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本命出動

 あっという間に始まった戦闘に、ハルカは目を白黒させながら、自分に与えられた役割をこなす。

 謁見の間は扉から領主の椅子が置かれた場所まではかなりの距離があり、左右には兵士を控えさせておくための部屋も用意されている。

 また、領主が入ってくる入り口がハルカたちが入ってきた場所以外に用意されているので、そこを塞いでおかない限り、吸血鬼たちに逃げられてしまう可能性がある。

 前線で戦う仲間たちへの不意打ちを防ぎながら、壁全体に障壁を張り巡らせたハルカは、左右の扉付近で待機していたアルベルトとコリンに声をかける。


「塞ぎました!」


 二人が前線のサポートに向かうのを確認したハルカは、律儀にも足おきにされていた時の姿勢のまま動かない男性、おそらくゲパルト辺境伯を障壁で囲む。万が一にも人質にされるのを防ぐためだ。

 それから相手の親玉らしい女性吸血鬼を、バレないようにそっと、大きめの障壁で囲い込む。念のため何枚かの障壁を重ねていると、頭上をコウモリが通過していくのが目に入った。


 前線の戦況はかんばしくない。

 仲間たちが攻撃を受けるわけではないのだが、相手の数も思うように減らせていない。

 吸血鬼たちも油断ならない相手だと認めてからは、不意打ちと離脱を繰り返して体力の消耗を図ってきている。

 特にベティの場合、攻撃をしてから一度納刀する動作が入るため、そこを狙って吸血鬼たちが実体化をして、攻撃を仕掛けてきている。すでにかなりの回数、ベティへの攻撃を障壁で防いでいた。


 残る敵の数はすでに囲んだ女吸血鬼を含めて九体。ハルカの方で一人引き受けたとして、それにかまけてサポートを怠るのは避けたいところだ。

 少しずつ形を成していくコウモリの群れを横目で見つつ、再びベティを背後から襲う吸血鬼の攻撃を障壁で防ぐ。

 サポートに気がついた吸血鬼が、さらにもう一体、姿をコウモリに溶かし、ハルカを標的に定める。


 ハルカは増援が来る前に、形が作られかけていたコウモリの集団の真ん中に小さな炎の球を作り破裂させる。焼け焦げた蝙蝠が数匹その場に落ちて消え、四方に散ったコウモリが再び集結してくる。先ほどまでと比べて、その数が目減りしたようには見えない。


 さてどうしたものかと、思いながら前線に目を光らせていると、イーストンから指示が飛んできた。


「ハルカさん、屋根壊して!」


 チラリと天井を見ると、無駄に凝った彫刻がなされており、どう見てもお高い建築物だ。多分地球にあれば重要文化財とかになるやつである。


「え……、弁償……。あ、いえ! わかりました」


 思わず心のうちを吐き出しながらも、ハルカは天井全体に障壁を二重に張って、すぐさま天井を爆破した。

 衝撃で一枚目の障壁が割れてヒヤリとしたハルカは、すぐさまもう一枚の障壁を貼り直す。

 瓦礫が飛び、残った天井の隙間から、太陽光が謁見の間に降り注ぐ。


 太陽光を浴びたコウモリが焼けて消え、残っていたコウモリが集まり、吸血鬼たちの姿が顕現した。


 モンタナたちの目の前に姿を現してしまった吸血鬼が、その隙をつかれ、すぐに切り捨てられる。


 ハルカの頭上を飛び越えようとしていた吸血鬼も、間抜けに目の前にすとんと姿を現した。互いに一瞬固まり、先に立ち直った吸血鬼がその拳を振るう。

 咄嗟に展開された障壁に阻まれる一撃。カウンターで放たれた、ハルカの腰の入っていない腕だけで放たれた右拳は、吸血鬼の体を床ですりおろし、左の障壁に激突させた。

 追撃で放たれた魔法による巨大な石は、吸血鬼の腹を貫きその体を床に縫い付ける。


 状況の悪化を確認した女吸血鬼が喚く。


「何をしているのよ! いくら昼間とはいえ、人間ごときに負けて恥ずかしくないの!?」


 言葉を投げられた吸血鬼たちは、各々不愉快そうな顔をして一度その身をひいた。その顔には思うようにいかない苛立ちこそ見えるものの、やられた仲間に対する感情はまるで見えない。

 自分達のリーダーである女吸血鬼の言葉にも素直に従うわけでないところを見ると、統率のとれた組織というわけではないのかもしれない。


「……やっていられるか、私は降りる」


 呟いて踵を返したのは、見覚えのある片腕を失った吸血鬼だった。


「……負け犬。人に負けて逃げるような奴は仲間にいらないわ」

「なんとでも言え」


 吸血鬼たちの誰もが蔑むような視線を向ける中、その吸血鬼は広間の奥へ歩いていく。


「……私が出るしかないようね」


 勿体ぶったように数歩女吸血鬼は歩き、そして額を障壁にぶつけて止まる。


「……障壁魔法、小癪ね。さてはあなた、ノクトとかいう障壁使いの特級冒険者じゃない? 知っているわよ」

「えーっと、その……」

「そいつだというなら相手にとって不足はないわ」

「……あの、違います」

「……ふんっ」


 カッコ悪い姿を見せた上に、それっぽく話した予測すら外した女吸血鬼は、顔を真っ赤にして障壁を殴りつけた。一枚目の障壁が砕けたのを確認し、ハルカはすぐさま追加で障壁を重ねる。


「脆いわね。こんなものでこのカーミラ様を閉じ込められると思ったら……」


 一歩進んで再び障壁にぶつかったカーミラは、握った拳を震わせる。


「犬ーーー!! いつまで這いつくばってる!? あんたの出番よ! あいつらをぶっ飛ばしなさい!!」


 その叫びに反応して、四つん這いになっていた屈強な男が立ち上がり、頭を障壁にぶつけた。思っていたより背が高かったので、障壁の高さが足りなかったらしい。

 精悍な顔つきは二十から三十の間くらいに見える。全身が筋肉で盛り上がり、腕は女性の太ももよりも太いくらいだ。


「さっさとこっちにきてこの忌々しい壁を割って、こいつらをぶっ飛ばすのよ、わかるでしょ!」


 男は体を捻り、ぎりりと腕をひくと、戻る勢いに合わせて拳を障壁にぶつける。

 二重に張ってあったはずの障壁が弾けるようにして壊れ、その男は悠々と一歩踏み出して、今度はカーミラの前で同じ動作をした。


「私に当たらないようにしなさいよ、ちょっと、わかってる? わかってるわよね、犬!?」


 放たれた拳に、再び弾け飛ぶ障壁。風圧でカーミラの長い髪が揺れて、その表情が引き攣る。


 同じように表情を引き攣らせたベティは、振り返ってハルカに話しかける。


「なぁ、あれ、ハルカさんが押さえるんよな?」

「あれがゲパルト辺境伯なのであれば……その予定でしたね」

「頼むで、ほんま」


 一方で障壁から解放されたカーミラは高笑いだ。


「この男は、化け物よ! 人間だとは思わないことね。さぁ行きなさい! 全員ぶっ飛ばすのよ」


 言われるがままに一歩踏み出したゲパルト辺境伯に、ハルカたちはどうしたものかと頭を抱え、吸血鬼は気味悪そうに数歩道を空けた。




 一方逃げ出そうとした片腕の吸血鬼は、裏口の前で苦戦していた。障壁が張られているせいで、扉を開けることができないのだ。

 一度思い切り障壁を殴りつけたその吸血鬼を見て、逃げ出されてしまわないように、ハルカは複数枚の障壁を張り直す。

 それから数度、何もないように見える障壁を殴りつけた吸血鬼は、ふっと笑ってその場で障壁に寄りかかり、諦めたように広間に目を向けた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 片腕吸血鬼ニヒルで草
[一言] 片腕吸血鬼くん、何気に長い付き合いになるんだな…
[良い点] もしかして伯爵が殴るのに合わせて障壁消してたら女吸血鬼そのままぶん殴ってくれたのでは……?
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