冒険者同士の争い……?
死屍累々。
誰も死んではいないけれど、そんな言葉を想像するような光景だった。
攻撃してきたもの全員を倒したところで、ユーリがパチパチと手を叩く。
きちんと左腕に抱いたユーリを庇ったまま戦い切ったアルベルトは大したものだ。
すっかり戦いの中にいることに馴染んで怖がりもしないユーリを見て、ハルカとしては複雑な気分だ。
いつか冒険者になりたいと本人が希望しているので、持っている感覚に大きな問題はないのだろうけれど、あまり暴力的なことに慣れすぎるのも心配だ。どこかで普通の学校生活とかもさせてあげたほうがいいのかもしれない、と腕を組んで考える。
本当は自身で色々と教えてあげたいのだけれども、どうも自分も無自覚に常識から外れているらしいことは何となくわかっていたからこそでた、学校という選択肢だった。
荒くれ者たちが次々と薙ぎ倒されていくのを平然と見ていることこそが、その常識が足りないところなのだが、本人はそれには気づかない。
いつの間にか冒険者の、それも一部の特に喧嘩っ早い部類の考え方にすっかり毒されている。
ギルド内が静かになると、受付のカウンターに隠れていた職員がそーっと顔を出して様子を窺っている。
たくさんの冒険者が床で呻いているのを見て、職員は顔を青ざめさせた。
その時ハルカの後ろから声が上がる。
「おい、お前らどうした! 誰にやられた! ……うっ、ひでぇ……」
ハルカたちの間から中を覗き込んだその男は、顔を顰めると、鼻息荒く中へ乗り込んだ。
中ではコリンがアルベルトを問い詰めている。
「なんでこんなことになってんのよ」
「しらねぇよ。見にきただけなのに絡まれたんだよ」
「なんで来ただけで絡まれるわけ?」
「いい剣持ってるから、寄越せって」
「……本当にそんなこと言われたの?」
ユーリがこくりと頷くと、コリンは目を閉じてうーんと悩んでから、目をかっと開いて告げる。
「じゃ、仕方ないか!」
「だからさっきからそう言ってんだろ!」
「ごめんごめん、無意味に喧嘩してること多いからさー」
コリンの裁定によればアルベルトは無罪ということになったらしい。さてそれでは床に転がっている人たちの治療でもしなければとハルカが思っていると、男がコリンたちに指を突きつける。
「お前らか!? こんなひでぇことしやがったのは」
「ひでぇって何だよ。意味わかんねぇこと言って、子供連れてるやつに掴みかかる方が悪いだろ」
「……何があったかはしらねぇけどな、ここまでする必要あったか? こいつら、肩外されたり、骨折られたりしてるじゃねぇか」
そう現実を突きつけられると、何もしていないハルカが罪悪感に駆られる。確かにそこまでやる必要があっただろうか、と思いつつチラリと言われている当人たちを見ると、めんどくさそうな顔をしているだけでまともに取り合う気はなさそうだった。
「だって立ち上がって反撃されたら面倒でしょー」
「面倒で人の骨を折るんじゃねぇよ!」
「……うるせぇな。コリン、ユーリ頼む」
アルベルトはユーリをコリンに預けると、至極真っ当なことを言ってくる男に詰め寄った。
「じゃあなんだ? 俺がこいつらに素直に俺の剣をプレゼントするか、断ってぶん殴られてたらよかったっていうのか?」
「やりすぎだって言ってんだよ! 俺たちはこれからチームを組んで手広くやっていくつもりだったんだ! どうしてくれるつもりなんだ、あ?」
「つまり何だ、お前がこいつらの責任者ってことか?」
「そうだ。俺こそが二級冒険者にして……」
「仲間の躾くらいちゃんとしとけ」
頬を殴られた男は、そのままたたらを踏んで、膝が砕けるようにして床に座り込んだ。そのまま殴られた頬を撫でて、しばし呆然としてアルベルトを見上げた男は、見る間に顔を真っ赤に染めた。
そして立ち上がり……、よろけて入り口までふらついてきてまた転んだ。ハルカとカーミラの間で無様に床に座り込んだ男は、かろうじて立ち上がり、アルベルトに詰め寄りながら指を突きつけて大声を上げる。
「殴ったな!! 俺を誰だと思ってやがる! 二級冒険者にして、デザイア辺境伯の六男である、この! セネスを!! 父上にも殴られたことがないんだぞ!」
「知るかボケ!!!」
倍くらいの大声で一喝されたセネスは、驚いて三度床に尻をつけた。そしてそのままずるずると後退しながら、セネスは外に向けて助けを呼ぶ。
「先生! リョーガ先生! 頼む、こいつを叩きのめしてやってくれ!!」
「うぐ、やっぱり呼ばれるでござるか……」
かなり離れたところで、ボロボロの服を着て無精髭を生やした男が一人、めんどくさそうな顔をしてつぶやいた。
腰には大小二振りの反った剣。ハルカにはわかる、刀を帯びている。
ツンのめりながら走ってリョーガの下へ向かったセネスは、その後ろに回りアルベルトたちを指差す。
「あいつらだ、頼むぜ先生!」
「指差すんじゃねぇ! へし折るぞ!」
「うおお、先生、早く!」
「なんか嫌でござるなぁ。これだって、お主らが悪いんでござろう?」
「いや、あいつらが悪い! ここまでされるほどのことはないはずだ!」
「気乗りしないでござるなぁ」
ハルカは漫才のような掛け合いをしている人たちの方ではなく、ネイブがいた方をじっと見る。建物の陰からそっと顔を出したネイブと目が合ったので、ちょいちょいと手招きをすると、ネイブが気まずそうにそろりとそばに寄ってきた。
「……なんか、お兄さんが主犯のようですけども?」
「あの、ええ、はい。父上がもう、それはもうボコボコにしてくれていいと言っていますので」
「息子さんなんでしょう? 冒険者同士の争いではないように思えるのですが?」
「えー……。呼ばれた時以外は、基本的にその時に所属している場所の一人として扱うようになっていますので。申し訳ございません、くだらない話にお付き合いさせてしまって」
「まぁ……、こちらも勝手に暴れていたみたいなので、文句を言えた義理はありませんけれど……」
「おい! そこにいるのはネイブか!?」
「……お兄さんがお呼びですよ」
その時、ネイブに気がついたセネスが声を上げる。
「ネイブ! お前兵士だったよな! おい、こいつらを捕まえろ、暴行犯だぞ!」
ネイブは大きなため息をついて姿勢を正し、ツンと顎を上げて答える。
「冒険者同士の争いに、私たち兵士は基本的に不介入です。冒険者ギルドの方で対応してもらってください」
「馬鹿! この! クソ真面目なこと言ってないで捕まえろって言ってんだよ!」
ネイブは続く言葉を無視して、姿勢を変えずにハルカに答える。
「兄が、ご迷惑をおかけいたします。何人かいるんです、ああいう兄弟が」
どうも兄弟が多くいるというのも苦労が絶えないらしい。
さてどうしたものかとハルカはカフスを撫でながら、ギルドから出てくるアルベルトを待つのだった。