強者が決める裁定
「あんたらのおかげで何とかなったし、口挟みたないけどな、ちょっと甘すぎるんとちゃうか?」
黙っていたベティが、カーミラの首を睨んで吐き捨てる。
「なんか人みたいな見た目しとるけど、そもそもこいつ破壊者やで? 生かしておく意味なんかないやろ。なんも知らんかった言うてもホントかわからんし、結局のところ親玉はこいつなんや。うちだって大切な人が行方不明で……」
「あれ、ベティちゃんだ。おーい」
部屋から出てきた集団のうちの一人が、間の抜けた声を上げて手を振る。眼鏡をかけた優男で、こんな非常事態にもかかわらず、知った顔を見つけたのが嬉しかったのか満面の笑みだ。
「…………は? なんであんた、ここにおるの? えっと、あ? なんやその、あれやで、ほんまに、えー……」
「おーい、あれ、ベティちゃん?」
「やかましいわ、このアホぅ! 人がまじめに決めてるときにしゃしゃって来よって!!」
「あはは、なんかその喋り方久しぶりに聞いたなぁ」
声をかけてきた男の下へ走ったベティは、その体に怪我などがないか確認しながら相手を罵倒し、しばらくしてほっとした表情で振り返り、カーミラの首を指さした。
「なんやその。とにかく、街の近辺で見つけた破壊者は殺すのが鉄則やろ!」
「それは……」
「……うちは今回ほとんど働いてないから、これ以上なんも言わん。でもな、街の治安を容易に乱すような破壊者は、ためらうことなく殺すべきやと思うで。見逃して、いつか後悔しても知らんからな。……ほな、うちは帰るわ」
眼鏡をかけた男の手を引いて、ベティは謁見の間を後にする。広間の外に待機していた兵士たちは、誰一人としてそれを止めようとはしなかった。
「なんであんた、魅了なんかにかかっとったんや」
「いや、うちの店に勧誘してるうちにさ、いつの間にか」
「アホが。あんな化け物おらんでも、十分繁盛しとるやろが」
「でもさぁ、逸材を見たら声をかけたくなるじゃない」
ベティと男の会話が段々と遠くなっていき、聞こえなくなる。
ハルカだって、ベティが言わんとすることはよくわかっていた。それでも、人間らしい様子や、子供っぽい精神性を見せられると、どうにも同情してしまう。
とはいえ、もし仮に、彼女が破壊者じゃなかったとしても、この街でやらかしたことはそれ相応に罪が重い。
容姿自慢の田舎者が、他人に乗せられて領主に取り入り、その他人が人を攫い殺すのを見逃してきたということになる。誰が一番悪いかというと難しいが、カーミラが悪くないということには絶対にならない。
「なぁ、そろそろ足はなしてくれねぇか? 抱え込まれて悪い気はしねぇんだけど、領主として人と話すのにこの体勢のままってのはちょっとな」
「……まだ操られてるかもしれませんので」
「もう誰も魅了してない! もうしない!」
「ハルカさん、はなしてもいいよ。何かあったらいつでも殺せるようにしておくから」
「しない、何もしないからやめてよ!」
イーストンがカーミラの体の横で剣を構えたまま言うと、カーミラがまたよく響く高い声で叫んだ。
ハルカはためらいがちにゲパルトの足をはなしたが、その治療まではしなかった。先ほどまでの動きを見ると、このゲパルトという人物はハルカの障壁を容易に破壊する。
怪我を治した結果、万が一ユーリや仲間たちが襲われてしまったら後悔してもしきれない。ハルカはその気持ちをしっかりと相手に伝えるために、立ち上がりながら珍しく強い言葉を吐いた。
「カーミラさん、嘘だったら、私は絶対にあなたを許しません」
「嘘じゃないわよぉ、なんで信じてくれないのよぉ」
本格的に泣き始めたカーミラを見て、アルベルトがぼそりと呟く。
「あ、泣かした」
さっきまで自分も殺す気満々だったアルベルトも、あまりにも情けない姿を見てしまい、興がそがれたようだった。
折れた足を庇いながらも立ち上がったゲパルトは、仁王立ちして謁見の間の入口に集まる兵士に大声を発する。
「長く迷惑をかけて悪かった。事情は機会を設けて話す。各員持ち場に戻れ!!」
空気を震わす声に、戦々恐々と見守っていた兵士たちは一斉に姿勢を正し、「はっ」と返事をして散っていく。それを見送って、ゲパルトはゆっくりと足を引きずりながらカーミラの首へ向かって歩き出した。
「確かによぉ、油断して操られて、領民を攫われて、領主としちゃあ面目丸つぶれだ。やったこと思えば、首切って晒してやらなきゃならねぇんだよな」
「犬!? な、なんで、私、確かに魅了は使ったけれど……」
「でもなぁ、俺、こいつに嫌なことやらされたこと一度もねぇんだよな。いや、行動を制限されて、守れるもん守れなかったぜ? でもそれって俺がふがいねぇのが悪い、ってことにならねぇかな」
カーミラの首の横に倒れ込むようにして座ったゲパルトは、その鍛え抜かれた体に似合わぬ、奥歯にものが挟まったような言い回しをする。
「つまりー、どういうこと?」
コリンが優位を確信したのか、強気に軽い口調で尋ねると、バツの悪そうな表情のゲパルトが頭を下げた。
「つまり、命乞いだ。ほら、首だけじゃそうそう悪さもできねぇだろうし」
「えーっと、つまり! ゲパルト伯爵閣下は、魅了関係なくカーミラに惚れちゃったってこと、だよね!?」
「いや、そうじゃねぇんだけど」
「なんだ、違うんだ」
コリンは急に興味を失ったかのように冷たい反応を返す。
「そういうんじゃねぇんだよ。三年間も毎日、幸せそうな面して甲斐甲斐しく世話されてみろよ。情も湧くっつーんだよ」
「犬……」
後方では、カーミラの元犬たちがうんうんと頷いて同意している。カーミラもその光景を見てうるうると涙をこらえる。
ただでさえ傾きかけている決断を揺るがされて、ハルカは一度息を吐いて冷静になろうとする。
普通を考えれば。常識に則れば。被害者の悲しみを思えば。これからの危険を考えれば。
カーミラのことはここで殺すべきだ。
殺すべき理由をいくつか頭の中に並べて、その方向で考えるように努めて、そして結局ハルカにはその決断が下せなかった。
「…………事情をよく聞いてみませんか? カーミラの、彼女の言い分とかを」
もう許す気しかないように思えてしまう提案だった。
仲間たちが何かを言う前に、言い訳をするようにハルカは続ける。
「その、首と胴体を分けて障壁で囲います。復活できない状態にして、それで話を聞くってことでどうでしょうか?」
「ま、そうなると思ったのよね」
「だよな」
「です」
コリンの言葉に続いたチームの仲間たち。それにさらにイーストンが続ける。
「この吸血鬼がどんな風に生きてきたのか、僕もちょっと興味があるかも」
ほっとその場にいる多くが息を吐いた。
カーミラと、それに犬と呼ばれたものたち、それにハルカと、こっそりユーリのついた安堵の息であった。