、厳めしい表情をしたままデザイア辺境伯が声をかける。


「……急かすような形になったか。また街に来る機会があれば歓迎してやろう」

「依頼を達成したら歓迎してくれよ」

「ふん、冒険者は怖いものを知らんな。まぁよかろう」


 鼻を鳴らした辺境伯だったが、アルベルトに対して含むところはなさそうだった。冒険者はこういうものだと理解しているからこそ、アルベルトの無礼な発言も気にならないのかもしれない。

 そもそも公の場であれば、辺境伯からアルベルトに声をかけることはなかっただろうし、アルベルトだって無駄に減らず口を叩いたりしない。


 デザイア辺境伯は、ハルカたちが今まで出会ってきたどの貴族よりもどっしりと構えており、底の見えない人物であるように思えた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんだかんだ言ってこういう領主が君臨している町は暮らしやすそうですよねぇ。息子〆るのに遅れはとってるでしょうけど。
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