悪い奴を捕まえろ
カーミラがじっとハルカの言葉を待っている。文字通り手も足も出ない状況の彼女は、もうその目と言葉で訴えることしかできないのだ。
「カーミラ。今からあなたのことを障壁で囲いますが、攻撃したりはしないので安心してください」
話を聞く前からある程度の処遇を決めていたハルカは、カーミラの体と首を障壁で囲い、宙に浮かせた。障壁を透明にしているととんだホラー映像になってしまうので、障壁は不透明な黒色だ。
まるで棺のようなそれは太陽光も通さない。カーミラにとっては不快な環境ではないだろう。体をいれた障壁の上に首を置き、首の方の障壁を透明にして尋ねる。
「街の中は、さっきのように外から見えない障壁で囲って移動します。とりあえず私たちの拠点に連れていって、それからどうするか一緒に考えましょう。異存がある方は?」
ハルカが見回すと、一人の男が躊躇いがちに口を開く。
「拠点ってのは……どこに?」
「……【独立商業都市国家プレイヌ】の〈オランズ〉近辺です」
「俺も、俺もついていっちゃダメかな? 俺、カーミラ様と一緒に暮らしたいんだよ」
俺も俺もと元犬たちが騒ぎ立てると、カーミラが目を潤ませて呟く。
「犬……っ」
「そうだ、俺たちはカーミラ様の犬なんだ! どこまででもついてくぞ!」
子供の教育に悪いからできればついてきてほしくないなぁと思ったハルカだったが、ダメというのには情熱的すぎる。
「えーっと……。まだしばらく王国を巡らなければいけないので、一緒に連れていくことはちょっと。皆さんがいらっしゃる分には、来るなとは言いませんが……」
精一杯の抵抗だったが、彼らの決意が揺らぐことはなかった。それぞれで話し合い、どうやってオランズまでたどり着くかを話し始めてしまっている。お手上げだ。
それを最後まで見届ける意味もないので、ハルカはそのままゲパルトに話しかける。
「では、私たちはもう行きます。報酬はデルマン侯爵や女王様から頂くことになっているので、その……、この建物の修繕費用なんかもそちらに請求していただけると助かります」
ハルカがすーっと横に目をそらすと、ゲパルトはしばらく黙ってから噴き出して笑う。
「ぶっ、っははははは。俺に力比べで勝った奴がなんて顔してやがるんだ。おい、何だよお前、怖い奴かと思ったらもしかして滅茶苦茶可愛いんじゃねぇのか? もし相手がいねぇなら」
「だめ」
「だめです」
「却下でー。ハルカはね、もっと王子様みたいな素敵な人を捕まえるの。素敵な恋をする予定なので、浮気しそうで節操のないところには嫁に出せません」
ユーリ、モンタナ、コリンが何かを言おうとしたゲパルトの発言を遮る。
訂正を入れると余計な話で盛り上がりそうだと思ったハルカは、その件については触れず、ユーリを抱き上げ、横にカーミラの入った棺をつけて姿勢を正す。
「それでは私たちはこれで失礼いたします」
軽く頭を下げてそそくさと立ち去るハルカの後に、仲間たちもさっと続く。最後にイーストンだけが立ち止まり、ゲパルトに向けて忠告を投げた。
「もし、グールがどこかにいるようだったら、吸血鬼同様心臓を狙うといい。あと、グールであれば太陽の光を浴びるだけですぐに死ぬから。きつい腐敗臭がする場所には気を付けて」
「おう、何から何まで悪いな」
ハルカたちがその場を後にしてから、ゲパルトは首をかしげる。
「そういやあいつら、名乗りすらしなかったな。冒険者って名前売るのが仕事だろうに。変な奴らだぜ」
黒い棺を浮かべて歩くハルカの姿は、街中では悪目立ちしている。視線が向けられていることをわかっているから、ハルカはフードを深くかぶり顔を伏せて、ただ真っすぐ街の外へ向かって歩いていく。
門までたどり着いて、受付にたどり着く。
審査に少し手間取っているようだ。
街の中に目を向けると人々は相変わらず、城での異変なんかなかったかのように通常の一日を過ごしている。
それはそうだ。
身近な人を失っていなければ、あるいは、身近な人が帰ってこなくなければ、彼らにとって街はいつもと変わらないのだ。少しくらいの不安があっても、毎日ここで暮らしていかなければいけないのだ。
もしかしたら、未来にあったかもしれないろくでもない結末を回避できたのではないかと思うと、ハルカは、今回の自分たちの行動がほんの少し誇らしくなる。
普通の街の風景も、そう悪いものではない。
「なんか、くるです」
ハルカが平和な日常を感じていると、モンタナがぽつりとつぶやき、どやどやと門番の兵士たちが現れハルカたちを囲った。
まさかまだ吸血鬼に魅了されている者がいるのかと、慌てて身構えると、その兵士のうちの一人が、見覚えのある紙を突き出した。
「お前はこの手配書に書かれた男だな! 神妙にお縄につけ!」
兵士が突き出したその手配書には、本物よりもほんの少し格好の悪いイーストンの顔が描かれていた。
「あー、忘れてたぜ、それ」
「何がおかしいか! 金貨五十枚……、いったいどんな悪さをしたのだ。皆、油断するな!!」
アルベルトが指をさして笑うと、兵士が怒り仲間たちに指示を飛ばす。
こういうことがあるからと、街に入るときに正規の手順を踏まなかったのだ。皆して事件を解決して気を抜いてしまっていた。
「すみません! すぐ出ていきますので」
ハルカは仲間たちの足元に障壁を作り、すぐさま空に浮かび上がる。すぐに門を超える高さまで浮かび上がったハルカたちを見て、周りの人物はざわめき、兵士たちはあんぐりと口を開けた。
空を飛び、まっすぐナギが待つ森を目指している途中、障壁の中から声が上がった。
「街を出たなら、外が見えるようにしてもらえないかしら?」
「あ、すみません」
素直に頭を囲う障壁を解除してやると「きゃああ」と可愛らしい悲鳴が上がった。
「そ、空を飛んでいるわ」
「いや、お前蝙蝠になったら飛べるだろ」
「この状態で飛ぶのは初めてなのよ!」
「そりゃ生首で飛ぶ経験する奴なんてあんまりいねぇだろ」
「好きで生首でいるわけじゃないわ」
ぼやくようにアルベルトが突っ込むと、カーミラが僅かに頬を膨らまし反論した。
それから周囲の景色をしばらく眺め、思い出したように上目遣いでハルカの方を見て尋ねてくる。
「ところでその、あなたたち、懸賞金をかけられてたみたいだけど……。もしかして、悪い人たちなのかしら?」
「…………君たちが、僕にかけたんでしょ」
「知らないわ、私ずっと犬の世話をしていたもの。じゃあ悪い人じゃないのね? ならいいのよ」
齢千歳にもなろうという吸血鬼が、まるで世間知らずのお嬢様な物言いだ。
「吸血鬼ってみんなこんなです?」
「さっき悪そうな奴らだっていたでしょ。これが特別なだけ、一緒にしないで」
「何よこれって。私これでもあなたより随分年上なのよ? 敬いなさいよ」
モンタナの質問には丁寧に反論したイーストンだったが、カーミラには何も答えない。
しかしそれは、カーミラに対して隔意があるわけではなく、ただ単純に相手をするのが面倒なだけであるようだった。