好奇心旺盛な
残された男たちは、ぼんやりと街の外で待機している。
必要なものがあれば買ってきてくれるそうで、兵士が近くに数人待機しているが、誰もがナギに怯えていて必要以上に近寄ってはこない。
好き勝手してていいので、モンタナ・イーストン・ユーリは不満なかったが、アルベルトだけは別だった。
しきりに外壁を見上げたり、街に入っていく人たちを気にしている。
「なぁ、ユーリ、街の中見たくねぇ? つーか、ここに四人もいらねぇだろ。俺、街の中覗いてきたいんだけど」
ユーリはモンタナの横にぺたりと座って、作業する手元を眺めていたのだが、アルベルトの提案に顔を上げて少し考える。
ハルカと離れる前によろしくと言われていたので、ナギと一緒にいるつもりだったが、あれは自分に向けてというより、他の仲間たちに言われた言葉だというのは分かっていた。
もうちょっとはっきり言えば、あの言葉は『ナギとユーリをよろしく』だと理解している。だから大人しくしているつもりだったが、アルベルトを放っておくと、一人で街中に駆け出していきそうに見える。
ユーリも元の世界の年齢と合わせれば、もう十代後半になる。仲間たちのことをちゃんと年上の家族のように認識しているが、それと同時にアルベルトに関してだけ言えば、自分より子供っぽい部分があると思っている。
「ちょっと、見たい」
「ほらなほらな、ちょっと俺ユーリと一緒に中覗いてくるわ」
「……いいですけど、ちゃんとユーリを守るですよ」
「無意味に喧嘩とかしちゃだめだからね」
「わぁかってるって。ちょっと見てすぐ戻るって」
モンタナとイーストンは顔を見合わせて、うずうずしているアルベルトを見る。それからイーストンが歩み寄ってきてユーリに声をかけた。
「ユーリ、アルが変なことしようとしたら止めてね」
「うん」
「おい、なんでユーリに頼むんだよ。大丈夫だって言ってんだろ」
「そうだね、うん、そうかもね」
「おい、イース」
「普段の行いです。ユーリ、道覚えられるです?」
「大丈夫」
「アルは自分じゃ帰ってこれないですから、ユーリが道案内するですよ?」
「わかった、頑張る」
「迷わねぇよ」
「そですね、そかもしれないです。どうしても道が分からなくなったら、人に尋ねてハルカがいるはずの領主の家に向かうですよ」
「うるせぇ、迷わねぇって!」
二人に釘を刺されて、アルベルトはぶつくさ言いながらユーリを抱き上げて街へと向かう。
アルベルトは本気で変なことなんてするつもりはない。ましてユーリがいるのだから、自分から首を突っ込むようなことは絶対にしないつもりだ。
あの二人はちょっと自分のことを馬鹿にしすぎている、そう思いながら、アルベルトは鼻息荒く〈グルディグランド〉の門をくぐった。
せっかく知らない町に来たのだ。武器屋を覗いて、それから冒険者ギルドも拝んでみたい。
精々数時間のお散歩で、そうそうトラブルなど起こすわけもない。
アルベルトだけがそう思っていた。
一方でハルカたちは、ネイブに案内されて街中にある屋敷へ向かう。
街全体が要塞になっているので、領主がいる場所も城ではなく大きな屋敷になっているという。当然高い壁で囲ってはあるが、他の街程の防衛機能はないそうだ。
最初に聞いていた通り、広い道でも馬車がすれ違えるほどではない。その代わり、何本かの道が並んでおり、それぞれを行き来できる細道が通されている。
見下ろしてみれば、道が蜘蛛の巣のように張り巡らされていることが分かるだろう。地元の人間でなければ容易に迷ってしまいそうだ。
案内をされながら、ハルカはふと一つの店の前に立ち止まる。店の前に広げて吊るされた、一つの日傘が目に入ったのだ。
真っ黒な布で作られたそれは、雨の日には役立たないだろうけれど、カーミラが普段使いする分には十分機能するはずだ。日が当たると、布の端にある刺繡の隙間が地面に花柄の影を落とす、オシャレな日傘だった。
カーミラは今も少し気怠そうに歩いている。言葉が少ないのは、状況に配慮してくれているだけかもしれない。しかし監視するために無理に連れ出したようで、ハルカは僅かな罪悪感を覚えていた。
「……すみません、買い物をしてもいいですか?」
「えーっと、はい、どうぞ」
「ありがとうございます。すぐ済ませますので」
相手を待たせているのだから本来するべきではないのだろうけれど、ほんの少しだけと思い、ハルカは急いで店主に声をかけた。
傘は黒い色がシックすぎるのと、職人の作った一点ものであり高価なため、長いこと売れていなかったそうだ。店主はハルカが声をかけると、喜んで値引きをしてそれを手放してくれた。
すぐに戻ってきたハルカは、太陽光に目を細めているカーミラに日傘を差し出した。
「使ってください、必要だと言っていたでしょう?」
ぼんやりとしていたカーミラだったが、ハルカが自分に語り掛けていることに気付き、手元に目を落とすと、ぱっと表情を明るくする。
「お姉様! ありがとうございます!」
「いえ、無理に連れ出していますので。ネイブさん、すみません、もう大丈夫です」
「……ええっと。あ、はい! わかりました」
急に元気になったカーミラを見てほんの少しほおを赤くしたネイブは、しばしぼんやりとしていたが、慌てて表情を硬くしてまた歩き出す。
傘を開いて肩にかけたカーミラはポーズをとってハルカに流し目を送る。
「似合うかしら?」
「ええ、カーミラに似合いそうだと思って買いましたから。よかったです」
「そ、そう!」
街中でドレスを着ているカーミラは、ただでさえ目立っていたが、傘を渡されてから表情をコロコロ変えるせいで、ますます男女問わず目を引いている。
今は満面の笑みでご機嫌だ。
ダルそうにしているよりはよほどいいかと思い、ハルカが歩き出すと、横に並んだコリンもカーミラの方を見て唸る。
「んー、確かに、私が使っても微妙な感じ……。っていうかさー! オシャレなの選べるのに、なんで自分はおしゃれしないの、ハルカ!」
「……いやぁ、別に私は動きやすければ何でも。この服もあまり着たくはないんですが」
「たまにはおしゃれしようよ! あ、今日のも似合ってるからね。セクシー路線でもいいからさー、たまにはおしゃれしようよー」
「買い物には付き合いますから、勘弁してください」
ブーブーと言っているコリンをあしらいながら歩くことしばらく、会話が収まったことを確認してネイブが一言ハルカに声をかける。
「お二人って姉妹だったんですね。そう言われると確かにどことなく似ていますもんね」
「はい?」
「ですから、ハルカ様とカーミラ様は姉妹だったのだなって」
「違いますよ?」
「え? でもさっきお姉様って」
「あー……、はい、でも違います」
なんと説明していいやらわからなかったが、違うものは違う。
そもそも耳の形を見ればわかりそうなものだが、カーミラを見てぽーっとしてしまっていたネイブにはそこまでの観察能力がなかったのかもしれない。
まさか魅了を使ったのかとも思ったが、目の前で約束を破るほどカーミラが愚かであるとは思えず、ハルカは自分の考えを否定する。
「え、そ、そうですか、それは、失礼いたしました」
では一体どんな関係なのかと動揺するネイブが理解できず、ハルカは一人首を傾げた。