冒険者の子
兵士が立ち去ったのを見て、仲間たちがぞろぞろと降りてくる。一応何人いるかくらいは相手に見せておくのが礼儀だろうという考えだ。
「あんた、言葉遣いとか気にするタイプか? だとしたら俺は口を閉じて静かにしてるが」
「いいえ、お気になさらず」
「そりゃあよかった。……なんだ、あんたら。美男美女選んで仲間にでもしてんのか? 子供まで連れて、家族旅行みてぇだな」
紡がれた言葉は、嫌味のようにもとれるが、セブルスが気怠げで、ただ本音を漏らしているだけのように見えるお陰で、棘のあるようには聞こえない。
「ま、それだけ強さに自信があるってことか。にしてもでかい竜だな……、腰抜かすかと思ったぜ」
「それにしてはちゃんと立ち向かおうとしたよねー」
「そりゃあだってよ、俺も冒険者だぜ。有事のために雇われてるのに、その時に逃げ出すわけにゃいかねぇだろ。いやでも本当に話して何とかなる相手で良かったぜ……。じゃなきゃ今頃俺はそいつの腹の中だな」
「何言ってんだよおっさん。立ち向かうってことはなんか策があったんだろ」
セブルスはおもむろに自分の足を指さして答える。
「馬鹿言え、見ろ、まだ震えが止まらねぇんだぞ。策なんてあるか」
「……ずっとぷるぷるしてるです」
「なんだ、気づいてたのか。お前眼がいいな」
よく見ればセブルスの体、というか足は確かに細かく揺れ続けている。戦いに慣れているはずの三級冒険者が、これだけの反応を示すのだ。ハルカはナギが一般人に与える衝撃を思い、改めて反省をする。
「ま、これは俺が特別臆病なだけかもしれねぇけどな。にしても特級かぁ。こんな近くで会話ができると思わなかったぜ。サインとか貰える?」
「え? サインなんていります……?」
「冗談だって、困った顔するなよ。あ、いや、でもくれるなら欲しいけど、もらえんのか? 二つ名とか一緒に書いてくれたりする?」
「いや、ちょっと遠慮させてください」
「そうか、無理にとは言わねぇけどさ。あー……、話してたらようやく落ち着いてきたぜ」
セブルスは肩を交互に叩きほぐしてから、首をぐるりと回す。緊張がほぐれたのか、立ち姿が先ほどよりもさらに気怠げに傾いたものになった。
「ああ、折角だし、嫌じゃなければ旅の話でも聞かせてくれよ。うちのガキがよ、冒険者になりてぇって言ってるから、あとで教えてやったら喜ぶと思うんだよな。どうせなるなら、俺みたいなケチな冒険者じゃなくて、あんたらみたいに華のある冒険者になってもらいてぇもんだ」
セブルスの見た目は四十過ぎ。ちょうどこの世界に来る前のハルカくらいの年齢だろう。三級冒険者は十分に強い部類ではあるが、これくらいの年になると段々と体の衰えも感じてくるのだろう。
セブルスが身体強化できる冒険者なのであれば、実年齢はもっと上の可能性もある。
哀愁すら漂うその立ち姿に、ハルカはいつかの自分を重ね、また、当時の自分になかったものを羨ましく思った。彼は多分、息子に自分の夢を託しているのだ。子供の話をしている時の少し輝いた目と優しい表情に、セブルスの父親の顔を見た気がした。
ハルカは横で大人しくしているユーリを抱き上げて、背中を撫でる。
突然のことに少し驚いた様子だったが、すぐに蕩けるように緩んだ表情が愛らしい。
ハルカは、いつかユーリのことをあんな顔をして他人に語れたらいいと思うのだった。
去っていった兵士が、仲間を一人連れて戻ってきた。
その仲間が先行して報せを出し、兵士はハルカ達に道案内をしてくれるらしい。
先に出発した馬はナギから逃げるように全力で走り去っていった。ここに来るのにも、かなり無理やり引っ張ってきたようだ。
兵士も徒歩で戻ってきており、そのまま歩いて案内を務めるそうだ。
ナギは、馬にはちょっと刺激が強すぎるらしい。
「それでは改めまして、道案内を務めさせていただきます、ネイブと申します。領都には明後日の昼頃には到着するでしょう。短い旅になりますが、何かございましたらお気軽にお申し付けください」
「なんかお前、執事みたいだな。兵士じゃなかったか?」
「今は兵士ですけどね。あと冒険者さんは、あちらの使者様に失礼のないようにお願いします。……それから、先ほどは体を張って守ろうとしてくださりありがとうございました。ご恩は忘れません」
「お、こりゃラッキー。何もせずに恩が売れたぜ、あんたらのおかげだ、ありがとよ!」
「冒険者さん! 失礼のないようにと!」
「うるせぇなぁ。これでいいってさっき言われたんだよ、な、ハルカさん」
「ええ、まあ。私達も冒険者ですし気にしませんよ」
「……それなら、まぁ。でもご不快でしたらすぐに仰ってくださいね!」
妙にへりくだった礼儀の正しい兵士である。
なんとなく雰囲気に既視感があるハルカだったが、どうもピンとこない。
ユーリがじっとネイブの顔を見つめているので尋ねてみる。
「ユーリ、何か気になることでも?」
「なんか、見たことある?」
「私も、なんかどこかで見たような気がするんですけどね」
うーんと二人で首をかしげているうちに、ネイブが先頭に立って歩き出してしまった。顔が見えなくなると、もう思い出すことはできそうになかった。
「お姉様」
後ろから気怠げな声をかけられて振り返ると、カーミラが眠たそうな顔をしていた。
「調子悪いですか?」
「眠たいだけよ。でも、どこかで傘を買ってもらえると助かるわ」
「ナギの上で休んでてもいいですからね」
「ホント!? ありがと」
「それで用事は何ですか?」
「えっとー、あの案内してくれてる人、犬にしやすそうなのよね」
「…………」
「あっ、違うの! そういう人なのよってお姉様に教えてあげようとしただけで、私の犬にしようとかそういうんじゃないのよ? ホントなの、信じて?」
「……わかりましたから、ほら、上で休んでていいですよ」
「はぁい」
トンッと地面を一蹴りしてナギの上に跳び乗ったカーミラの身体能力は、昼間でも人間離れしている。
「おー……。流石特級冒険者の仲間だな」
セブルスが感心したようにその動きを目で追う。
先に特級冒険者と自己紹介しておけば、変に疑われることはなさそうだ。
前を歩くネイブはなぜ犬にしやすいのか。
カーミラの余計な話のせいで、そんなとてもどうでも良いことをまじめに考えてしまうハルカだった。