若々しい
「ごちゃっとしてんな。一度に色々見れておもしれぇけど。なんか欲しいもんとかあるか?」
左腕だけで抱えられたユーリは、腕の中でふるふると首を横に振る。
「そっか。んじゃ、冒険者ギルドの場所聞いてみるか」
街に入ってから脇道に逸れず真っすぐ進んできたアルベルトは、一応自分なりに迷わないように気を付けていた。一人ならともかく、ユーリを連れているので、今回トラブルを起こす気は本当にない。
自分の好奇心ももちろんあったが、ユーリに街を見せてやりたいと思ったのも本当だった。
アルベルトはたまに、ユーリを見ながら自分の幼いころのことを考える。
わがままを言って、泣いて喚いて地面に転げ回っていた。しかし思い出せるこれらの記憶も、今のユーリよりは随分成長した後の姿だ。
もっとわがままを言って、あれがしたいとかこれが欲しいとか言わないのかと、大人しすぎるユーリを心配していた。
アルベルトは道の途中にあった武器屋に立ち寄り、剣の手入れのための油を買って、店主に声をかける。
「なぁ、冒険者ギルドってどこにあんだ?」
「ん、なんだ? 他所から来たのか。そっちのは弟か?」
「ああ、そんなとこ」
ユーリの髪の色は、アルベルトとよく似た茶色に染められている。仲良く買い物をしている姿を見れば、年の離れた兄弟に見えなくもないだろう。
「冒険者ギルドなら道をまっすぐ行って、領主さまの屋敷のそばにあるぜ。前の広場に冒険者たちがたむろしてるから行けばわかる。でもなぁ、荒っぽいのも多いし、子連れで行かない方がいいんじゃないか? その立派な剣もやっかまれそうだしな」
「あー……、んならやめとくか」
目的を失ってしまったアルベルトは、店を出てきた道を戻りはじめる。
ユーリは何も欲しがらないし、冒険者ギルドは覗きに行けない。こうなると本当に買い物ついでに散歩をしに来ただけだ。幸い天気は良かったから、無駄足という気はしないが、ちょっと消化不良だった。
戻ってモンタナと訓練でもしようかと思っていると、珍しくユーリから話しかけられる。
「アル、冒険者ギルドいかないの?」
「ん? まぁな、聞いただろ武器屋の親父の話」
「いこ?」
「危ないって言ってただろ」
「僕、見に行きたい」
ユーリの主張にアルベルトは足を止めて頭を悩ませる。ユーリが本当にそう思っているのなら連れて行ってやりたいけれど、自分に気を使っている可能性もあると思ったのだ。
「見に行って面白いか?」
「うん。僕も冒険者になるから、見たい」
「…………行くか!」
「うん!」
この提案は、早く冒険者になって、皆と横並びで歩きたいと思っているユーリの本心であった。まさか普段大人しくて聞き分けのいいユーリがアルベルトを唆すとは、留守をしている二人にも予想のつかないことであった。
結局またくるりと反転したアルベルトは、まっすぐ道を進んでいく。二人とも機嫌よく、笑ってしゃべるその姿は、確かに先ほど店主が勘違いした通り、まるで兄弟のようであった。
これまでたくさんの領主の屋敷や城を見てきたハルカだったが、ここに来てもまた、ほんの少し委縮していた。調度品や壁に架けられた絵画、飾られた壺。自分には価値が分からないけれど、きっと高価な物なのだろうと思われる品が多いと、どうにも緊張してしまう。
余計なところに手が触れないように気を付けて廊下を歩いていた。
女王からの使いのものだと伝えてはいたが、同時に大っぴらに式典をして迎えてほしいわけではないとも伝えている。礼儀作法なんてわからないし、どこで時間を取られるかわからない現状、用事だけ済ませてさっと次の目的地へ向かいたい。
そのおかげで、デザイア辺境伯との面会は、人の目に触れない客室で行われることになった。
「ネイブです。お客様をお連れいたしました」
「入りたまえ」
低い声で返事があると、左右にいた兵士が扉を開ける。
中へ足を踏み入れると、立派な顎髭を生やした初老の男性が、ソファに深く腰を下ろしていた。
ネイブの父親と考えると、やや歳をとっているようにも見える。しかしその眼の光は若々しく、表情も溌溂としている。体つきもがっしりとしており、その気力には衰えがないようだ。
「座るといい」
「失礼します」
ハルカとコリンはすぐに腰を下ろしたが、カーミラだけは一瞬目を細めてデザイア辺境伯を値踏みするように見つめた。
「カーミラ」
「はい、お姉様」
ハルカが声をかけると、カーミラは笑顔になってハルカを真ん中にするように、コリンの反対側に腰を下ろした。
三人が座るのを確認しネイブが退出しようとすると、そちらを見もせずにデザイア辺境伯が声をかけた。
「お前が案内したのだから残って話を聞くといい」
「はい、承知しました」
実の親子だというのに、妙に他人行儀なやり取りに見える。ハルカは気になったが、本人たちにとってはいつも通りなのか、ネイブは慣れた様子で辺境伯の横に立って背筋を伸ばした。
「さて、手紙を預かっているとか?」
「はい、こちらです。ご確認ください」
受け取って手紙に目を通している間、部屋には沈黙が流れる。
仲間たちといる時に流れる沈黙とは違う、緊張感のある時間だ。
デザイア辺境伯は丁寧に手紙を畳みなおしてテーブルに置き、手を組んで背もたれに寄りかかる。
「うちは昔から王都ネアクアの盾となり、王の友として領地を守ってきた。ま、儂の友人である王は先々代なわけだが。まぁ、女王側として兵を出すのはやぶさかではない」
そこまで話してからデザイア辺境伯は身を乗り出して笑う。
「そこで二つ条件があるんだがいいかね? 依頼と取ってくれて構わんよ」
「聞きましょう」
「一つ目。最近うちの領地にいる冒険者に、良くない手段で階級を上げている者がいるみたいでな。本物たちが前線に出向いてるのをいいことに、そういった奴らがのさばって、やや治安が悪くなっている。ちょっと本物の冒険者の実力ってやつを見せてやってほしい」
「……どんな手段でですか?」
「なに、あんたらみたいな美人が冒険者ギルドに赴けば、否が応でも絡まれる。そいつらを芋づる式にのしていって、不正に階級を上げることの無駄を思い知らせてやってくれればいい。わざわざ前線から強い奴らを呼び戻すのは面倒でな」
「あまり気は進みませんが、まぁ……。関係ない人を巻き込むこともあるのでは?」
「そりゃあ絡んだやつが悪い。もう一つについてはこの依頼が終わってから伝えるとしよう。どちらにせよ、陛下からの手紙に対する答えは是だ。依頼ついでにこの〈グルディグランド〉の街を楽しんでくれ。ついでにうちを拠点にしてくれるとなおいい、優遇するぞ?」
依頼ついでに勧誘をしてくるあたり抜け目はないが、拠点も作っているし、わざわざ遠く離れた街を拠点にするメリットもない。外に待機させているナギのことを思えば、まぁまずここを拠点にすることはない。
「街の中に暮らすのにはちょっと色々問題がありそうなので」
「竜を連れているそうだな。どこかを更地にして場所を空けてもいい。なんなら新しく街を広げてもいいぞ」
「いえ、拠点なら既に場所を確保しているので」
「そうか、残念だ。だが気が変わったらいつでも言うといい。さて、依頼書でも作るか」
デザイア辺境伯が手を二度叩くと、控室から秘書らしき女性が一人歩いてきて、依頼書を差し出す。こちらの話を聞いていたのか、あるいは元から準備されていたのか、既に完成された依頼書がハルカたちに差し出された。
コリンと二人で内容に不備がないことを確認し、ハルカはそれを相手の下へと戻す。
その際にコリンがデザイア辺境伯に尋ねる。
「閣下も随分お強そうですけど、ご自分でお仕置きしたりはされないんですか?」
デザイア辺境伯はその質問に、にかーっと若々しく笑い、自分の胸を拳で叩いた。
「ま、確かに自信はある。あるがこの街は冒険者と共生する街だ。冒険者のことは冒険者に解決してもらうというのが筋ってものだろ? それにあんたらの実力が見てみたい、って本音もあるからな。期待してるぜ、新鋭の冒険者たちよ」
先ほどまでの鷹揚な領主の態度とは一変して、まるで冒険者のような言葉遣いと表情は、デザイア辺境伯を見た目よりもさらに若々しく見せる。
隣にいた秘書らしき女性がぽっと顔を赤らめると、デザイア辺境伯はその腰を抱き寄せて、ソファのひじ掛けに座らせる。
「ネイブ、お客人を外へご案内しろ。今日はこいつと仲良くする日だと知っているだろう? それから……」
辺境伯が何か耳打ちをしたのに、ネイブは頷き答える。
「はい、それでは皆様外へ」
抱き寄せられた女性がまんざらでもなさそうに辺境伯にしなだれかかるのを見て、ハルカ達はそこから目を逸らしてネイブの後に続く。
廊下を無言で進み、しばらくするとネイブがため息をついて謝罪した。
「申し訳ありません。父上は十五人の妻がいて、それぞれ愛する日を決めているのです。節操なしと言われますが、全て女性側からのアプローチによるものですので、そこだけは誤解のないようにお伝えしておきます。いい趣味とは言えませんが」
「あー、確かにモテそうだもんねー」
ネイブは自分と同じかそれより若いくらいの妻に、特別いい感情は抱いていなさそうだったが、わざわざ補足を入れるあたり、父親に対する尊敬の念はありそうだ。
「十五人ですか、なんか、すごいですね……」
ハルカがあまりのことに気の抜けた声で言うと、ネイブはもう一度ため息をついて答える。
「ちなみに私と同い年の兄弟が三人います。男十二人、女十五人の合計二十七人兄弟です」
「人間ってすごいわね……」
「いえ、それを普通だとは思わないでください」
カーミラの驚きに、ハルカは誤解がないよう辛うじて突っ込みを入れておいた。