伯仲
「ネイブ、覚えてろ! 俺が領主になったらただじゃおかねぇからな!」
ツンとした態度でセネスを無視してネイブは続ける。
「私は早々に自分の非才を感じて領主争いから身を引きましたが、兄はそうではないらしいです。冒険者を一つの派閥としてまとめて、その候補に名乗りを上げたいのでしょう。……従うのは街にたむろするような奴らくらいですが」
妙な手を使って配下の冒険者としての階級を上げている理由はそこにあったというわけだ。計画の邪魔をされて怒り心頭なのも理解できる。
「なんかあいつ強そうだな」
「リョーガ先生と呼ばれた人ですよね。武器を見るに【朧】の人でしょうか」
「だろうな。あっちもやる気みたいだし、ちょっと手合わせしてくるか」
やる気なのは雇い主のセネスだけのように見えるけれど、結局戦う必要はありそうだ。殺せと言っていないが戦いには万が一のこともある。
「アルがそうしたいのなら。気を付けてくださいね」
「おう、ちょっと勝ってくる」
いざとなれば介入する心持でハルカはその背中を見送る。アルは文句を言うかもしれないけれど、別に一対一をしなければならない理由もないし、そんな約束もしていない。
冒険者らしいというか、こざかしい考え方だとは思ったが、ハルカにとってはよそからの評価より、アルの命の方が大事だ。
身構えるハルカに、アルベルトが振り返る。
「邪魔すんなよな。死なねぇから、怪我したら治してくれ」
「…………」
「おい」
「……わかりました。けど殺し合いになるようでしたら邪魔しますからね」
「……わかったよ」
ブスッとした顔のアルベルト。
それでもやめろと言わないのは、アルベルトも相手の強さをなんとなく察しているからだろう。
「拙者はセネス殿の護衛と、依頼の手伝いをする役は仰せつかったが、義のない戦いはしたくないでござるよ」
「仲間があんなにやられてるんだぞ! 先生も一緒に酒を飲んだ仲だろ!?」
「拙者はちびちびとやってただけで、奴らとは話もしたことないでござる」
「いいから! 高い金を払ってるんだぞ!」
「はぁ……、気乗りしないでござるなぁ……。拙者武者修行の旅に来たのであって、チンピラの世話をしたいわけじゃないんでござるけどなぁ」
アルベルトの方をちらり、セネスと倒れている冒険者たちをちらり。全てをチンピラと評したリョーガは、ようやく懐に入れていた手を出して歩き出した。
先日ベティの戦いを見ていたアルベルトは居合を警戒して距離をとる。遠い間合いで大剣を引き抜き、自分の体に隠すように剣先を後ろに向けて構えた。どのタイミングでも薙ぎ払いを繰り出せる構えだ。
おっという顔をしてリョーガは大小二つの刀を抜いた。左手の大刀を上段に、右手の小刀を中段に構える。ゆらりと脱力した構えに緊張感はない。
互いの攻撃範囲に入らないまましばらくにらみ合った二人だったが、そのまま歩みをすすめずにリョーガが声を発した。
「セネス殿、これは……一筋縄ではいかぬよ」
歯を見せて笑ったリョーガの目は、先ほどまでとは違い鋭く見開かれ、ゆらりと構えた刀が揺れる。
「拙者【神龍国朧】、〈御豪泊〉の侍、リョーガ=トキにござる。お主の名を聞きたい」
「【独立商業都市国家プレイヌ】〈オランズ〉の冒険者、アルベルト=カレッジ。一級冒険者だ」
「若いのに堂に入った構え。事情はさておき、いざ尋常に勝負でござる」
話しながらもずりずりとゆっくりと距離を詰めていたリョーガが、言葉が切れると同時に上段に構えた刀をピクリと動かした。
誘われたのか、最初からそのつもりだったのか、アルベルトが隠していた大剣を横薙ぎにする。
リョーガはスリ足を使い紙一重でそれを避けると、そのまま上段に構えた大刀を振り下ろした。しかし、薙ぎ払いの姿勢のまま距離を詰めていたアルベルトにそれは当たらない。
それも計算のうちだったのか、首を狙って突きだされた小刀を、アルベルトは体を捻って避けて、そのままリョーガの体に体当たりをする。
下から上へ、低い姿勢で突き上げる様に行われた体当たりは、リョーガの体を浮かし、数メートル吹き飛ばした。体から空気を吐き出されて体勢を崩したリョーガをアルベルトは追いかけ、今度は大剣を力いっぱい振り下ろす。
完全に体勢を崩しているかに見えたリョーガだったが、着地と同時に迫りくる大剣に向かって、的確に小刀を突き出した。
先端がぶつかり、火花を散らしながら大剣が僅かに逸らされ、石畳を割り礫を舞い上げた。
飛んだ礫のうち、一番大きいものがリョーガの顔に向かう。
小刀でそれをはじいたリョーガだったが、石を追いかけるように再びアルベルトの大剣が切り上げられていることに気がつき、初めてスリ足をやめて大きく後ろに飛んで距離を取った。
逃げられてしまい舌打ちをするアルベルトと、難しい顔で息を細く吐くリョーガ。
ピタリと両手の刀を構えなおしたリョーガは、全員に聞こえるように声を上げる。
「割に合わん。これ以上は本気で殺し合いになるが、セネス殿はまだ続けろと言うでござるか? そちらにおわす姫たちも、殺し合いをお望みなら拙者はまだ続けるでござるが」
「殺してもいい!」
「成程、承知した。そうでござるかー、ではやるしかないでござるなぁ。いいやしかし、今のセネス殿を守るものがいないのが心配でござるな! もしそちらが狙われたら、拙者助けに行くことができないでござる!」
「リョーガ先生、何を……」
「あー! 狙われないといいんでござるけどなぁ!」
ごぼごぼ、と水に空気が漏れる音がした。
「リョーガさん、セネスさんの命は預かりました、戦いをやめてください」
「わぁ、これは困ったでござる。拙者はまだ負けてないでござるが、雇い主が捕まったら仕方ないでござるなぁ」
リョーガはわざとらしくそう言いながら、刀を鞘にしまい両手を挙げた。
「続けてたら拙者が勝ってたんでござるけどなぁ」
「おい、聞き捨てならねぇぞ」
「いやぁ、本当に残念でござるなぁ!」
「俺のが有利だっただろうが!」
「拙者これから本気出すところでござったし」
「今押されてただろが!」
「いやいや、拙者カウンター型の剣士ゆえ、押されてたのではなく様子見てただけでござるよ」
「負け惜しみだな」
「何を根拠にそんなこと言うでござるか? はぁ? っていうか石畳の上、スリ足しにくいんでござるが?」
とたんにはじまった言い争いに気を取られたハルカに、ネイブが慌てて声をかける。
「ハルカ様! 兄上が死んでしまいます!!」
「あ、すみません!」
すでに地面に倒れピクリともしなくなったセネスを見て、ハルカは慌ててウォーターボールを解除した。
セネスに駆け寄ると既に呼吸をしておらず、ハルカは顔を青ざめてセネスの体を横に向けて、背中を叩きながら治癒魔法をかけることになるのだった。