色を好む人
「ちょっとその手配書丸めて投げてもらってええか?」
イーストンの手配書を指さしたベティだったが、似顔絵が描かれたものを丸めるのには抵抗がある。結局本人がその紙をふわっと丸めて、適当に放り投げた。
天井付近まで上がったそれが、やや不規則な軌道で落下運動を始める。ハルカとユーリがぼんやりとその紙の軌道を目で追っている間も、仲間たちはベティから目を外さなかった。
部屋の中に光がはしり、ハルカが驚いて見たときには『キン』と音がして、ベティの動きは終わっていた。
床に落ちた紙が二つにわかたれているのを確認したハルカとユーリは、思わず拍手をする。日本にいた頃に見聞きしたことのある居合が使われたことを、のんきに見物していた二人は理解していた。
「どや、なかなかやるやろ」
「連れてっても問題なさそうだね」
イーストンの言葉を、アルベルトも否定しなかった。気に食わないことがあっても、そこで意地を張るほど子供ではない。
数年前だったら駄々をこねて暴れていてもおかしくない状況だった。随分と成長したものだとハルカが感心して頷いていると、勘違いしたベティが増々得意げな表情を浮かべた。
「ま、うちのことは良いとして、そっちも心配やな。特にハルカ、あんた今もぼんやり見とったけど大丈夫なんか? 小さな子まで連れてるやないか。留守番しといたほうがええんとちゃうか?」
「えーっと、大丈夫です。ユーリのことはちゃんと守りますし、足は引っ張りません」
「ほんまかぁ? うちも遊びで行くんとちゃうんや。頼むでほんま」
「頑張ります」
「そんなことは良いから、作戦立てるよ」
疑り深い視線を向けるベティの言葉をイーストンが遮る。いつもはハルカたちの後ろでのんびり構えているというのに、いつになく積極的だ。やはり吸血鬼の悪行にはイーストンなりに思うところがあるらしい。
納得いかないまでも、吸血鬼について詳しいイーストンの言葉を優先したベティが黙ると、そのまま作戦会議が始まる。
吸血鬼と戦うので、作戦の決行は当然昼日中。
気を付ける点は吸血鬼の怪力と、日陰に入った時のしぶとさ、それに稀に使う闇魔法。特に吸血行為に伴って使われる魅了の闇魔法は、なかなかに抗いがたいものらしく、十分に注意する必要がある。
ベティの話によれば、ゲパルト辺境伯は相当に腕が立つらしい。魅了によって操られているとすれば、敵として現れる可能性もある。殺してはいけないのに強い敵というのは面倒だ。
もし現れた場合の対応はハルカに任されることになった。
「強いなら体も丈夫だろうし問題ねぇだろ」
というのがアルベルトの言だ。骨の数本くらい折れても、生きてりゃいいだろという適当な考えだった。
役割分担としては、吸血鬼の担当がイーストン、モンタナ、ベティ。これはイーストンが銀製の武器を持っていることと、不意打ちが得意であることを考慮してだ。
次に、兵士や魅了された人物に対応するのが残りの三人になる。コリンの体術は人型の相手を戦闘不能にすることに長けているし、アルベルトは大剣を振り回せば、やはり殺さずに兵士たちを戦闘不能にできる。
「いい、ハルカ。大事な内臓があるところとか、体の真ん中とか叩いたら駄目だからね?」
「ええ、はい。というか、ユーリも連れてますし、できるだけ魔法で対処しますよ?」
「それでよし。あ、でも吸血鬼っぽいのが来たら、思い切りやっちゃっていいからね」
「なんや、やっぱり心配されてるやないか」
「相手の心配してるです」
「はぁ? なんやそれ?」
コリンがあれこれというのを見てベティが突っ込みを入れると、モンタナが勘違いを訂正する。
モンタナの言うことがよくわからず、首をかしげたベティだったが、他の誰もが当たり前のような顔をしてハルカを認めていることから、それについてはもう触れないことにした。
ただ何か危ないことがあったときに、自分に余裕があれば手を貸してやるか、くらいの考えで口を閉じた。
作戦で気を付けることはゲパルト辺境伯を生かしたまま取り返すこと、吸血鬼を街に取り逃がさないことだ。
プライドの高い吸血鬼のことだから、余程追い詰められない限り人間から逃げ出すようなことはないはずだ。しかし逆に言えば、追い詰めてしまうと何をするかわからない。
状況を把握させずに速やかに作戦を終えることも大切になってくるだろう。
明日の作戦の大まかな内容を詰め終わって寛いでいる時に、アルベルトがふと疑問を口にする。
「ここの領主って優秀で強いんだろ? それに城だったら兵士もいるはずじゃんか。吸血鬼に勝てなかったのかよ?」
「あー……、確かにここの領主さん優秀なんやけどなぁ……。なんていうか、ほら、あのお人、ここの常連客だったんよ。っていうか、この色街作った張本人っていうか……」
「あー、女好きで美人の吸血鬼に騙された?」
「お、正解! 最近来ぉへんなぁ、真面目に働いとるんやろなぁって思ってたらこの様や。はじまったのは三年くらい前で、派手に動き出したんはここ一年くらいやな。吸血鬼っぽい奴の数があほみたいに増えたのもその頃からや」
「それまで気づかなかったのかよ」
「気づかへんって。だって色街に来んくなって、嫁さんっぽいの貰ってまじめに働いてただけやで? むしろ遊ばなくなって偉いなぁってみぃんな思ってたくらいや」
領主が特定の相手をつくらずにあちこちで遊び歩いていたら、いつ後継者争いが始まるかわかったものじゃない。特定の相手を決めてまじめに領地運営をしていたのだ。褒められることはあっても疑われることはない。
「もしかしてさー、ゲパルト辺境伯って後継者候補たくさんいる?」
「せやな、あちこちにそれらしいこと言うてる奴らがおるで」
「よし、ハルカ! 間違ってゲパルト辺境伯殺しちゃっても大丈夫だからね」
拳を握って思い切った発言をしたコリンに、ハルカは乾いた声で「はは……」と笑うことしかできなかった。