冒険者と共にあること
ナギの影に入り剣の整備をしていたイーストンが、ふいに口を開く。
「……モンタナ、アルはトラブルを起こさずに帰ってくると思う?」
「思わないです」
「そう、僕もだよ」
「でも、大丈夫だと思うです」
「ま、そうだね」
ナギは首を上げて街の壁を見て、「ぐお」と鳴いてまたべたりと地面に顎を付けた。
「賑わってるな。王国の中じゃ一番冒険者が多いんじゃねぇか?」
「うん。いっぱいいる」
「別に荒れてるようには見えねぇけどな」
「〈オランズ〉とおなじかんじ」
冒険者ギルドの周りにはガラ悪くたむろする冒険者たち。
【独立商業都市国家プレイヌ】では、そこら中に冒険者がいるのが当たり前になっており、街の人もすっかりその光景に慣れている。しかし、そういった文化がない地域においては、武器を持っていて気性が荒そうな者たちにわざわざ近寄る人はいない。
ここの冒険者が領主に雇われて巨人討伐にばかり赴くせいで、街の人たちとの関わりが薄いのも、その原因の一つだ。
また冒険者たち側にも、自分たちがはみ出し者ではなく、自ら進んで地域の開発に貢献しているという自負が大きくあるために、自尊心が過剰に肥大化しているところがある。
自分ではまだ何も成していないのに、先達の手柄にあやかって冒険者であるというだけで根拠のない自信を持ってしまっている。
アルベルトにしてみれば、冒険者というのはただの荒くれ者の集まりという認識だし、喧嘩が起こるのも当たり前だと思っている。ただ【独立商業都市国家プレイヌ】においては、そんなことばかりしていれば依頼が受けられなくなるので、喧嘩をするのもほどほどということになる。
しかしここであれば厄介払いのように前線に送られるだけなので、いくら暴れても仕事がなくなるということはない。
アルベルトとユーリにはこの辺りの違いが分からず、この冒険者ギルドが他と変わらない状況にあるように思えていた。
「どんな依頼があるか見てみようぜ」
だからアルベルトは本当に純粋に、ただ依頼を覗きに行くために冒険者ギルドに足を踏み入れようとした。
「おいおい兄ちゃん、子連れで冒険者かよ! 随分自信があるんだな」
そして案の定、入り口付近にたむろしている冒険者に絡まれた。
喧嘩っ早いアルベルトは、因縁をつけられていることがすぐに分かったが、喧嘩をするなという仲間の言葉が頭によぎり、空いた右こぶしを握るだけで我慢をする。
「弟にギルドを見せてやりてぇんだよ。別にいいだろ」
「ここは遊び場じゃねぇぞ。それにお前、見ない顔だなぁ? 初めて来たにしては良い得物持ってんじゃねぇか」
〈グルディグランド〉は王国の北の端にある、いわゆる辺境の都市だ。発展しているとはいえ、わざわざ外部の冒険者が訪れることは殆どない。そのため自然と冒険者ギルドを訪れる者たちは顔見知りになる。
つまり絡んでいる男たちにとってアルベルトは、冒険者になったばっかりのくせに良い装備をしている鴨に見えた。
「いいだろ、これ。貰ったんだよ」
クダンから貰った大剣の柄を拳でコンコンと叩いてアルベルトが笑うと、男は立ち上がって一歩距離を詰めてくる。
やや弛んだ体つきをしているが、見た目はアルベルトより一回り程大きい。
威圧するように見下ろして、男がすごむ。
「ほう、じゃあ俺に譲ってくれよ。どうせ貰いもんなんだろ?」
「は? やるわけねぇじゃん」
呆れ顔で答えたアルベルトが、男のことを無視して歩き出す。
ちょっと脅せば怯えるかと思ったのに当てが外れた男は、一緒にいた冒険者たちに嘲笑されて顔を茹でダコのように真っ赤にした。
男は少し先に進んだアルベルトを大股で足音を立てて追いかけ、その肩を掴もうとする。腕を伸ばして手が肩に触れようかという瞬間、その手首が振り返りもしないアルベルトによって掴まれた。
首だけ振り返ったアルベルトは、握った手に少し力を込める。
「喧嘩すんなって言われてんだよな。中見るだけなんだから、いちいち絡んでくんじゃねぇよ」
「は、離せ!! い、いてぇえ、離せって!」
痛みとミシミシと音を立てる骨に焦った男が慌てて手を引こうとするが、締め付けられた手首はびくともしない。
「おい、わかったのかよ」
「わかったわかった!!」
ぱっと手が離されると、全体重をかけて腕を引いていた男は、ドンと音を立てて地面に尻もちをついた。
笑っていた仲間たちだったが、様子がおかしいことに気がつき立ち上がり、尻もちをついた男の周りに集まる。
「お、おいおい、遊んでんじゃねぇよ」
「ったく、しょうがねぇな。ちょっとガキの躾をしてやるか」
「……や、やめとけ」
尻もちをついた男が顔を青ざめさせてそう忠告したが、それを囲んだ三人は馬鹿にしたような表情を浮かべて笑い、アルベルトをゆっくりと追いかける。
「ビビってんじゃねぇよ、だせぇな。安心しろよ、俺たちがあいつを這いつくばらせてやる」
「待ってろよ、お前よりみじめな姿晒させてやるから」
「マジでやめとけって!」
「うるせぇな、臆病風に吹かれてんじゃねぇよ!」
ゲラゲラと笑いながら追いかける仲間たちを見送って、男は手首を撫でて顔を顰める。あっという間に倍に腫れあがって熱を持ったそれは、間違いなくどこかの骨が折れているだろうことが分かる。
剣をぶつけ合わせたわけでもない、殴り合ったわけでもない、それなのにこれ程の実力差を感じたのは初めてのことだった。
惰性でつるんでいるとはいえ、仲間だと思って忠告をしてやったのに、馬鹿にするばかりでさっぱり聞く様子がない。
こうなっては却ってそいつらが打ちのめされる様子が見たくなった男は、手首を庇いながらそっとその後を追いかけることにしたのだった。
「アル、偉い」
「なんだよ、頭撫でるな」
「喧嘩しなかった、偉い」
「そうか? まぁ、相手にならなさそうだったしな」
ユーリにわしわしと髪をかき混ぜられながら、アルベルトは機嫌よく笑った。
そのまま依頼ボードを探してあちこちを見回してみるが、それらしいものが見当たらない。システムが違うのかと思い、受付に向かおうと歩き出して、アルベルトは首を傾げた。
風音を立てて耳のすぐ横を通り抜けた拳を掴み、そのまま力ずくで投げ飛ばす。地面に落ちた人物を確認するまでもなく、アルベルトは叩きつけた人物の顔面に靴底を落とす。
一瞬でそこまでしてから、アルベルトはゆっくりと振り返って口角を上げる。
「絡むなって言ったよなぁ? なぁユーリ、俺悪くないよな」
「うん」
「だよなぁ。おい、後ろのでかい奴、何で止めねぇんだよ。さっき約束したよな」
こそこそとついてきていた男は、自分の方に矛先が向いて慌てて弁明しようとする。
「へ、いや俺は……」
「言い訳してんじゃねぇ!」
アルベルトが一喝と共に足をダンと床にたたきつけると、床板が割れて跳ね上がる。力の差をはっきりとわからされていた男は、怯えて再び尻もちをついた。
「いいかユーリ、冒険者はな、舐められちゃダメなんだ」
「うん」
「だからな、直前の約束を破るような奴は、痛い目にあわせないとダメだ」
「うん」
ユーリがこくこくと頷くものだから、アルベルトもいい調子だ。
「よし、ぶちのめす」
「うん。ほどほどにね」
ユーリはこの世界に来てからのほとんどの時間をハルカたちと共に生きてきた。それは、毎日訓練で骨が砕け、あちこちに傷を負う姿を見てきたということだ。
暴力は良くない。良くないけれど、約束を守らない方がより良くない。
これは無意味な喧嘩ではないし、変なことでもない。
それがユーリの下した結論であった。