正式な手順
朝に出発して順調に北へ進み、エレクトラムの上空を一度旋回してさらに北へ向かう。
割と遅い時間になっていたので、エレクトラムに泊まってもよかったのだが、カーミラを連れていることを考慮して、そのまま通り過ぎることにした。
カーミラが何か悪さをすると疑ったというよりは、吸血鬼を街に連れ込んだことがバレた時、デルマン侯爵から難癖をつけられそうだというのが大きな理由だ。
順調に空の旅を続け、五日目の昼にはデザイア辺境伯領に辿り着いた。街までは徒歩だとまだ丸二日はかかる。
デザイア辺境伯領は広く、辺境伯が暮らす街は遥か北の巨人たちが暮らす国、【ディグランド】の近くに作られている。
本当はもう少し先へ進んでから降りるつもりだったのだが、空を飛ぶナギの姿を確認して慌てて馬を走らせる兵士の姿が見えてしまった。
仕方なくそれを先回りして、事情を説明するために着陸したわけである。
「うぉおおおお、ぼ、冒険者さん、何とかしてください!」
「何とかって何だよ! どうにもならねぇよ! 逃げろ逃げろ、なんとかして時間稼いでやるから!」
騒ぐ兵士と冒険者らしき人物の前に、モンタナがトンと飛び降りる。短剣に括りつけた白い布をパタパタと振って、攻撃の意思がないことを示している。
すでに馬を反転させた兵士に対して、サーベルを持って臨戦態勢を取っていた冒険者が大声を上げる。
「待て! なんか降りてきたぞ!」
「全部任せます! あなたは勇敢でしたと伝えますので!!」
「待てっつってんだろ!」
冒険者らしき男は無理やり手綱を握って、兵士の逃亡を妨害する。そして鋭い目つきでモンタナを睨んだ。
「白旗なんて持って何のつもりだ」
「戦う気ないです。こっちも冒険者です」
「騙されちゃいけませんよぉ。破壊者共の手先かもしれませんからねぇ!」
「あんなちっこい巨人いねぇだろ。どう見ても獣人だぞ」
ちらりとモンタナがナギの上に目をやると、釣られて冒険者らしき男と、兵士の視線もそちらに向く。
ハルカは障壁で階段を作り、背筋をピンと伸ばして、できるだけ平静を装ってゆっくりと地面に降りる。
知っている領地ならともかく、デザイア辺境伯を訪ねるのはこれが初めてだ。門前払いされては困るし、無礼がないように気を使う必要もあるだろう。
まして竜で街まで乗り込んでいって大暴れなんてしてはならないし、先に伝令を走らされて兵士を並べられても困る。
そんなわけで、ハルカは仕方なく、モンタナに時間を稼いでもらっている間に、慌てて前にノクトに買ってもらった正装に着替えたのだった。
コリンの「完璧!」というお墨付きをいただいたが、久しぶりの正装はどうも肩が張って窮屈な感じがする。
あとこの服は胸元が開いているので、ハルカとしてはあまり好みではなかった。
階段を降りて、二人の前に立ち、少し言葉をためる。イーストンから先程「少し偉そうにしていた方がいいかもね。ちゃんと身分も名乗った方がいいよ」と言われたものだから、余計に一言目を考えてしまう。
「リーサから、んん……。女王陛下からの依頼を受けて、デザイア辺境伯閣下へ手紙を持って参りました。特級冒険者のハルカ=ヤマギシです。竜に乗って攻め入ろうというわけではありませんので、ご安心ください」
後ろからコリンの「もっと偉そうに!」という演技指導や、カーミラの「特級! なんかすごいって、私知ってるわ!」といった声が聞こえてきたが。ハルカは努めて無表情を保った。
「んなこと突然言われてもなぁ。なんか証明できるもんとかないと……」
「なるほどそういうことでしたか! では街へご案内いたします。王家からの使者だというのなら、先触れを出してもよろしいでしょうか?」
「……ええ、もちろん」
冒険者の男が眉を顰めて誰何しようとしたところに、兵士が割り込む。
「おい、知らない奴を連れてっていいのかよ」
「申し訳ありません。デザイア辺境伯領では冒険者との共同作戦が多いのです。失礼なこともあるかと思うのですが、お目溢しいただけませんでしょうか?」
「私も冒険者ですので、特に気にはなりませんが」
「そうでしたそうでした。いえ、それを忘れてしまうくらいにご立派な佇まいでしたので」
はははと笑った兵士は、さっと冒険者の耳元に口を寄せる。
「本当に女王陛下の使いだったら首が飛ぶだろうが! どっちにしろあんなでかい竜連れてる人が只者のわけないんだから、大人しくしててくれ!」
耳打ちというにはあまりに大きな声に、冒険者の男は段々と逃げるように首を傾ける。
「はいはい、うるせぇなもう。さっきまで怯えてたくせに。んじゃ、せっかく特級に会えたんだ、自己紹介だけさせてくれや。三級冒険者のセブルスだ、どーぞお見知り置きを」
小指で耳をほじったその男は、面倒そうな顔をして了承し、いい加減な名乗りをした。
その態度に文句を言わないところから、デザイア辺境伯領では、本当に冒険者の地位がある程度保障されているらしいことがわかる。
態度の悪いセブルスをあえて無視して、兵士は続ける。
「では、私は仲間に早馬を走らせるよう伝えます! 十分程度で戻りますので、こちらでしばしお待ちください!」
はきはきとしゃべる姿は立派な兵士らしく見えるが、先程セブルスに何とかしてくださいと泣きついている姿を見ていたので、かっこ良くは見えなかった。