間に立つ者
廊下に脇道がなくなり、正面に両開きの大きな扉が見えた。
後方からはたくさんの兵士たちが迫ってきている。
「あー、もう、きりがない!」
「引っ込んでろって!! 状況わかんねぇのかこいつら!!」
客観的に見れば、やたらと強い賊が乗り込んできて、その城の主のいる場所へ向けてまっすぐ走っているという状況だ。吸血鬼云々を考慮しなければ、彼らは自分たちの職務を全うしているに過ぎない。
近づいてきた兵士たちをコリンが投げ、アルベルトが殴り飛ばして時間を稼ぐ間に、モンタナからハルカへ指示が飛ぶ。
「左右と上に不意打ち狙いです、ハルカ、魔法で爆破するですよ」
「わかりました! 一度止まってください」
扉の中心に破裂する炎の球を浮かべ、全員が足を止めるのを確認してから自分の前方に障壁を張る。破裂した瞬間に、はたと城の謁見の間を破壊して怒られないだろうかと思ったが、時すでに遅かった。
扉が炎に包まれながら謁見の間の中へ吹き飛び、扉を支えていた柱や、石造りの壁までが大きくえぐれる。
石礫が飛び散り噴煙が舞う中、わずかにくぐもった悲鳴が聞こえた。
「いい感じです」
まだ煙が晴れぬ中にモンタナが飛び込んでいき、そのすぐ後を全員が追いかける。全員が広間に入ったのを確認して、ハルカは吹き飛ばした扉の代わりに障壁を張って出入り口をふさいだ。
「加減すんのに疲れたぜ、くそ」
片手で大剣を持ったまま、アルベルトが肩をぐるぐると回す。
広間では数十匹の蝙蝠が空を舞っていた。きっとハルカの魔法に巻き込まれた吸血鬼たちが避難した姿だ。それが三人分と、広間の中には武器を構えた八人の男女。男性は黒い紳士然とした服を、女性は肌の見える動きやすいドレスを身に纏っていた。いずれも病的に白い肌で、赤い瞳を爛々と輝かせている。
更にその奥には、屈強な男の背に足を乗せた女性が一人。その場を支配しているとでもいうかのように、余裕をもって豪華な椅子に腰を下ろしていた。
蝙蝠が徐々に人の形を成していく間に、椅子に座った女性が顎を上げてハルカたちを見下したまま口を開く。
「騒々しい奴らね。人間ごときが私たちに勝てると思っているのかしら?」
言葉を最後まで聞かないまま、モンタナが抜いた短剣を椅子に座った女性に向けて突き出した。直線上にいた男の肩が貫かれた瞬間、その女性は足元の男を踏みつけて飛び上がる。
椅子の背もたれに小さな穴が空く。
避けていなければその不可視の剣は確実に女性の心臓を貫いていたはずだ。
「失敗です」
「あんた、見かけによらずやることえげつないな」
隣に立ってすました顔をしているモンタナに、ベティは表情を引きつらせる。問答無用で親玉らしき人物の命を取りに行ったのだ。
「な、な、なんて無礼! 情緒もない、獣風情が!」
叫んでいる間に、今度はモンタナは短剣を横薙ぎにする。はじめの一撃を見ていた吸血鬼たちは慌ててしゃがんだり、体を変化させて攻撃の回避に走った。
「嘘です」
モンタナの短剣は目の前の空間だけを割く。魔素での剣身は作られておらず、今の攻撃はただ相手に回避行動をとらせるためだけのブラフだった。
その隙に前に並んで立っていた三人が走る。
体を変化させなかった吸血鬼たちに向かって距離を詰めた三人は、それぞれに斬りかかるが、イーストンとモンタナの剣は受け止められてしまった。
そんな中ただ一人、ベティの刀だけが受け止めた剣ごと吸血鬼を両断し、その身体を砂へ変えさせた。
剣同士が触れ合ってしまうと、吸血鬼の怪力は脅威になる。踏み込んだはずなのに、一瞬にして押し返されてたたらを踏んだモンタナは、そのまま踏ん張るのをやめて後ろに転がった。
蝙蝠化した吸血鬼がそこに回り込んで剣を振り下ろす。ハルカが障壁でその剣を受け止めると、モンタナは腰についた鞘を左手に握り、その先端を不意打ちしてきた吸血鬼に突き出した。
明らかに間合いが届いていなかったが、先ほどの光景を思い出したのか、吸血鬼はすぐさま体を蝙蝠と化してその場から離脱した。
蝙蝠数匹が見えない剣先に貫かれてその場に落ちる。
一方でイーストンは受け止められ、押し返された剣にじりじりと後退しながら話をしていた。
「知っているわよ、お前が吸血鬼を狩っている悪い奴ね。紅い眼をして、まるで私たちの仲間じゃない。見た目も嫌いじゃないわ、私のコレクションにしてあげましょうか?」
細身の女性は余裕をもってイーストンを追い詰めながら笑う。イーストンは背後に蝙蝠が集まってくるのを感じながら、女性の笑顔に白けた顔で答えた。
「君、いくつ? いい年して恥ずかしくないのかな」
「クソガキ、殺す」
思いきり押し込まれた剣に、イーストンは挑発が成功したことをほくそ笑み、体を躱しながら右手だけでその剣を受け流した。たたらを踏み、こちらへ迫る女性の体。
イーストンの空いた左手は、その胸元にまっすぐ伸ばされ、そして心臓をえぐるようにしてそのまま身体を貫いた。
丈夫なはずの肉体に空いた風穴に、その吸血鬼は理解できないという顔で呟く。
「なんで、人間に、そんな」
砂に変わっていくそれに見向きもせずに、イーストンは振り返りざまに剣を振るった。
驚いた顔でそれを受けとめた男性吸血鬼は、すぐさま押し返そうとするが、力が拮抗していて押し返せない。それどころか少しずつ押し込まれていくことに驚愕する。
プライドが許さないのか、無理やりに力を込めて何とか拮抗状態まで持ち返した吸血鬼に向けて、イーストンは涼しい顔で言った。
「君たち吸血鬼は、昼は夜の五分の一くらいしか力が出せないよね。僕はね、元の力も半分だけど、昼間に減衰する力も半分なんだ」
力を込めて一気に押し切ったイーストンは、そのまま吸血鬼の体に刃をめり込ませる。噴き出す血と、銀の刃が触れているせいで変化できぬ体に、吸血鬼は驚き困惑し絶叫する。
徐々にめり込んだ刃は、そのまま吸血鬼の心臓を押し切るように破壊した。イーストンは砂に変わっていくその吸血鬼を一瞥してから、他のものを仕留めるためにまた走り出す。
吸血鬼のいる城に生まれ、その王たる父の強さを知っているイーストンは、本物の吸血鬼と比べたときの、自分の非力さを知っている。だからイーストンは、身体能力だけに頼らない。
他の吸血鬼がその元から授かった力を誇示するなか、半分人間のイーストンだけは、剣の腕を磨き、身体強化を使えるよう努力してきた。
イーストンは人でも吸血鬼でもない。どちらも嫌いじゃなかったし、どちらの味方もしたかった。本当は自国のように、共に手を取り合って暮らせる世界が来ればいいと思っていた。
だからこそ、人を食い物としか思わないような吸血鬼を、イーストンは許せない。
三人殺してもまだあと八人。偉そうな女吸血鬼と、足置きになっていた恐らく辺境伯を含めれば十人。あちこちに蝙蝠が飛び、不意打ちと離脱が繰り返され、じりじりとモンタナとベティが押されている。
アルベルトがモンタナのフォローに、コリンがベティのフォローに走る中、イーストンはハルカの方に迫っていく蝙蝠の姿を見て、そちらに目を向けた。
すると、ハルカが破壊した入り口の隙間から、わずかに太陽光が漏れ出しているのが見える。
それをみてイーストンはこの戦いを手早く終わらせるための手段を思いついた。
「ハルカさん、屋根壊して!」
「え……、弁償……、あ、いえ! わかりました!」
ハルカが何かをごにょごにょと呟いたが、すぐに屋根に炎の球を出現させる。
入り口の扉を破壊したものよりさらに二回り大きなそれは、不気味に光を放ち膨張し、そして轟音と共に破裂するのだった。