魅力的なかんばせ
夏場と言えども、高い山の頂近くで夜中ともなると少し肌寒い。普段のハルカだったら焚火と適切な距離を取って過ごすのだが、今日はぴったりと両サイドを固められていて、少し暑いくらいだった。
右に目を爛々とさせているカーミラ、左にハルカの膝枕で眠っているコリン。モンタナとは背中合わせだ。時折動いているので、何かしらの作業をしているのがハルカにもわかった。
何かを危惧しているのか、対抗心を抱いているのか、カーミラが体を取り戻してからというもの、コリンが中々ハルカの傍を離れようとしない。
素直にナギとアルベルトと一緒に眠っているユーリの方が大人に見える。焚火を挟んだ反対側では、イーストンが目を閉じたまま座っている。
今の時間の夜番はハルカとモンタナ。イーストンは元々宵っ張りだからいつものことで、カーミラに関しては役を割り振っていないので勝手に起きているだけだ。
「カーミラは寝てていいですよ」
右からずっと視線を感じるのに耐えきれなくなったハルカは、そちらを向かずに声をかける。
両サイドに女性を侍らせているような今の状況は、どうにも複雑な気分だ。元の男性の体だったら喜んだのだろうかと考え、ハルカはすぐさまそれを否定した。容姿の整った女性二人に挟まれたら、なんかの詐欺だと思い込んですぐさま逃げ出しそうな気がした。
ある意味この体だからこそ、今の状態に耐えられているのかもしれない。
「夜の方が調子がいいの。起きててもいいでしょう?」
「構いませんが、明日は昼間に移動しますよ」
「竜の背に乗っていればいいのよね? そこで寝るわ。ところで聞きたいことがあるのだけれど……、耳を貸してもらえるかしら」
「なんですか」
カーミラが耳元に唇を近づけると、コリンがカッと目を開け、腕を伸ばしてその体を押しやった。
「ハルカー、油断しちゃダメだってば―」
狸寝入りだったのかと思ったが、目をしょぼしょぼとさせているので、もしかしたら半分くらいは本当に眠っていたのかもしれない。
ハルカは笑って「はいはい」と言いながら頭を撫でてやると、腕を伸ばしたままコリンは再び目を閉じる。
カーミラはじりじりと位置をずらして、再びハルカの横につきぶつくさと文句を言う。
「悪いことしないって言ってるじゃない。……あら、何してるの?」
位置をずらしたおかげでモンタナの手元が目に入ったのか、興味深そうにのぞき込む。モンタナの手元では、まだ凹凸の残る石の一部が磨かれ、翠がかった光沢を放ち始めていた。
「あなた器用ね。いきなり攻撃してきたときは言葉もろくに通じないのかと思ったけど、意外だわ」
モンタナは沈黙。
答えが必要のない話題だったのと、作業中だからというのもあって答えなかったが、戦いの最中にカーミラが『情緒のない獣風情』と言ったことを思い出し、ハルカは勝手にハラハラはしていた。
同じようなことをカーミラも思ったらしく、長い金色の髪の毛をくるくると指に巻きながら、躊躇いがちに口を開く。
「……ねぇ、ちょっと、怒ってるの? 悪かったわよ。戦ってるときには口も悪くなるってものでしょ」
「……そういう時に出るのが本音です」
思わず振り返りそうになったハルカだったが、背中にくすぐったさを感じて、様子を見ることにした。モンタナの尻尾が緩く大きく動いている。イライラしているようには思えなかった。
「敵だったんだから仕方ないじゃない。今はそんなこと思ってないわよ!」
「別に気にしてないです」
「え?」
「相手を挑発するのは、不意を突くのと同じで、戦いの中で取れる手段の一つですから。モンタナ=マルトーです。よろしくですよ、カーミラさん」
カーミラはそろーっと手を伸ばし、ハルカの肩とぽんぽんぽんと何度か叩く。
「ハルカお姉さま、この子、私この子欲しい」
「はい?」
「その、どうしたらいいのかしら? 犬にしちゃだめなのよね?」
「はい、ダメです。というか、魅了とか使わないでください」
モンタナは犬というよりも猫っぽい、と思いながらハルカが注意をすると、手を引っ込めたカーミラは、そわそわと体を揺らしている。
我慢をしている姿はいじらしいが、しようとしていることが可愛くないので何とも言い難い。
「なんというか……、お友達になるじゃダメなんですか?」
「友達って、その、相互に利用し合うことよね?」
「……認識の齟齬がありますね」
「違うのかしら?」
「えー、友達というのはですねぇ……」
「友達というのは?」
説明をしようとして、上手くまとまらずハルカも止まる。じっとカーミラに見つめられて、内心焦りつつゆっくりと言葉を絞り出す。
「互いに……、相手を認め合って、えーっと……。とにかく、仲が良ければ友達です」
「犬と主人の関係とはどう違うのかしら? 家族とは?」
「犬と主人は、上下関係がありますが、友人関係にはないことが多いです。家族との違いは……、自分で選んだ相手かどうか、ですかね?」
「夫婦は互いを自分で選ぶわ」
「……えっと…………、とても進んだ友人関係というのは、夫婦に近いものがあるのかもしれません」
「じゃあ家族より下ってことかしら」
「あ、いえ、決してそうではなく……、あー、難しいですね」
二人して頭をひねっていると、また目を開けたコリンが、呆れたように口を挟んだ。
「その人と仲良くしたいってお互いに思ったら友達でしょー。ハルカは難しく考えすぎ」
「まぁ、そうですね」
「ハルカと私は友達だし、ユーリにとって私たちは家族でしょ。千年ボッチだとそんなことにも悩んじゃうんだー。悪いことしないなら、私が友達になってあげてもいいけどー」
「…………なんか、意地悪だから嫌よ」
コリンはそのままハルカの足の上に背中を乗せて身を仰け反らせるとカーミラを下から睨みつける。
「何よ! 千年ぼっちのくせに!」
「ちゃんとお母様とお父様がいたもの! 犬もいっぱい飼ってたわよ!」
「ぼっちー、千年ぼっちー」
「コリン」
カーミラが拳を握ったのを見て、ハルカはコリンの名前を呼んで、その顔の前に手を広げた。
「何をそんなにイライラしてるんですか」
「えー……、だってさー、ハルカとかモン君が取られそうでなんかさー」
「………………カーミラ、コリンが友達になりたいんですって。皆で一緒に仲良くなりたいそうなので、怒らないで仲良くしてあげてください」
「……仲良くしたいんですの?」
拗ねたように唇を尖らすカーミラ。何かを言おうとしたコリンの顔の前に、ハルカは再び手を広げてそれを制す。
「はい。友達になりたいって言ってくれたじゃないですか」
「ふーん……そう。そんなに仲良くなりたいなら、友達になってあげてもいいですけど?」
顔をそらしたままそう言ったカーミラを待たせて、ハルカはそっとコリンの耳に囁く。
「長いこと独りで過ごしてきた子です。コリンが譲ってあげてください。それに、コリンは妹が欲しかったんでしょう? それっぽい雰囲気ないですか?」
「妹にしては、年取りすぎてない? ……まぁいいや、今のとこホントに悪い子じゃなさそうだし」
コリンは腹筋だけで体を起こすと、そのまま立ち上がりカーミラに手を差し出した。
「コリン=ハンよ。ちょっと言い過ぎた、折角だから仲良くしよ」
カーミラは目を背けたままその手を取って、そっけなく呟く。
「まぁ、コリンがそこまで言うのなら、仲良くしようかしら」
カーミラの表情が緩み、口角が上がるのを我慢しているのが見える。本人は隠せているつもりなのだろうが、コリンはそれに気がつき、噴き出すのを堪えた。
そしてつないだ手を軽く振ってから、しゃがんでまたハルカの足を枕にしながら小さな声で呟く。
「……確かにちょっとかわいいかもしんない」
「魅了されちゃだめですよ」
「そういうんじゃないから」